コロナ禍を受けてリモートワークが普及し、オフィスに求められる役割は大きな変化を見せている。このような中で、コロナ禍以前から働き方を考えて続けてきたのが電通デジタルだ。その取り組みと新オフィス「汐留PORT」の特長について、同社の飯野将志氏にお話を伺った。

  • 緑あふれる汐留PORTに立つ電通デジタルの飯野将志氏

■コロナ禍以前に始まった「ワークスタイル開発プロジェクト」

電通デジタルが「ワークスタイル開発プロジェクト」をスタートさせたのは2018年秋。当時はまだ2020年夏に開催予定だった東京2020オリンピックまでに、リモートワークを全社に展開することを目標としていた。

その方針は、"小さな本社"、"通勤からの解放"。2018年の状況を振り返ると、東京、とくに電通本社のある汐留周辺はオフィスの空室が枯渇していた。これを鑑み、電通デジタルは"オフィスを増やさなくても良い働き方"への体質改善を目指したのだ。

こうして2019年7~9月には、まずリモートワークPoC第一弾を開始、管理職30名がシェアオフィス、朝・夜の「Slack」利用、外出先ではテザリングを活用する働き方を試した。さらに2020年1~2月には新入社員まで範囲を拡大し、180名が参加する第二弾を開始。ZoomやVPN接続も使った組織単位のトライアルを進めた。

そんなタイミングで突如襲来したのが、新型コロナウイルス感染症だ。2020年2月25日には電通グループ内で最初のコロナウイルス感染者が現れ、2月26日には社員全員がリモートワークに移行した。同年にはオフィスリニューアルプロジェクトをスタートさせ、2022年に完成した新オフィス「汐留PORT」はその先進性から、第35回日経ニューオフィス賞 経済産業大臣賞を受賞するに至る。

  • 新オフィス「汐留PORT」のエントランス

このオフィスリニューアルを先導したのが、電通デジタルの飯野将志氏。飯野氏はソニー・コンピュータエンタテインメント(現ソニー・インタラクティブエンタテインメント)で2003年にオフィス再編プロジェクトに関わり、2013年にはドワンゴの本社移転プロジェクトで第27回日経ニューオフィス賞 クリエイティブオフィス賞を受賞した経歴を持つ、まさにオフィス設計のプロフェッショナルと言える人物だ。

飯野氏は、2019年から2021年ごろの流れを次のように振り返る。

「オンラインミーティングやVPNを試してみたり、いろいろなテストを重ねたところにコロナ禍が来ました。スムーズにリモートワーク体制に移行していけたのは幸いというか、ラッキーだったかなとは思ってます。混乱した後もさらにその体制を加速させ、もう契約書やらなにやら、さまざまな仕組みを電子化しました。新しい働き方にスムーズに移行したり、柔軟に対応していったのがこの時期でしたね」

  • 電通デジタル コーポレート部門 総務部 事業部長 飯野将志 氏

■組織のパフォーマンスを最大化するために働き方を変える

コロナ禍で日本の働き方は大きく変わった。そのなかでもとくに大きな変化として、飯野氏は「経営者の意識」を挙げる。

「当時言い出されていた言葉に『Activity Based Working (ABW)』がありましたが、これに対して経営側には『自立している社員や先進的な企業がやることであって、世の中のみんながやることではないよね』という意識があったと思います。当社で行われたリモートワークPoCも、『誰にさせて誰にさせないか、その線引きを見極めるテスト』という見方が強かったのです」

だが、コロナ禍によって有無を言わさず全社員がリモートワークを始めることになり、経営者はその見方を変えたと飯野氏は分析している。

「リモートワークというものは、経営に有効な手段の一つであり、むしろ積極的に活用していくものだったと経営側が理解したというか、意識が変わっていったと僕らは考えています。線を引くようなものではなかったと」

コロナ禍を受け、電通デジタルでは働き方についての再議論が行われたという。その結果出てきた新しい言葉が「Performance Based Working (以下、PBW)」だ。

「組織のパフォーマンスを最大化して、最短距離で目的を達成するための働き方がPBWです。ここで言う目的とは、当社では『各クライアントの事業成長パートナー』になります。PBWはこれを実現をするための働き方であり、社員の働きやすさを第一にしているわけではないのです。ですから、働き方改革という言い方はあまりしたくないんですよね」

  • 電通デジタルが目指す働き方は「Performance Based Working」

働き方という言葉からは「個人」を連想しがちだが、電通デジタルでは組織を第1優先と捉えているそうだ。組織のパフォーマンスを上げるために、個人の働き方を考える。それがPBWと言えるだろう。

「"リモートワークをさせる・させない"ではなく、パフォーマンスを基盤として考えるわけですね。当時はパフォーマンス=成果としていましたが、いまはこれに成長も加えています。社員の成長も、当社にとってはパフォーマンスなんです。では会社は何をするかというと、そのパフォーマンスを最大化するために有効な働き方の選択肢を作るのです」

■会社が求める働き方と社員の生き方の形をより近づけるために

PBWを実現するに当たり、電通デジタルは現在どのような取り組みを行っているのだろうか。飯野氏は大きくわけて、勤務評価や手当、福利厚生といった「制度」、ITやワークプレイス整備などの「ツール」、企業のビジョンや多様性・公明性を実現する「風土」の3つを挙げる。これは実際に働く社員から見て「働きがい」「働きやすさ」「誇らしさ」に繋がるという。

「いま働きやすさについてやれることはやったと思います。ただ、会社が利益を求める事業体である以上、会社が社員に求める働き方というのは当然あってしかるべきで、一方で社員側からすると自分の生き方があります。その生き方の中に働き方というピースがあると思うんです」

飯野氏は会社を四角、社員を丸に例え、「この重なりが少なければ少ないほど働きづらいと感じることになる」と説明する。同時に「でも、これを完全に合わせることは無理」と語る。

「であれば会社に何ができるかというと、それが選択肢を増やすことです。これによって柔軟性が上がり、四角と丸、この二つの形をより近づけることが可能になると考えています。そのために『制度』を扱うチームは"パパ育休"などに取り組んでいますし、私のチームでは『ツール』としてシェアオフィスや新しいオフィスの設計を行いました」

■コロナ禍を経て大きく変化したオフィスの役割

電通デジタルは2021年1月、"社員が成長すると会社も成長する"というスパイラルを実現するため、「シャインアップ・プログラム」を開始した。

この一環と言えるのが、シェアオフィスの推奨だ。電通デジタルは現在、事業者5社と契約を交わしており、社員は全国850店舗のシェアオフィスを自由に利用することができるという。現在、電通デジタルの社員は2割がオフィスで、3割がシェアオフィスで、5割が自宅や外出先などその他の場所で働いているそうだ。

「出会いや繋がりを重視したコワーキングスペースもありますが、当社はどちらかというと移動時間削減や環境改善などをシェアオフィスの価値と捉えています。取引先と同じビルにあるシェアオフィスを利用し、半出向みたいな形で働いている方もいますね」

そして2022年2月には、新オフィス「汐留PORT」が稼働を開始する。オフィスを新しく設計した理由として、飯野氏は「コロナ禍を経てワークプレイスのポートフォリオが変化したから」と答える。

「オフィスを新しくしたのは、新しい働き方においてオフィスのあり方というか、オフィスに求める機能が変わったというシンプルな理由です。"予定を立てて集まる場所がオフィス"という風に変化したと私たちは整理していて、であればオフィスをそのための場所に変えようということです」

  • ワークプレイスのポートフォリオが変化したことが新しくオフィスを作るきっかけだったという

その設計思想は「クライアントファースト」を元にしており、専門力、統合力、機動力、信頼構築の4つの軸を実現することを目指しているそうだ。

  • クライアントファーストを実現することが「汐留PORT」やシェアオフィス、リモートワークの目的

「オフィスは経営戦略を実現するための装置と考えています。ですから、オフィスは投資に対して責任を持てる人とともに作るべきです。そのうえで、社員に『オフィスに何をしに来ますか? 』というアンケートを採ったところ、1番は『人と会いたいとき』、2番が『ホワイトボードを使いたいとき』でした」

■「汐留PORT」が実現する働き方とは?

「汐留PORT」は大きく7階の「コラボレーションフロア」と8階の「エンパワードフロア」で構成されている。

コラボレーションフロアは、ホテルのロビーラウンジがイメージされている。これは、"これからのオフィスの受付"は、来訪者の行動を制限せずに、何をしても良い空間になると考えたからだという。また、葉が大きく緑が強い観葉植物を多めにし、若々しさやエネルギーを演出しているそうだ。

  • 電通本社ビルの独特な形状を活かした7階コラボレーションフロア

  • ホテルのロビーラウンジのように来訪者を制限しない空間を目指した電通デジタルの受付

  • 来訪者が自由に使えるデスクも用意。打ち合わせ後に仕事をしてもOKだ

「実際に都内のいくつかのホテルを来訪し、設計者にもイメージをお伝えして、この受付空間ができました。オープンなミーティングスペースがあったり、部屋に入るまでもない打ち合わせスペースなんかも用意しています」

また、会議室は部屋ごとにテーマを設け、異なる形・色・什器を配置しているという。これにはクライアントの社風や雰囲気、その日に話す内容などに合わせて部屋を選んでパフォーマンスを最大化するという目的があるそうだ。

  • 今回の取材利用した会議室はナチュラルで温かめの雰囲気

  • 全体がより寒色寄りでビジネスの雰囲気が強い会議室もある

さらに、7階の各所には"ロスタイムカウンター"が設けられている。これは、貴重性の増した対面会議をより良いものにするための設備。会議が終わった後、あとちょっとだけ話したい5分を"ロスタイム"と考え、その場で話せるようにする仕組みとなる。

  • 会議が終わった後にちょっと話せるロスタイムカウンター

8階のエンパワードフロアは、人と人の繋がりを重視し、それを道(通路)によってデザインしている。キーワードは「観察」だという。フロア内に"チームごとに集まる場所"である「チームホーム」と、"プロジェクトごとに集まる場所"である「ハックルーム」を点在させ、同じ組織の人同士が情報を教え合ったり盗んだりできるようにしたそうだ。

  • 道(通路)によって個性の融合をデザインした8階エンパワードフロア

「チームホームはいわゆるフリーアドレスですが、大まかに同じチームの人が集まるように設計しています。ハックルームは、同じスペースをもう1週間とか1カ月とか占有してもらって、プロジェクトを始めるときや、最後までやり切るための場所です。また、チームホームの中にも小さいミーティングルームを2室用意しています」

  • フリーアドレスながらも大まかに同チームが集まるように設計されたチームホーム

  • 一定期間占有でき、プロジェクトの熱量を残しておけるハックルーム

また8階はありとあらゆるオープンスペースがホワイトボードになっている。さらにカフェスペースにはスクリーンとプロジェクターがあり、いつでも勉強会が可能だという。オープンな空間で、通りすがりの人も自由に見られるようにすることでコラボレーションの活発化を狙っている。

  • ホワイトボードをふんだんに用意しており、思いついたらどこでも話し合いが可能

  • オープンなカフェスペースで勉強会を実施するのも自由で、社員ならだれでも見学できる

「こういうオフィスだと、窓側に景色を眺められる外向きの席を作ることがよくあると思いますが、当社では原則として窓や壁を背にし、通路側を向いているんです。これはなぜかというと、窓を向いているとアイコンタクトができず、声をかけづらいからです。また仕事をしている人もPCの画面を見られる心配がなくなります。話しかけやすい、話しかけられやすい作りを心がけています」

  • 席は通路側に向け、アイコンタクトを行いやすくしているという

■経営戦略が違えば目指す働き方も変わる

ハイブリッドワークが当たり前になり、仕事でオンラインとオフライン(対面)が混在している現在。コロナ禍も落ち着きを見せ始めているものの、まだリモートワークが優先される情勢は強い。電通デジタルは、今後に備え、オフラインの交流をより加速させるべく取り組みを進めているという。

「やはりオンラインとオフラインではスピード感が大きく異なります。そのひとつが信頼構築です。京都大学の山極壽一先生は『人間の脳は、五感を使ってコミュニケーションを行わないと、相手を信用・信頼しないようにできている』と話していました。オンラインは目と耳だけの二感ですが、同じ空間で嗅覚や味覚、触覚を共有することで信頼関係は構築されやすくなるし、話もまとまりやすくなります。それがオフィスという空間の価値だと思います。この価値を伝播することが僕らの仕事かなと思っています」

世の中が大きく変わったコロナ禍を経て、これからの働き方について悩みを抱えている企業は多いことだろう。電通デジタルが行った働き方とオフィスの改革は、企業がこれからの働き方を考える一助となるはずだ。飯野氏は最後に、働き方についての自身の考えを次のようにまとめる。

「経営戦略があってこその企業であり、働き方はあくまでもそれを実現するための手段です。ですから、経営戦略が違えば目指す働き方も変わると思います。フルリモートが正解かも知れないし、フル出社が正解かもしれない。ワークスタイルもワークプレイスもこれから100社100様になっていくと思います。その中で当社はPBWという言葉に重きを置き、働き方と働く場所を設計しました。自社が目指す働き方を本当に考え抜いて、自分たちのベストを探して欲しいなと思います」