国内外のメーカーがこぞって電気自動車(EV)を発売しているのに、なぜフォルクスワーゲン(VW)ほどの巨大企業がEVの日本導入をためらっているのか? こんな疑問を持つ人は結構いたのではないだろうか。そんな中、ついに日本上陸を果たしたVW製EVが「ID.4」だ。さっそく乗ってきた。

  • フォルクスワーゲン「ID.4」

    電気自動車では最後発のフォルクスワーゲン「ID.4」。何で勝負する?

輸入EVにしては意外に安い?

「MEB」(モジュラー・エレクトリックドライブ・マトリックス)というEV専用プラットフォームでクルマづくりを進めるVW。本国や海外各地では、この車台を使ったEV「ID.」シリーズがすでに走り始めているのだけれども、日本ではなかなか市販EVが登場せず、やきもきしているVWファンも多かったのではないだろうか。そんな同社がこのほど、グローバルな戦略モデルと位置付ける「ID.4」を日本で発売した。

日本のEV市場では後発となるID.4は、どんな特徴で勝負を挑むのか。価格? 航続距離? 性能? それともVWというブランド力? 横浜市内で開催された試乗会に参加し、VW製EVの強みを探ってみた。

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    横浜で「ID.4」にじっくり乗ってきた

「ID.」シリーズは小さい方からコンパクトハッチの「ID.3」、クロスオーバーSUVの「ID.4」、クーペSUVの「ID.5」、7人乗りSUVの「ID.6」、あの「タイプ2」(ワーゲンバス)を彷彿させるミニバンの「ID.BUZZ」と、すでに数多くのバリエーションが登場している。その中で、VWが「ワールドカー」と位置付けているのがID.4で、2020年に欧州で販売が始まり、2021年には北米や中国でも走り始めている。2021年には「ワールドカーオブザイヤー」を受賞しているので、実力は折り紙付きだ。

ボディサイズは全長4,585mm、全幅1,850mm、全高1,640mmで、ホイールベースは2,770mm。日本で最初にお目見えするローンチエディションには2グレードが設定される。

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    ボディサイズも売れ筋をしっかりと押さえている感じだ

「SUVタイプの輸入EVとしては安い!」と感じさせる499.9万円の「ライト」というグレードは、最高出力125kW(170PS)/3,851~15,311rpm、最大トルク310Nm/0~3,851rpmのモーターと総電力量52.0kWhのリチウム電池を搭載。最大航続距離は388km(WLTCモード)を実現している。

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    下のグレードでは500万円を切る価格設定がにくい

636.5万円の上位グレード「プロ」は150kW(204PS)/4,621~8,000rpm、310Nm/0~4,621rpmのモーターに77.0kWhの大容量バッテリーを組み合わせる。航続距離は561kmで、0~100km/h加速は8.5秒、最高速度は160km/h(電子的に制限)というスペックだ。

どちらもモーターはリアアクスルに搭載し、後輪を駆動する。ほとんどノイズを発生しないため、速度30km/hからは電子音を生成する仕組みとなっている。

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    「ID.4」は後輪駆動

走る=再生、止まる=一時停止?

試乗したのはブルーダスクメタリックカラーの「プロ」だ。エクステリアは長いホイールベースと短いオーバーハングをいかした大きなキャビンスペースを持つEVらしいスタイルが特徴。細いグリルとマトリックスLEDを採用した「IQ.ライト」を持つフロント部分、ルーフとアンダーボディをブラックとし、さらにルーフラインに流れるようなシルバーアクセントを入れて「風によって形作られた」(VWの表現)ようなスタイルのサイド部分、大型ルーフスポイラーとディフューザー、フラットなアンダーボディによってCd値0.28達成(つまり、空気抵抗が少ない)に貢献しているリア部分など、実車が持つ有機的なデザインは写真で見るよりずっと印象がいい。

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    VWは「風が形を作った」と説明する

インテリアは、プラスティッキーな感じがちょっと気になる現行「ゴルフ」(ゴルフ8)に比べて明らかに上質。座席やラゲッジ(543L~1,575L)の広さは圧倒的だ。RR(リアモーター・リア駆動)のおかげで床面はほぼフラット。ダッシュボード上部やドアトリム、シートのサイドサポート部などにブラウンレザレット(人工皮革)を使った2トーン内装は、室内全体に光が行きわたる広大なパノラマサンルーフ(プロに標準装備)によって明るく照らされ、なかなか雰囲気がいい。

  • フォルクスワーゲン「ID.4」
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  • 2トーンの内装

  • フォルクスワーゲン「ID.4」
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  • サンルーフのおかげで室内は明るい。荷室の広さは圧倒的だ

従来のVW車ではセンターコンソールにあったシフトスイッチは、ステアリング奥にある小さなおむすび型のメーターパネルの右ベゼル部分に移動。奥にひねって「D/B」、手前にひねって「R」、端っこのボタンを押し込んで「P」という新しい操作方法に変わっている。メーターはステアリングポストに取り付けられているため、チルト(上下)に連動していて常に見やすく、慣れてしまえばかなり使い勝手がいいことに気がつく。

  • フォルクスワーゲン「ID.4」
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  • メーターの右についているのがシフトスイッチ。ひねって操作する

VWといえば真面目な(お堅い?)イメージの自動車メーカーだが、ときたまお茶目なことをする。今回は同社の遊び心を足元に発見した。アクセルペダルに動画の再生マーク(右向きの三角形)、ブレーキペダルには一時停止マーク(縦の2本線)が描かれているのだ。この表現はいかにもEVらしく、もうこれだけで「欲しい!」という方が現れるかもしれない。

  • フォルクスワーゲン「ID.4」

    ペダルにおなじみのマークが

肝心の走りはどうなのか

ドライバーに対する向き合い方も新しい。システムを起動するためにスタートボタンを押す必要はなく、クルマに乗り込んでブレーキペダルを踏めば、すでにシステムがウェイティングの状態になっている。この状態から例のシフトスイッチをひねって「D」に入れれば、すぐに走り出すことができるのだ。

一方、モーターによる走り自体はエンジン車から乗り換えても違和感がないように躾けられていて、アクセルを床まで踏み込んでも背中がじわりとシートに押し付けられる程度(それでも十分に速いのだが)。EVを加速させたときの印象としてよく使われる「ワープ感」を楽しむようなエンターテインメント的なセッティングにはなっていない。シフトスイッチをひねると回生ブレーキの効きが鋭くなる「B」モードに入るが、こちらの減速Gも過激なものではなく、走りやすくてすぐに慣れることができる。

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    ドライブモードは「エコ」「コンフォート」「スポーツ」「カスタム」から選べる

サスペンションは前がマクファーソンストラット、後がマルチリンク。VW車らしく、ちょっと硬めの設定だ。タイヤは前235/50R20、後255/45R20サイズのハンコック「ventus S1 evo3」で、ロードノイズは十分に静か。サイドウォールのデザインがそっけないのが残念だ。

  • フォルクスワーゲン「ID.4」

    少しマニアックな話かもしれないが、サイドウォールがそっけないような…

EVは床下にバッテリーを敷き詰めるので低重心になる。コーナーでは、この構造をいかした安定感がしっかりと感じられた。マイクロファイバーを表皮に使用したシートによる良好なホールド性も効果を発揮しているようだ。最小回転半径はホイールベースの短いゴルフの5.1mに対し、ID.4は5.4mとわずかに劣る。しかし、オーバーハングまで含めたウォールtoウォールの直径は、ゴルフの10.9mに対して10.4mと逆転。取り回しの良さが光っている。

充電は普通充電(200V)と急速充電(CHAdeMO)に対応。充電状況はインフォメーションディスプレイだけでなく、フロントウインドウ下に配されたライトスリップの「ID.Light」にも表示されるので、ドアを開けることなく車外から確認することができる。

VWではID.4の取り扱い店舗となる全国158拠点に90kW以上の急速充電器を設置。さらに「PCA」(プレミアムチャージングアライアンス)に加盟することで、ポルシェとアウディのディーラーネットワークや都市部に展開する急速充電ネットワークが使用できるようにするそうだ。

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    フォルクスワーゲンの販売店で充電ができるとなれば、遠出しても安心なのでは

ID.4の実車に触れた印象としては、すっきりとしていながらもちょっとした遊び心を盛り込んだ内外装、たっぷりとした居住性と積載能力、エンジン車から乗り換えても違和感のない走りと静粛性、安心の航続距離、拡充しつつある充電インフラ、500万円を切る戦略的価格設定(ライトグレード)など、全方位的にウェルバランスな魅力が感じられた。さらに、新興勢力として注目が集まっている韓国、中国のEVブランドに対しては、全国にディーラー網を持つ信頼のブランド力で圧倒する。つまり、総合力はとても高い。

ID.4はワールドカーであることを誰もが認めるゴルフと同じ志を持ったEVなのではないだろうか。そしてこれならば、日本市場では最後発であっても一気に巻き返すことができる戦闘能力があるとVWは判断しているのだろう。日産自動車のEV「アリア」の購入をいったんは決定しながらも納車時期が全く決まらず、そんな中でID.4の展示イベントを訪れて現車を確認し、すぐに手に入れられるローンチエディションにオーダーを入れ直したユーザーがいるという事実が、それを証明している。