コロナ禍は寺社仏閣にも大きく影響を与えた。古都・鎌倉も例外ではなく、観光客だけでなく仏事のために訪れる人も減少したという。そんな鎌倉のお寺のひとつ、円覚寺の「龍隠庵」は、人と人の縁を繋げるために境内にWi-Fiを導入した。

  • (左から)NTT東日本 神奈川西支店の目黒正太氏、龍隠庵 住職の太田周文氏、NTT東日本 神奈川西支店の小坂由子氏

大河ドラマで再び注目される古都・鎌倉

NHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』で再び注目を集める古都・鎌倉。海に面しつつも周囲を険しい山に囲まれた特徴的な地形の中にさまざまな歴史的建造物を持つ独特の街並みは、いまも国内外問わず多くの観光客を魅了している。

臨済宗大本山 円覚寺は、元寇を退けたことで知られる鎌倉幕府の執権・北条時宗が、戦没者の慰霊のために南宋の僧・無学祖元を招いて創建された。この円覚寺にある19の塔頭(たっちゅう)のうちのひとつとして、上杉氏が関東管領だった室町時代に建立されたのが龍隠庵だ。太田周文氏は、ここで25年ほど前から住職をされている。

  • 北鎌倉駅のほど近くにある、臨済宗大本山 円覚寺の総門

  • 円覚寺の敷地内からしばらく階段を上っていくと龍隠庵への道がある

  • 道の先には断崖絶壁を削って作られた切り通し階段やお地蔵様が

  • 切り通し階段を上った先に見えてくる龍隠庵。その眺望は一見の価値ありだ

「私が龍隠庵に来た頃は、鎌倉全体のお寺が荒廃しており、いわゆる無檀・無禄から始まりました。ですから、まずは観光であれ、近所の人であれ、仏事であれ、人様に来ていただかなくてはいけない。それがだんだん具体的な活動になっていき、写経だったり書道のお稽古だったり、それからお茶会をしたりと、公民館のように使われるようになったのです。お寺を難しいところだと考えて欲しくないので、人の縁を繋げるコミュケーションの場として使われることは、私の望みでもあります」

  • 6月13日に龍隠庵で行われた朗読会「大人の寺子屋」の様子

  • 臨済宗大本山 円覚寺 塔頭 龍隠庵 住職 太田周文氏

こうして、近所・遠方問わず多くの方が来訪するようになった龍隠庵。だが2020年、新型コロナウイルス感染症の流行により、その状況は一変。円覚寺、そして龍隠庵への来訪者は激減した。その第一の理由は、外国人が来日できなくなったことだ。

「この2年間、外国人の入国が制限されましたからね。この状況になって初めて気づいたのが、"東アジア系の人は話してみないと日本人と区別できない"ということです。そういった外国の方の来訪がいかに多かったのかと、ひしひしと感じています」

第二の理由は、信仰の対象として円覚寺を訪れていた人たちの減少。緊急事態宣言やまん延防止等重点措置を受け、多くの方が参拝や仏事を自粛していたそうだ。龍隠庵でも、実際に集まれないがゆえに中断した会がたくさんあるという。

  • 龍隠庵の背後の崖には、岩肌をくりぬいて作られたほこらが

コロナ禍を受けてWi-Fiを導入した龍隠庵

そんなコロナ禍の中、龍隠庵は境内にWi-Fiを導入した。近年は仏寺のICT化も進んでおり、鎌倉市内でもWi-Fiを備える施設は多いというが、龍隠庵がこのタイミングで導入を決めた理由には、周囲の人の後押しがあったからだという。

「コロナ禍で会は中断していましたが、みなさんはリモートで会議をされていました。しかしここにはネット環境がなく、私は参加していませんでした。私自身はそれでも苦ではないのですが、ある日『和尚さんだけ参加できないのはかわいそう。誰かが隣に座ってでもいいから参加できるようにしてあげて』という話になりまして。それなら自らWi-FIを導入しようと思ったのです」

こうして太田氏は2020年の夏ごろ、ちょうどFAX導入のための電話機の入れ替えで打ち合わせをしていたNTT東日本に相談。2021年5月ごろ、実際にWi-Fiの稼働を開始した。その目的はといえば、太田氏の利用よりも、来訪者に使ってもらうことだ。

「一番の苦労はやっぱり私の無知ですよ、本当にそれしかないね。もうNTT東日本さんを信頼してお任せするしかない世界です、ようやく『FAXを引こうか』という話をしていたくらいだもの(笑)。ただ、景観を損ねないようにお願いはしました。技術は日進月歩ですからなるべく新しいものにする一方で、でも見える雰囲気は一番原始的であって良いし、むしろそうあるべきだと思うんです。『実は使えます』ぐらいで良いのです」

  • Wi-Fiの存在を感じさせないよう、襖と家具の間にひっそりと設置されたアクセスポイント

リモートで変化の兆しを見せるお寺の在り方

Wi-Fiを導入してから、龍隠庵には『親の命日だが、緊急事態宣言でお寺に行けない。お布施は送金するので、リモートでお経を読んでもらえないか』という依頼があったそうだ。結果的に太田氏は銀行口座は教えず、それでもしっかりお経は読んだそうだが、間違いなく時代は変わってきていると感じたという。

「葬儀においても、『入国できないので、時差を考慮してリモートで故人を送らせて欲しい』というお願いがありました。最初は『えっ』という違和感がありましたが、よくよく考えるとごく自然な願いです。もちろん私にもまだ抵抗はありますが、お寺の使命というのはそういうところにあるのかもしれませんし、時代によって形は変わっていいと思うんです」

コロナ禍の中では、このWi-Fiを使って学生がリモート授業を受けることもあったという。授業がすべて遠隔になり、自宅から出られない閉塞感の中、お寺でお茶を飲みながら勉強をすることは、学生にとってもよい気分転換になったに違いない。

  • 自然を眺めながら学生が勉強をすることもあるという庭を案内してくれた太田氏

お寺は人の縁を繋げる場所

2022年4月ごろより、コロナ禍も落ち着きを見せ始めた。龍隠庵でも現在は来訪者が戻りつつあり、太田氏も胸をなで下ろしている。

「法事や仏事を自粛されていたみなさんが、再びいらっしゃるようになったと感じます。2年間というと、例えば一周忌の法事が三回忌になってもできないということですから、『どこかでお参りを』と思われていた方が多いのだと思います。みなさんにはね、いろいろなアイデアを持ち込んでもらって良いと思っています。私が自分が考える範囲なんてたかが知れているから、お知恵を拝借しながらね、お寺らしくて良いものを入れていきたいと思います。お寺はコミュニケーションの場で、人と人の縁を繋げればそれで良いのです」

近年はフリーWi-Fiの導入やお賽銭の電子化など、寺社仏閣にも徐々にICTが浸透を始めている。時代に合わせ、こういった信仰の対象も形を変えていくのだろう。最後に、太田氏に現在の思いをお聞きした。

「コロナ禍もようやく落ち着いてきまして、再び観光にいらっしゃる方が増えてくると思います。そうなったときにWi-Fiの環境があるとないでは、多分影響力が大きく異なるでしょう。そのためにも私自身にもうちょっと活用できるような知識が必要です。NTT東日本さんにはね、そういうレクチャーしてもらえれば非常にありがたいなと思います。まだまだ安心はできませんけれども、どうぞみなさん、お茶を飲みにいらしてください」