スノーボードに情熱を傾けていた時、「バートン」というブランドは極めて特別な存在だった。業界をリードするパイオニア。契約する多数の有名ライダーと彼らのスタイルに憧れ、そのシグネチャーモデルが欲しくてたまらなかった。朝から晩まで滑ることも苦でない、無邪気で一途だった時代。
しかし、ある時「自分はたいして上達しない」という現実に直面し、あっという間に「午後は温泉で体を癒やそう」という温泉ライダーに仲間入りする。擦り切れるほどシーズンカタログを見ていた情熱は消え去り、今は残り火を絶やさないように年末年始に雪山へ行くだけだ。
こんな昔話を披露するのは、そのバートンのクリエイティブ責任者にインタビューできることになったから。わずかに残る当時のワクワクドキドキ感と、仕事だという現実の狭間を心の中で行ったり来たりしながら、バートンジャパンのオフィスへ向かうのだった。
バートンのクリエイティブが大切にするもの
2020年から同社でブランドマーケティング、ワールドワイドでのクリエイティブのマネジメントを担当するAdrian Josef Margelist氏、通称AJ氏はニット帽にフーディーといういで立ちでにこやかに迎えてくれた。以後、通訳の方の力を借りながらインタビューを進める。
――バートンのクリエイティブで大切なものは何でしょう。
AJ氏:バートンは設立されて45年の歴史を持つブランドで、スノーボード業界を作った企業だという自負もあります。その脈々と続くブランドのコアとなるDNAや業界を今後どうしていくのかなどをビジョンとして示したいのです。そして、日々の仕事でその考えを意識して、クリエイティブ作業に向き合っています。
――バートンのコアなDNAについて、もう少し教えてください。
AJ氏:人間は生まれてから成長を続け、人生を楽しみ、いつか死に至りますよね。ここで大切なのは人生におけるプロセスです、同様に、私たちのクリエイティビティもそのプロセスが重要だと思います。
例えば、今の若い世代のスノーボーダーたち、そのさらに次に世代が何に関心を示すのか、彼らと「どうつながるか」を考えることです。30年前は紙にアイデアを書くことがクリエイティブな行為でした。でも今はSNS含めあちこちにコミュニティがあるので、そこにブランドがどうリンクするのかをきちんと理解することが強く求められているのではないでしょうか。
――今の時代、コミュニティとつながるのが大切だという話ですが、バートンとしての試みはどんなことでしょう。
AJ氏:バートンブランドの持つクールな感性や表現を製品、店舗、オフィスなどさまざまな箇所で伝えること。ユーザーが目にする、手にするあらゆる場面を想定して情報発信することだと思います。
特に、かつてはプロダクトデザイン、グラフィックデザインなどは、それぞれに特化して分業されていましたが、今は逆ですべてを包括してクリエイティビティを発揮させないとうまくつながることができないと感じますね。
スノーボーダー以外からも注目される理由
バートンは若い感性と常に向き合い、そこに共感して受け入れてもらえるようにする必要があるという、非常に難易度が高い行為をミッションにしている印象を持つコメントだった。次はスノーボード以外の製品に対するバートンの考えを聞いてみよう。
――バートンがライフスタイルアイテムを出すのはどうしてですか。
AJ氏:ライフスタイルという言葉を「way of life(どう生きるか)」と解釈してお答えしましょう。私たちは、スノーボーダーだけでなく、例えばカヤック愛好家、MTB好きな人たちに対しても製品をオールシーズン提供し、バートンブランドの魅力を感じ取ってもらいたいと考えています。この考えは、スケートボード、サーフィンなどいわゆる「横乗り」と呼ばれる他のスポーツブランドとバートンが大きく違う部分なのです。
スノーボードは核となる部分。そのうえで、アウトドアやスポーツを楽しむ人たちにもバートンのカルチャーや、ものづくりへのこだわりや良さを知ってほしいのだと自分たちの立ち位置を明確にするAJ氏。
この考えを形にしたものが、「ジップで取り外し可能」なフェイスマスクとネックウォーマーが付いたり、速乾性と透湿性を備えたりするフーディーなど。すなわち、スノーボードシーンだけでなく、街中でも使える機能性を持たせた製品たちだ。また、スノーボード用ウェアそのものも普段着にすると明かす。
AJ氏:私は都市生活者ですが、スノーボード用のシェルアウターを日々愛用します。それは蒸し暑い地下鉄の車内だと高い透湿性。急な雨だと防水性が発揮されるから。そうした、雪山でも、あるいはハイキングでも、そして通勤でも活躍する汎用性の高い製品をいろいろな人に提供したいのです。
このエピソードは非常にしっくりときた。筆者が90年代からバートンに強く惹かれた理由の一つでもあるからだ。今では当たり前だが、高機能なアウトドアウェアを街中で普段着使いする人は当時、少数派だった気がする。
ただ同社のプロダクトは他のスノーボードブランドと少し違っていて、ファッション雑誌でも度々紹介されるなど異質な存在だった。機能性以外にも「何か」があるのだろう。
――機能性以外にバートンの製品の特徴は何でしょうか。
AJ氏:機能性とスタイル、その2つの軸を融合させることをバートンは大切にしています。逆にその2つを両立させているアパレルブランド、アウトドアブランドは少なく、私たちはそれを具現化できるように常に重要視しているのです。特に日本においては、以前ヒロシ(藤原ヒロシ)が手掛け、今は終了したiDiomラインなど、スタイルと機能が前面に出る製品づくりを意識しています。
そう。藤原ヒロシ氏。自身がスノーボーダーでもあり、バートンとは密接な関係を持つ「ストリートカルチャーのゴッドファーザー」の存在は大きいだろう。いわゆる裏原時代から、バートンのウェアを着用した姿で雑誌の誌面に何度も登場していた。また、彼が手掛けたiDiomシリーズには、スノーボードウェアでありながら、街中でも違和感なく使えるスタイリッシュさで、ファッション好きからも当時注目を集めていた印象が強い。
さらに、NYのグラフィティアーティストSTASH(スタッシュ)、スケートボードのレジェンドライダー、アーティストのマーク・ゴンザレスともコラボレーションした板を出すなど、ストリートカルチャーからバートンを知った人もいるだろう。
余談だが、この「ゴンズ」モデルを所有していたが、このモデルの「フレックスの硬さ」を乗りこなす技量と脚力が無く、泣く泣く手放した苦い思い出がある。
また、AJ氏自身も24年間の長きにわたりラグジュアリーブランドでキャリアを重ね、その後6年間をアウトドアブランドでクリエイティブオフィサーを務めた経歴を持つ。そうした自分のバックグラウンドが、スタイルと機能を融合させる際に強みになるだろうと言い、実際、同社の最高級クラスのウェアである「AK」ラインを筆頭にした「機能性とデザイン性を両立させたアイテム」が今期も多数リリースされるそうだ。
さらりと話しているが、実際は大変なことだろう。特にバートン規模のブランドになると、従来と異なる、ある種の挑戦的な要素を加えるモノづくりは簡単ではないはずだ。アパレル業界において、環境、労働、消費者の観点における持続可能なサプライチェーンを経た製品に付与される認証である「ブルーサイン」も取得している上でだ。
バートンの働き方改革
ここで、一連の「挑戦的なモノづくり」を実践するため、タイガーチームという考え方があると明かしてくれる。何が違うのか、その特異性を聞いた。
AJ氏:モノづくりの生産工程では、マーチャンダイジングによる商品計画、それに従ったデザイン作業、デザイン完成後に素材の調達、さらにサプライチェーンに進むなど、それぞれ縦割りされた専門チームに「リレーのバトンを渡していくように」進むことが多いでしょう。ただ、この方法では、各フェーズに進んだ時に問題が発生することがあり、専門チームそれぞれが責任の所在をぶつけ合うことになりかねません。
しかし、私たちは違います。例えば「AK」の新製品プロジェクトが立ち上がると、生産に関わるデザイナー、開発担当者、素材の調達担当者、マーケティング担当、ブランド広報担当などが最初から入っているので、みんなで「いいものを作ろう」、問題を解決し成果を出そうというマインドセットになるのです。
この手法はAJ氏がバートンに参加してから取り入れたが、初めての試みであり、周囲のメンバーも最初は戸惑いがあった。しかし、目的や効果を根気よく説明することで理解を得ることができたそうだ。
同社のスローガン「WE RIDE TOGETHER(一緒に滑る)」は山だけでなく、仕事も同様なのだと言う。なお、実際にメンバーと滑りに行くこともあり、「一人で滑るのは楽しいけど、みんなで滑るのは最高だね」と同社らしいエピソードを紹介してくれた。
こうした「働き方改革」もあってか、新製品は続々と予定。例えば来シーズンにはユーザーのリクエストを踏まえた、「4つのキャスターが付いた」トラベルバッグなども登場するようだ。同社のことだ、環境へ与える影響が最小限に抑えられている製品であろうことは想像に難くない。
バートンのデザインに対する哲学から、モノづくりのプロセスまで、包み隠さず聞くことができた今回のインタビュー。長らく板も買い替えていない筆者でも、心に響くものがあった。間もなくシーズンが始まるが、今回はいつもと違うコースを誰かと攻めてみたいと思った。