第81期A級順位戦(主催:朝日新聞社・毎日新聞社)4回戦の▲斎藤慎太郎八段―△藤井聡太竜王戦が10月12日(水)に名古屋将棋対局場で行われ、94手で藤井竜王が勝利しました。この結果、今期順位戦の成績は勝った藤井竜王が3勝1敗、敗れた斎藤八段が2勝2敗となりました。
■斎藤八段が研究をぶつける
ともに2勝1敗で迎えた本局は、名人挑戦権を争ううえで落とせない一局です。とくに、今期のA級は3回戦を終えた時点で全勝者不在の混戦になっていることもあり、斎藤八段が3期連続での名人挑戦に近づくか、あるいは五冠を保持する藤井竜王が六冠目を目指せるかの分水嶺の意味合いを強く帯びていました。
大方の予想通り、本局の戦型は角換わりに進みます。ここ数年の角換わりは▲4八金・△6二金型と呼ばれる大分類が主流になっており、その下にいくつかのサブテーマ図が控えているという構図が基本です。どのサブテーマ図を選ぶにしても、先手の攻めを後手がどういなすかが課題になっています。本局では後手の藤井竜王が提示した△4一飛の構えに対し、先手の斎藤八段が桂損の猛攻を仕掛ける展開になりました。序盤は比較的リズムよく進み、△4二玉(56手目)あたりまではお互いにある程度想定の範囲内であったことがうかがわれます。
■濃密な長考合戦
昼食休憩が明けるとともに、本局は一転して長考合戦になりました。再開後の1手目に斎藤八段が87分を費やすと、藤井竜王も30分、そして58分としっかりと時間を使って応じます。結局、昼食休憩明けの13時から夕食休憩に入る18時までの5時間で、二人の指し手は合わせて8手しか進みませんでした。
盤上では、駒損の代償に後手陣をバラバラにした斎藤八段が馬を作って攻めの継続を図ります。具体的には、歩を入手して藤井竜王の桂の前に打つことができれば駒損を取り返せるという状態が長く続きました。対する藤井竜王は斎藤八段の駒台に歩がないのを頼りに、ギリギリのバランスで自陣の整備に手をかけます。△3一玉(58手目)に見られるように、先手からの確実な攻めが見える状況でじっと自玉に手を入れるこの大局観が、本局の藤井竜王にとっての隠れた勝因と言えるかもしれません。
■斎藤八段の後悔
馬を主軸に後手の桂を攻めるという斎藤八段の攻撃はわかりやすいものですが、藤井竜王も巧みに手を入れて先手を自由にさせません。双方に主張があり、形勢を示すグラフも互角を示したまま戦いは夜戦に突入していきます。
夕食休憩が明けて1時間が経過した19時40分頃、斎藤八段は▲3五歩(67手目)を着手します。攻めの矛先を盤面左方の後手の桂頭から右方の玉頭に切り替えたのですが、結果的に斎藤八段はこの手を後悔することになりました。当初からの構想であった桂頭攻めの▲7四歩には数手先に藤井竜王の受けが待ち構えており攻めが続かないと読んだわけですが、さらにその先に愚直な攻めの好手があって先手の攻めは成立していたのです。
■藤井竜王の見切り
仕掛け時点から想定していた桂頭攻めを斎藤八段が諦めたことで、本局の趨勢は大きく藤井竜王に傾きました。ペースを握ってからの藤井竜王の指し手は正確で、攻めては控えの桂から合わせの歩という基本手筋の組み合わせで先手陣を襲い、受けては自玉に対して斎藤八段が詰めろをかけられないことをきっちり見極めます。
結局、最後まで形勢の針を大きく譲らなかった藤井竜王がきれいな一手勝ちを収める結果となりました。終局時刻は23時5分、勝った藤井竜王は6時間の持ち時間のうち1時間を残していました。
直接対決を制した藤井竜王が名人挑戦に向け一歩リード。5回戦では▲藤井竜王―△広瀬章人八段、△斎藤八段―▲佐藤天彦九段の対局が予定されています。
水留啓(将棋情報局)