携帯電話の普及とともに数を減らしている公衆電話。昨今はその使い方を知らない未成年も増えており、社会課題の一つとして注目されている。そんな中、オンラインで「公衆電話の使い方教室」を実施したのが、小田原市にあるれんげ幼稚園だ。
子どもたちの気づきを大切にするれんげ幼稚園
昭和29年に妙性山 常顕寺の附属幼稚園として開園した、神奈川県小田原市のれんげ幼稚園。昭和60年に学校法人 みちひろ学園へと移行し、「情操豊かな人づくり、体力ある元気な子」を教育目標として保育を組み立てている。
れんげ幼稚園は、子どもたちの主体的な活動や気づきを大切にし、実体験のなかで心を動かしてもらうという取り組みを行っている。幸い、同園は海にも川にも近く、ある程度歩けば小田原城という史跡もある。園庭には自然や生き物に触れられる環境があり、さらに近隣にはれんげ農園という畑も備えている。
また、常顕寺の本堂で正座をするといった取り組みや、英語学習、専門家による造形や体育の授業も実施。園のすぐそばを国道1号線が通っており、箱根駅伝のコースであることから、年一回、マラソン大会も開催。さらに、園児の要望を反映させながら、さまざまな取り組みを行っていると園長の簾内明子氏は楽しげに話す。
「何年か前には、子どもたちが『本物と同じ大きさの、乗れるキリンを作りたい』と言うので、木材のお仕事をされてる保護者の方に相談して立ててみたりしました。それから北海道の旭川市旭山動物園にキリンについてお話もしてもらいました。そのときはちょうどキリンの赤ちゃんが生まれていて、バックヤードを見せてもらったんですよ」(簾内氏)。
このほかにも、稲刈りをしてお米を食べ比べてみたり、園児たちがモデルもカメラも照明も担当するファッションショーをやってみたり、運動会では公平なチーム分けを園児たち自身が相談する場を設けたりと、子どもたちが気になったことを積極的に支えるという姿勢で運営されている。
まち歩き探検で子どもたちが見つけた公衆電話
現在150名ほどの園児を預かっている同園だが、昨今は新型コロナウイルスの影響があり、実体験の機会を設けることがなかなか難しい。お泊まり教育もここ2~3年は行えていなかったそうだ。
そこで昨今はオンライン環境を利用した活動を増やしているという。そのひとつが、NTT東日本の協力を受けて行われた「公衆電話の使い方教室」だ。このアイデアも、子どもたちの気づきから生まれたものだと教務主任の小川美穂氏は話す。
「昨年度の年中組で『まち歩き探検』を行ったことがきっかけです。始まりは一昨年の12月に年賀状を作り、お家に届くようにしたことです。子どもたちがポストを見て『なんで鍵があるの?』『この数字はなあに?』と不思議に思ったことをつぶやいたので、『街を探検して、いろいろな不思議を見つけよう!』という話になったのです」(小川氏)。
まち歩き探検において、園児たちはマンホールや消火栓、自動販売機、小田原市の市章など、さまざまなことに興味を持ったという。「まち歩き探検は他の学年にも影響を与えていて、昨年度の年長組も園外に出かけると小田原市のマークを探し出したりしていました」と、年長ひまわり組の明定夏季氏は述べる。
そんなまち歩き探検の中で、子どもたちの興味を引いたもののひとつに、公衆電話があった。
「公衆電話は最近なかなか目にしません。街の中から減少しているだけでなく、あっても子どもは触らせてもらえなかったりします。スマートフォンが普及して、ご家庭でも固定電話が減り、電話番号を押したり覚えたりする機会も減りました。実際に電話ボックスを開けてみると、子どもたちから『これは何だろう?』『ここどうやって使うんだろうね』といった不思議がたくさん集まってきたので、NTT東日本さんの方にお願いをして、子どもたちに知ってもらおうと思いました」(小川氏)。
公衆電話について伝えることは、オンラインでもできる。NTT東日本はこの要望を快諾し、れんげ幼稚園教室とNTT東日本ショールーム(横浜市内)をZoomで接続し、「公衆電話の使い方教室」が開催されることになった。
電話機の使い方から歴史、災害用伝言ダイヤルまで
こうして2月21日に行われた「公衆電話の使い方教室」。NTT東日本の村杉正裕氏、辻忠男氏が語る公衆電話の説明や電話の歴史を、園児たちは興味深く聞いていたという。
「子どもたちにとっては公衆電話そのものが不思議の塊です。受話器を取ることも、ダイヤルすることも不思議で、かけ方もわかりません。知っている子でも『どのお金を入れたらいいんだろう?』と、不思議がっていました。あわせて年代別の電話機も見せてもらい、『となりのトトロ』でメイちゃんが電話するシーンとともに昔の電話機の使われ方を教えていただいたので、子どもたちも納得してオンラインを終えることができたと思います」(小川氏)。
さらに村杉氏、辻氏は「災害用伝言ダイヤル」の使い方も解説。毎月1日・15日やお正月、防災週間などに体験利用ができることを伝えると、「お家でお話するよ」という声が園児からもあがったそうだ。
「子どもたちが『災害のときに役に立つんだ』『危ないと感じたときにも使えるんだ』ということをすごく理解していて、私たちも興味深く見ていました。気になってから期間が開くと子どもたちの興味は薄れていってしまうので、思いを汲み取ってすぐに対応してくれたNTT東日本さんにはとても感謝しています。コロナ禍が収まったら、今度は実際に公衆電話に触れる機会を作ってあげたいと思います」(小川氏)。
NTT東日本の村杉正裕氏は「幼稚園の園児が関心を持ったということ自体がすごく嬉しくて、社員の励みにもなっています」と、使い方教室を開催した喜びを語る。
同時にNTT東日本の辻 忠男氏は「それまでは通り過ぎるだけだった電話ボックスも、公衆電話を意識づけることで、緊急時や災害時の心強い存在になると思います」と公衆電話の利用体験を薦めた。
保育士が元気に子どもたちと触れ合える環境づくりを
近年は幼稚園や保育園のICT化も進んでおり、インターネットで写真を注文できたり、出欠確認などの連絡がアプリでできるようになったりしている。保育士や家庭の負担が減ることは大いに歓迎すべきことであり、れんげ幼稚園でも徐々にICTが浸透しているという。
「振り返れば、当園も少しずつICT化が進んでいます。これによって効率化は進んでいるのですが、一方で電話連絡のような細やかなコミュニケーションは切り捨てて処理していくことになります。効率化には大きなメリットがある半面、失われるものもあるのかなと感じています」(簾内氏)。
れんげ幼稚園は今年度、各教室にモニターを設置する予定だという。これを活用して保護者との会合をしたり、緊急事態宣言で閉鎖になったときはアプリを使って保育を止めない仕組みを作っていくそうだ。簾内氏は地域への感謝を述べつつ、園長として今後の展望について語った。
「教育現場の勤務体制は多忙で魅力より苦労が勝っているため、携わろうとする人が減っているという大きな問題があります。人材確保が教育の質に繋がっているのです。当園は、保育士の先生たちが元気に子どもたちと接してくれることが大事だと思っています。"子どものため"という言葉に押しつぶされることなく、幼稚園を好きになってくれる環境作りを進めたいですね」(簾内氏)。