フジテレビのドキュメンタリー番組『ザ・ノンフィクション』(毎週日曜14:00~ ※関東ローカル)で、7月31日に放送された『ありのままでいいじゃない ~いしいさん家の人々~ 前編』。認知症や統合失調症などの患者を預かる介護施設「いしいさん家」に密着した作品で、8月7日に「後編」が放送される。

ここに集まってくるのは、暴力・暴言といった問題行動を理由に、他の施設から“お断り”された人たち。薬で抑えつけたり、縛りつけたりせず、「誰もがありのままに過ごせる場所を」という理想を掲げて運営する石井英寿さん(47)やスタッフ、利用者とその家族の姿を約1年にわたって見つめ続けた遠藤史朗ディレクターに、話を聞いた――。

  • 介護施設「いしいさん家」を運営する石井英寿さん(左) (C)フジテレビ

    介護施設「いしいさん家」を運営する石井英寿さん(左) (C)フジテレビ

■効率化・生産性重視のトレンドと正反対

介護をテーマにしたドキュメンタリーを制作するにあたり、その業界に詳しい記者にいくつか候補となる介護施設を紹介してもらった中の1つが、今回の舞台である「いしいさん家」だった。なぜ、ここに興味を持ったのか。

「初めてお邪魔したとき、いしいさん家の玄関に靴やサンダルが散乱していたんです。利用者の認知症の人たちが、外出するたびに自分の靴が分からなくて、『これじゃない、あれじゃない』となるからなんですね。この状況に、ある介護士さんに『いつも間違えるから、洗濯バサミに番号を付けて、分かるようにしましょう』と提案された石井さんは『それはやめてくれ』と言ったそうなんです。なぜかというと、その靴を探す過程で、介護士と利用者がコミュニケーションを取るのが大事なんだと。効率的にやってしまうと、そのチャンスを奪うことになるという話なんですね。今、介護業界は、効率化や生産性が重視されるところもあるので、それと正反対のことをやっているのが面白くて、ここを取材してみたいと思いました」(遠藤D、以下同)

おととしの12月に取材の許可をもらい、翌春から撮影を始めようと考えていたが、基礎疾患を持っている高齢者も利用しているということもあり、コロナの影響で昨年の7月から本格的に取材を開始。施設のある千葉県内でPCR検査を受け、陰性を確認して近くのホテルに泊まりながら1週間通うというのを繰り返し、今年の6月まで約1年にわたって密着した。

■カメラを壊されそうになっても撮り続けた理由

利用者は時に暴れることもあり、施設のスタッフは生傷が絶えない。遠藤Dも「手を上げられることや髪の毛をつかまれることもありました。それは全然いいんですけど、カメラを壊されそうになったときは、ちょっと焦りましたね(笑)」と苦笑いするが、撮影は慎重に行っていたと語る。

「最初は、カメラを向けるとどういう反応を示すかも分からない状態でした。カメラということを認識できない人がたくさんいる一方で、分かってる人もいるので、急にカメラを向けられると、普通の人でも嫌じゃないですか。でも、『カメラを向けないでくれ』とは言ってくれず、机を叩いたりとか行動で示すので、『この人は大丈夫そうだな』とか『この人はイラッとしてるからやめておこう』とか、探り探り考えながら撮るようにしていました」

こうした大変な状況でも、カメラを回し続けた原動力は何だったのか。

「“素の人間の姿”がここにあると思ったんです。薬で抑えつけられたり、縛りつけられたりするような重い認知症の方は、テレビや新聞には出てこないので、そういう人たちが普段どういう姿をしているのか、どういう行動を取っているのか。自分の父も重度の認知症だったというのもあって、すごく興味があったんです」

  • 車いすを押す石井さん (C)フジテレビ

その中で気づいたのは、たとえ認知症であっても、それぞれに個性があるということだ。

「最初に出た認知症の女性(73)は、『バカ野郎』が口癖で、スタッフを叩いたり引っかいたりと問題行動が止まらないのですが、懐メロや童謡を流すとすごく落ち着くんですよ。話を聞いていくと、昔から歌が好きで、ご主人と出会ったのも歌とダンスのサークルだったんです。それとお花が大好きで、みんなで一緒にコスモス畑を見に行ったとき、それまですごく暴れていたのに、着いた途端に『あら、きれいね』と介護士さんに声をかけていて、もう全然変わるんですよね。他の認知症の方がお花を見てもそうなるわけではないので、やっぱり個性があるんです。そういうのを、石井さんをはじめ、介護士さんたちが全部見極めているから、いしいさん家という施設が成り立っているんです。画一的な接し方をしているわけではないというのを知って、認知症介護の世界は深いんだなと思いました」