人生には、いいときもあれば悪いときもあるのが当然ですし、それはメンタルの調子にもいえることです。それこそ女性の場合だと、生理周期によって毎月のように心の浮き沈みを繰り返している人も多いのではないでしょうか。
医学博士の高尾美穂先生は、「生理周期によるメンタルの変化を知ることが、長い人生における『準備』につながる」と語ります。
■メンタルの安定に深くかかわる女性ホルモン
いきなりこういうと身もふたもないかもしれませんが、じつはメンタルの不調が起きるメカニズムはわかりやすく説明できるものではありません。しかし女性の場合には、「メンタルの不調を起こしやすいタイミング」というものはある程度指摘できます。そのタイミングとは、「生理前」「産後」「更年期」です。
これらに共通するのは、「エストロゲン」「プロゲステロン」といういわゆる女性ホルモンが、「ある状態」から「ない状態」に変化する時期だということです。なぜ女性ホルモンがなくなるとメンタルの不調を起こしやすくなるのかというと、女性ホルモンがメンタルを良好に保つ物質に大きく関与しているからです。
エストロゲンが関与しているのが、「ハッピーホルモン」という呼び名でも知られている神経伝達物質「セロトニン」です。両者には正の相関があるため、エストロゲンが増えればセロトニンも増えると考えればよく、プロゲステロンは、「GABA(ギャバ)」と呼ばれる「γ-アミノ酪酸」と関与しており、やはり両者には正の相関があります。
そして、ハッピーホルモンと呼ばれることからもわかるとおり、セロトニンはメンタルの安定に大きくかかわります。セロトニンには抗うつ作用があり、一方のGABAには抗不安作用がありますから、見方を変えると両者に対しプラスの関係にあるふたつの女性ホルモンが、これらの作用を維持しているともいえるのです。
そのため、女性ホルモンの分泌が減少する生理前、産後、更年期にはうつっぽくもなりますし不安も強くなります。しかも、男性のようにもともと女性ホルモンがほとんどないならともかく、ある状態からない状態に変化するからこそ、そのギャップに苦しむわけです。
■自分自身のメンタルが落ちやすい時期を知る
ですから、生理前、産後、更年期にはメンタルの不調が起きる可能性があるということ、そして自分自身はどんなタイプなのかについて、女性のみなさんにはぜひ把握しておいていただきたい。そうすることで、あらかじめの「準備」ができるからです。
若いうちから生理前にメンタルが落ちやすいという人なら、産後うつを発症したり更年期のときにもメンタルの不調を起こしたりするリスクが高いと考えておくことが望ましい。そう考えておけば準備をすることができます。
結婚して妊娠したら、出産前から「産後うつになるかもしれないから、なるべく夜間の睡眠時間を確保するために協力してほしい」とパートナーに具体的な相談をすることもできますよね。十分な睡眠によって心の不調を軽減することがわかっていますから。
あるいは、漢方薬を試しておくというのもひとつの準備になります。生理にまつわる心身の不調には、代表的なものとして「加味逍遥散(かみしょうようさん)」や「抑肝散(よくかんさん)」という漢方薬が効果的です。
生理が順調な頃の生理前に試してみて自分に合うとわかっていたなら、その後の不調においても同じものが効果的かもしれません。もちろん、母乳で子どもを育てたいと考えるなら産後に使うのを迷うかもしれませんが、更年期には同じものを使える可能性は高いでしょう。
ただ、睡眠時間の確保にも漢方薬の内服にもいえることですが、一定の期間継続することが大切です。慢性的に寝不足が続いている人なら1日しっかり寝ただけで心身の調子がかなりよくなるかもしれませんが、本来は習慣になってこそその効果がきちんと表れるものです。
しっかり寝ることも漢方薬も、少なくとも2〜3カ月は続けてみて、自分に必要な睡眠時間や自分に合っている薬を見つけてほしいと思います。
■メンタルの不調におちいったときの対処法
ここまで、「生理前にメンタルが落ちやすい」というように、自分自身でメンタルの状態を認識できるということを前提にお話してきました。でも、わかりやすい身体的なケガとちがって、心の不調には自分で気づけない可能性もあります。
そこで、自分でも気づかないうちにメンタルの不調におちいっていないかをチェックする方法をお伝えしましょう。みなさんには次のようなことがないでしょうか。
【すぐにできるメンタルチェック】
・なにも特別なことがないのに、泣けてくることがある
・以前は好きだったことなのに、いまはしたくないことがある
これらに心あたりがある人は要注意です。精神医学の分野では、どちらも典型的なうつを想定するサインだとされています。
他にも、「朝起きたときに疲れがとれていない」という人も注意が必要です。もちろん、たまには夜ふかしをしてそういう日もあるかもしれませんが、睡眠時間を確保しているのに毎朝疲れがとれていないと感じるなら、メンタルの不調におちいっている可能性が高いでしょう。
これらにあてはまった人は、まずメンタルの不調を招いた原因を探してみて、それを避けることを考えてみてください。人間関係に思いあたるところがあれば、その原因となった人からはとにかく逃げることを考えてください。仕事が重いというなら、仕事を減らしてもらうよう上司に相談しましょう。
でも、メンタルの不調を招いた原因が思いあたらないこともあります。そんな場合、たとえば幼少期からのトラウマのようなものが積み重なっていることが原因かもしれません。もちろん、この場合は個人で対処するのは難しいものですから、公認心理士など専門家に相談することが望ましいでしょう。
いずれにしても、それまでの生活をそのまま続けることはすすめられません。メンタルの不調には原因がありますから、その原因がない生活ができるように変えていく必要があります。
構成/岩川悟(合同会社スリップストリーム) 取材・文/清家茂樹 写真/玉井美世子