近年、ニュースなどで「カーボンニュートラル」という言葉を耳にすることが増えた。カーボンニュートラルとは一体どのようなもので、なぜ注目度が高まっているのだろうか。
国だけでなく企業単位でもカーボンニュートラルを目指す動きが広がっている中、今回は陸・海・空のフィールドを網羅してカーボンニュートラルを目指す、ヤマハ発動機の取り組みを紹介する。
最近よく聞く「カーボンニュートラル」って何?
「カーボンニュートラル」とは、地球温暖化を引き起こす「温室効果ガス」の排出量を実質ゼロにすることを指す。「実質ゼロ」というのは、二酸化炭素をはじめとする温室効果ガスの排出量から、植林・森林管理などによる温室効果ガスの吸収量を差し引くとゼロになる状態のことだ。
2020年以降の気候変動問題に関する国際的な枠組みである「パリ協定」では、「21世紀後半には、温室効果ガス排出量と吸収量のバランスを取る」ことが掲げられており、2020年には、日本政府も「2050年までに温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする」ことを宣言した。
世界的にカーボンニュートラルの機運が高まっている背景には、言わずもがな「地球温暖化」がある。このまま地球温暖化が進めば、自然災害が増えるだけでなく、水資源や生態系などにさまざまな影響がおよび、私たち人間や地球上のあらゆる生物の生存を脅かす危機にまで発展するといわれているのだ。
ヤマハの手がける「カーボンニュートラル」
こうした課題に向け、多くの日本企業がカーボンニュートラルを積極的に推進しているが、そのひとつがヤマハ発動機だ。ヤマハ発動機は、バイクや電動自転車、ボート、産業用無人ヘリコプターなど、陸・海・空をフィールドに活躍する製品を生み出してきた。
同社は持続可能な社会の実現に向け、「ヤマハ発動機グループ環境計画2050」において「気候変動」「資源循環」「生物多様性」を重点取り組み分野として2050年までのゴールを設定。とりわけ、「気候変動」の分野においては、2050年のカーボンニュートラルを目指し、事業活動および製品から排出されるCO2排出削減の取り組みを加速している。
ヤマハ発動機におけるCO2排出量のうち、バイクやマリンエンジンといった製品の使用に伴うCO2排出量は80%と大きな割合を占める。世界180を超える国と地域における陸・海・空のフィールドで、レジャーや産業、暮らしなど幅広く活躍する製品を手掛ける同社だからこそ、カーボンニュートラル達成に向けた製品開発に注力しているという。その取り組みを紹介していこう。
ICE系燃費の改善
具体的な取り組みのひとつが、ICE系(内燃機関/インターナル・コンバッション・エンジンの略)の燃費改善だ。
ヤマハ発動機の製品使用時におけるCO2排出量をエリア別で見ると、アジアが全体の62%を占めており、かつ二輪車が92%を占めている。新興国において、二輪車は生活の足であり、生活に欠かせない社会インフラだ。
ヤマハ発動機では、カーボンニュートラルの達成に向けて、安価で便利なモビリティであるICE系燃費改善に加え、「走り」と「燃費・環境性能」を両立する“BLUE CORE”エンジン搭載モデルの普及拡大に取り組んでいる。
ヤマハ発動機が販売した二輪車における“BLUE CORE”搭載モデルのウェイトは、2015年には35%だったが、2021年には71%にまで伸びており、6年で2倍に急拡大した。
BEV商材の拡充
「BEV」とは、バッテリー式の電気自動車(Battery Electric Vehicle)のこと。ヤマハ発動機は1980年代から環境・エネルギー資源問題の解決策のひとつとして「電気動力」に着目し、技術開発を進めてきた。
2002年には、量産モデルとして初の電動二輪車「Passol(パッソル)」を発売。その後も、各地域の最適なEVのあり方を模索しながら、電動のゴルフカーや小型低速車両(ランドカー)、電動アシスト自転車、電動車いす、ドローンなど陸・海・空を網羅したBEV製品群の開発を行っている。
「陸」をフィールドとしたヤマハ発動機の製品として、バイクやスクーター、電動アシスト自転車をはじめ、観光や工場で使用している小型低速車両、電動車いす、電動ゴルフカーなど多彩な商品が揃う。最新の取り組みでは、電動スクーターや電動パーソナルモビリティなど、これからの"移動"に向けて様々な実証実験の取り組みも行っている。
ヨーロッパで発売されている「NEO'S」
そのひとつ「NEO'S(ネオス)」は、2022年3月にヨーロッパで発売された、出力2.5kWクラスの電動スクーター。ヨーロッパでは、道路規制や駐車問題、渋滞などにより電動スクーターの需要が高まると予想されており、「NEO'S」はこうした市場ニーズに応えた製品だ。
着脱式バッテリー搭載で、シンプルでスタイリッシュなボディと、EVならではのなめらかな走行を特徴としている。今後、東南アジアでの販売も計画中だという。
電動スクーター「E01」
電動スクーター「E01(イーゼロワン)」は、原付二種クラスのスクーターとしての実用性と、都市間移動に適した走行性能を備える実証実験用電動スクーター。ヤマハ発動機では、2050年までに製品使用時などにおけるCO2排出量を2010年比で90%削減する目標を掲げている。
その目標を達成するために実施しているのが、「E01」による実証実験だ。2022年7月からは「E01」を使用した一般ユーザーからのフィードバックを実施、日本国内における原付二種クラスEVの普及に役立てていく。
また日本に限らず、台湾の二輪車メーカー「Gogoro」との協業を通して台湾における電動スクーターの普及にも取り組んでいる。
電動パーソナルモビリティ「TRITOWN」
「TRITOWN(トリタウン)」は、フロント2輪の小型電動立ち乗りモビリティ。車体の動きを手に取るように、見て、感じて、マシンとの一体感を楽しみながらライダー自身のバランスコントロールによって制御が行えることが特徴だ。
鳥の翼や魚の骨格、貝殻など自然界に存在する形状や構造から着想を得た、生き物のように有機的なフォルムにも注目したい車種だ。現在は2023年の市場投入を目指して開発が進められているという。
年齢・性別・健常者・障害者などの区別なく使える「YNF-01」
「乗りものや移動の世界をもっと楽しく、便利にすることで、より多くの人に感動を届けたい」という想いから生まれたのが「YNF-01」。年齢・性別・健常者・障害者などの区別なく、あらゆる人が使ってみたくなるモビリティを目指し、「どこかに行きたい」冒険心をくすぐるような「遊び」の要素を取り入れることで、誰もが楽しめる移動手段として開発されている。
「道はすべてオフロード」というコンセプトのもと、街中の段差や凸凹などにも対応。悪路も乗り越える走破性を実現した。
次世代操船システム「HARMO」
「海」をフィールドに活躍するヤマハ発動機の製品が、次世代操船システム「HARMO」だ。電動モーターを動力とする推進器ユニットと、動作を制御するリモートコントロールボックス、直感的な操作を可能とするジョイスティックなどで構成されており、高効率な電動推進に加え、振動・騒音の大幅な軽減にも成功している。
農業で活躍するドローン
「空」で存在感を発揮しているのが、近年活躍の場を広げているドローン。ヤマハ発動機のドローンはすべて電動で作動する。産業用無人ヘリコプターの開発で培ってきた技術やノウハウを生かし、ドローンでも、高精度・高効率の農薬散布を可能にしている。
製品だけでなく、脱炭素の取り組みや実証実験も
ヤマハ発動機では、製品開発だけでなく、様々なサービスや実証実験も行っている。
電動二輪車用共通仕様バッテリーのシェアリングサービス「Gachaco」
2022年4月、ENEOSホールディングスと本田技研工業、カワサキモータース、スズキおよびヤマハ発動機の5社共同で、株式会社Gachaco(ガチャコ)を設立。電動二輪車の共通仕様バッテリーのシェアリングサービス提供と、シェアリングサービスのためのインフラ整備を目的としたものだ。
電動モビリティを利用するなかで、充電切れの心配はついてまわるもの。Gachacoでは、安全・安心に使えるバッテリーの給電ネットワークをインフラとして構築することを目指し、脱炭素・循環型社会の実現に繋げていくという。
今後の取り組みとして、まずは2022年秋を目途に、東京などの大都市圏において、電動二輪車の共通仕様に適合したバッテリーのシェアリングサービスの開始を予定している。
カーボンニュートラル燃料に対応のパワートレイン開発
2022~2024年にかけて、ヤマハ発動機ではカーボンニュートラルを達成するためのパワートレイン技術の研究・開発設備の増設も発表している。これによって、電動モーターや水素エンジンなど新エネルギーに対応した製品の研究・開発がさらに加速する見込みだ。
電動モーターや水素エンジンの開発
ヤマハ発動機では、研究・開発の成果を自社製品として世に送り出すだけでなく、他社からの要望に基づいた電動モーターユニットの試作開発も行っている。これまでのエンジン開発で培ってきた同社の技術は、他社の製品開発にも生かされているのだ。
また水素エンジンの開発も手掛けている。2021年11月、ヤマハ発動機は川崎重工業、SUBARU、トヨタ自動車、マツダとともに内燃機関を活用した燃料の選択肢を広げる共同研究の可能性について検討を開始。先行して、トヨタ自動車の委託により、ヤマハ発動機が水素エンジンを開発するなど企業の枠組みを超えたカーボンニュートラル達成に向けた取り組みが進められている。
燃料電池を搭載した電動小型低速車「YG-M FC」 の実証実験
2019年4月には石川県輪島市において、燃料電池を搭載した電動小型低速車「YG-M FC」を公道で走らせる実証実験を行った。
燃料電池を搭載したこの試験車両は、同サイズの電動小型低速車に比べると航続距離が長く、燃料充填時間が短いことから、充電回数の低減や保有台数の削減につながっているという。
ヤマハ発動機では世界各地に送り出す製品のCO2削減に取り組むかたわら、他社との協業による持続可能な社会の実現に向けたインフラ整備などにも力を入れている。さらに今年6月には、2050年のカーボンニュートラルを目標とした「ヤマハ発動機グループ環境計画2050」のうち、海外を含む自社工場における目標達成時期を2035年へと前倒しすることも発表しており、着実に削減に向けて進んでいるようだ。
私たち消費者の側も、少しでも環境負荷の少ない製品を選ぶなど、自分にできることをひとつひとつ実践していきたいものだ。