東京都は8月1日、東京メトロと連名で、有楽町線分岐延伸区間について、都市計画素案の説明会を開催すると発表した。8月下旬に江東区内4カ所で実施する。その中で路線の位置図も示した。豊洲駅と住吉駅を結ぶ通称「豊住線」は、江東区の粘り強い働きかけで実現する。全線が江東区内で、中間駅は3駅。江東区民と江東区外の人々にとって、どんな利点があるだろう。
通称「豊住線」は、東京都市計画都市高速鉄道8号線の一部で、2000(平成12)年の「運輸政策審議会答申18号」において「豊洲~東陽町~住吉~押上~四ツ木~亀有~八潮~越谷レイクタウン~野田市」が「2015年までに整備着手することが適当」とされた。東京都江東区・墨田区・葛飾区、埼玉県八潮市・越谷市、千葉県野田市にわたる長大な路線で、さらにその先、利根川を超えて茨城県坂東市・下妻市からも誘致要望があるという。
このうち豊洲~住吉間は、2016(平成28)年の「交通政策審議会答申第198号」にて「国際競争力の強化に資する鉄道ネットワークのプロジェクト」とされた。しかし、東京メトロは営団地下鉄時代に整備決定した副都心線(東京都市計画11号線)以降の新路線計画を凍結したため、進展しなかった。東京都江東区は実現に向けて、第三セクターを設立し上下分離方式の開業をめざした。
その後、2021年の「交通政策審議会答申第371号」で、「東京8号線の延伸(豊洲~住吉)は東京メトロに事業主体の役割を求めるのが適切」とされた。これには政治的な理由がある。国が保有する東京メトロ株を売却し、東日本大震災の復興資金に充てるため、東京都も同比率の株式売却に応じた。株主として、売却前に東京メトロに建設を促した。
東京メトロは豊洲~住吉間(約5.2km)について、2022年3月に第一種鉄道事業の許可を得た。第一種鉄道事業は線路施設も運営も行う。つまり、東京メトロの単独運営となり、江東区が第三セクターを立ち上げずに済んだ。これで建設へ弾みがついた。
事業費は約2,690億円。報道によると、このうち補助対象は2,341億円だという。補助の内訳は東京都44.1%、国25.7%、江東区4%。残りは東京メトロの負担だが、鉄道・運輸機構の都市鉄道融資など低金利の融資が行われる。開業目標は2030年代半ば、豊洲~住吉間の所要時間は約9分。現在は地下鉄で約21分(豊洲~月島~清澄白河~住吉)、バスで28分(都営バス錦13系統)だから、大幅な時間短縮になる。
■江東区を南北に結ぶ新線、中間駅でマンション開発も進む?
豊洲~住吉間を結ぶ路線はどんなところを走るだろう。各駅の周辺を見てみよう。
●豊洲駅
東京メトロ有楽町線の駅。ホームは2面4線で、将来の分岐延伸に備えた構造になっている。外側の2線が現在の有楽町線、内側の2線が分岐延伸線となる予定。線路構造は発表されていないが、豊洲駅での折返し、あるいは有楽町方面の直通も可能。分岐延伸線の江東区内の駅から銀座・有楽町方面が便利になる。豊洲駅はゆりかもめの終点でもあるため、お台場方面も便利になるだろう。
駅周辺は大型ビルとタワーマンションが林立する。ショッピングモール「アーバンドック ららぽーと豊洲」は「キッザニア東京」などのエンターテイメント施設や水上バスのりばもあり、観光地の一面を持つ。
●枝川(仮)駅
運河に囲まれた三角形の埋立地。東京湾埋立地4号・5号にあたる。首都高速9号深川線の枝川出口がある。出口のみで入口はなく、北の塩浜地区(東京湾埋立地1号2号)に入口があり、2つ合わせて湾岸線方面の出入口となる。隣の潮見(東京湾埋立地8号)地区にJR京葉線の潮見駅がある。
水運と整備された道路によって、中小企業や倉庫が多い地区。しかし近年、撤退した企業跡地に高層マンションをはじめ大小のマンションが増加しており、都心のベッドタウンとなりつつある。駅ができれば、塩浜地区と合わせてマンション開発が進むと思われる。
●東陽町(仮)駅
東京メトロ東西線との乗換駅になる予定。駅名はいまのところ仮だが、おそらく東陽町になるだろう。付近に大型集合住宅が多く、通勤時間帯は当駅からの乗客が多い。分岐延伸線の開業によって、東京メトロ東西線の混雑率は20%程度低くなると予測されている。ちなみに、東陽町駅の近くにある大規模団地「東京都住宅公社南砂住宅」は、かつて鉄道車両工場「汽車製造 東京製作所」があったところ。客車・電車・貨車を製造していた。付近の都電線路跡地の遊歩道に車輪などが飾られている。
江東区役所の最寄り駅で、江東区にとっていわば「首都」。駅から徒歩圏内にある江東運転免許試験場への利用者も多い。このような駅にもかかわらず、鉄道が東西方向しかなかった。南北方向の地下鉄開通によって、区民が鉄道で区役所などを利用できる。江東区にとって、有楽町線分岐延伸は悲願だった。
●千石(仮)駅
小名木川、仙台掘川、大横川、横十間川に囲まれた鉄道空白地帯。駅予定地の南側が千石地区、北側が千田地区と海辺地区。4つの川はすべて江戸時代に整備された運河で、水運で栄えた。東側にJR総武本線の越中島支線があり、LRT化する構想があるものの、大通りをいくつも横切るなど課題が多く、実現に至らない。
江東区とその周辺は貯木場、倉庫、水運で栄えた上に、江戸時代の大火で移転した武家や寺社も多く、職人たちも多かった。駅予定地の周辺はその当時からの名残がある。南側の千石地区は中小企業が多く、北側の千田・海辺地区は戸建て住宅が密集する。鉄道駅がなかったこともあり、大規模開発もなかった。駅が設置されることで、マンション開発が進むだろう。水辺が整備されているため、人気が出そうだ。
●住吉駅
東京メトロ半蔵門線と都営新宿線の乗換駅。半蔵門線の住吉駅は上下2層構造で、それぞれの階に島式ホームがある。現在はホームの片側を留置線として使っており、ここが分岐延伸線ののりばになる。東京都市計画都市高速鉄道8号線は、住吉~押上間を11号線(半蔵門線)と共用する計画だった。
半蔵門線の留置線として使っている線路とその運用が興味深い。住吉駅には両渡り線がないため、錦糸町駅の北側にある両渡り線を使う。つまり、押上方面の留置線に列車を入れるために、錦糸町から住吉駅まで逆走する必要があり、大手町方面の留置線から出庫するために、住吉駅から錦糸町駅まで逆走する必要があった。この運用も、分岐延伸線の開業で留置線扱いがなくなるので消滅するだろう。
気になる点としては、分岐延伸線の折返し地点がどこになるか。住吉駅で折り返すとすれば、住吉駅の南側に両渡り線が必要になる。しかし上下2層のホームから両渡り線を作る場合、勾配を使って線路を同じ高さに並べる必要がある。しかしホームと両渡り線が離れると、列車の運行間隔が空いてしまい、高頻度運転に対応できない。最も素直な運用は、押上駅まで走って折り返す方法だろう。つまり、分岐延伸線は少なくとも半蔵門線の押上駅まで直通運転になると予想する。線路施設の発表が楽しみだ。
住吉駅周辺も水運に恵まれた町だった。東側に都立猿江恩賜公園という大きな公園がある。元は江戸時代から続く貯木場の移転跡地で、1932(昭和7)年に開園した。敷地内にコンサートホール「ティアラこうとう」もある。分岐延伸は江東区役所だけではく、区民の余暇活動も応援する。
その他の地域は水辺に倉庫業や中小企業、内陸部に住宅が集まる。ホームセンターなどの大型店舗やタワーマンションも建つ人気の地域で、交通至便の影響が出ている。千石(仮)駅周辺もこのように変化するだろう。
■東京の鉄道ネットワークに貢献、鉄道ファンとしての期待も
分岐延伸線は江東区内だけでなく、東京の鉄道ネットワークにも貢献する。前述の通り、東京メトロ東西線の混雑緩和が図られる。JR総武線や都営新宿線から都心方面の通勤客も移行するだろう。
東京メトロ半蔵門線は都心方面で近いところを走っているため、移行は少ないと考えられる。ただし、豊洲駅からゆりかもめに乗り継げるから、東京ビッグサイトがあるお台場方面が便利になりそうだ。東京の新しい台所である豊洲市場も、最寄り駅はゆりかもめの市場前駅。これは半蔵門線が乗り入れる東武スカイツリーライン沿線の人々にとっても朗報ではないかと思われる。
分岐延伸線の開業で、東武スカイツリーラインと有楽町線の線路がつながる。有楽町線は東武東上線ともつながっている。東武東上線と東武スカイツリーラインは秩父鉄道でもつながっており、東武鉄道の車両回送が行われている。それが今後は有楽町線経由になるだろうか。
半蔵門線の車両基地は東急田園都市線の鷺沼駅にあり、東京メトロ日比谷線の車両も入線している。それにならって大胆な回送運転ができるかもしれない。有楽町線は新木場駅の南東側に東京メトロの車両基地がある。こちらに半蔵門線の車両が現れるだろうか。
線路がつながることで、鉄道ファンとしてもなにか楽しいことが起きそうな気がする。分岐延伸開業記念企画として、まずは鷺沼車両基地と新木場車両基地を結ぶイベント列車に期待したい。