藤井聡太王将への挑戦権を争う第72期ALSOK杯王将戦(主催:毎日新聞社・スポーツニッポン新聞社)の挑戦者決定リーグは、11月7日(月)に糸谷哲郎八段―服部慎一郎五段戦が関西将棋会館で行われ、糸谷八段が158手で勝利しました。この結果、リーグ成績は両者1勝3敗となりました。
■糸谷八段得意の一手損角換わり
今期の王将リーグは挑戦の可能性が羽生善治九段と豊島将之九段に絞られており、本局はリーグ残留に向けた大一番となりました。糸谷八段はここまで0勝3敗と後がなく、残留のためには残り3戦で全勝するのが最低条件です。
本局、後手となった糸谷八段は序盤から得意の一手損角換わり戦法を志向しました。通常の角換わり定跡よりも一手損するため守勢に回りやすいのは後手にとってのデメリットですが、この一手損によって先手の腰掛け銀戦法をけん制できる意味があります。糸谷八段としては、自身の研究範囲である相早繰り銀の戦型に服部五段を誘導した格好です。
おたがいに早繰り銀の攻撃陣を築いたあと、さっそく服部五段が歩をぶつけて戦いが始まりました。局面は先後同型に近い形ですが、(1)一手損している後手が玉の移動を控えて端歩を突いている点、(2)先手が6筋の歩を突いている点が細かな違いです。糸谷八段の反撃の歩突きを服部五段が手抜いて攻め合ったことで、本局における同型の構図は崩れました。
■服部五段が攻めて優勢に
続いて服部五段が銀取りに歩を打った手に対して、糸谷八段がこの左銀を引いたことで局面の主導権が先手の服部五段に渡りました。このあたりの攻防は今年9月に行われた王座戦五番勝負などに類型があり、ともにある程度は想定済みの進行だったことが予想されます。ペースを握った服部五段は自陣に角を打ち、これを起点に後手の右銀を追い返すことにも成功しました。
服部五段はその後も自然な指し手でリードを広げます。長い小競り合いが続いたあと、5筋の歩を3回連続で突いたのが好着想でした。糸谷八段の玉が5筋にいるのに注目して、いつでも王手できる形にできたのが大きいのです。やがて、糸谷玉に向けて飛車角銀の3枚の攻め駒を集中させて優勢を築きました。対する糸谷八段の陣形は金銀が左右に分裂して容易に収拾がつかない格好です。
■攻め急ぎをとがめて糸谷八段が逆転
服部五段の攻勢が続きますが、糸谷八段も攻められた駒を巧みにかわして決め手を与えません。守勢に回る時間が長い中で自玉周りを安全にしつつ、逆に割り打ちの銀を打って相手にプレッシャーをかけたのが糸谷八段らしい実戦的な指し回しでした。飛車と金の両取りをかけられた服部五段は捨て駒の金を放ちつつ飛車を逃げようとしますが、結果的にこの返し技が疑問手となりました。服部五段としては、「両取り逃げるべからず」の格言に従って敵陣の銀を取っておくのが有力でした。
服部五段の疑問手を見て糸谷八段の反撃が始まり、局面は両者の玉をめがけた激しい攻め合いに突入しました。双方、駒台には豊富な戦力が控えていてきわどい王手の掛け合いが続きます。持ち時間を使い切り一分将棋に追い込まれた糸谷八段に対し、非勢を認める服部五段は残った持ち時間をほどんど使うことなく王手をかけていきました。糸谷八段の玉は中段に単騎で逃げ出していかにも危険な形ですが、あと一押しがなくなかなか捕まりません。
服部五段の王手ラッシュが一段落したのち、糸谷八段がようやく飛車を敵陣に打ちおろしたことで糸谷八段の勝勢が確立されました。この手に対し、王手を続けていた服部五段には持ち駒がほとんど残されていないため有効な守りが残されていなかったことが大きく響きました。秒読みに追われつつも、最後は糸谷八段がしっかり服部玉を寄せきって勝利をものにしました。
これで両者1勝3敗のスコアとなりました。リーグ残留に向けて落とせない次局は11/11(金)に▲豊島将之九段―△服部五段戦、▲渡辺明名人―△糸谷八段戦が予定されています。
水留啓(将棋情報局)