6月6日、東京都と大田区は連名で、「新空港線(矢口渡~京急蒲田)整備事業について」という文書を公開した。おもな合意内容は、「都市鉄道利便増進事業の地方負担分について、東京都が3割、大田区が7割を負担する」というもの。その前提として、「大田区は整備主体の第三セクターに出資し、都市鉄道利便増進事業の採択に向けて事業を推進する」とある。まだ「もし整備が決まったら」という話で、着工時期も決まっていない。
「新空港線」は1980年代に大田区が構想し、「蒲蒲線(仮称)」と呼ばれた。当初は蒲田駅と京急蒲田駅を結ぶだけの路線だった。大田区は1989(平成元)年に「大田区東西鉄道網整備調査報告書」を発表したが、大田区内で完結する構想のため、都と国の賛同を得にくかった。かといって区の予算だけでは実現しがたい。
そこで構想を拡大し、「京急電鉄空港線と連絡した羽田空港アクセス路線」とした。折しも石原慎太郎都知事(当時)が羽田空港の拡張と再国際化をめざし、1998年8月に都庁内で担当部署を置いた。その動きを背景に、2000年の「運輸政策審議会答申第18号」で、「蒲蒲線」は「2015(平成27)年までに整備着手することが適当」と認められた。
東京都は2007年頃から2020年オリンピック・パラリンピックの招致活動に着手。同年、大田区、東京都、国、東急電鉄、京急電鉄による「蒲蒲線」の勉強会が発足する。2011年、東急電鉄が投資家説明会で「蒲蒲線」構想を発表。東急電鉄の関心がきっかけで、東急多摩川線の地下直通化構想になった。2016年の「交通政策審議会答申第198号 東京圏における今後の都市鉄道のあり方について」で、「新空港線の新設(矢口渡~蒲田~京急蒲田~大鳥居)」が示されて以降、構想名は「新空港線」、このうち第1期線の蒲田~京急蒲田間が通称「蒲蒲線」として語られてきた。
今回の発表で、注目すべきは東京都と大田区の費用負担率より、その算定の元となる総事業費「約1,360億円」と、費用便益比「2.0」だろう。費用便益比は事業単体の収支ではなく、その事業がもたらす社会的な利益と費用が見合っているかを算定する。1.0を超えていれば「便益あり」とされ、数字が大きいほど良い。整備新幹線の建設でも、1.0をどれだけ超えているかが注目される。2.0はかなり優秀で、関係各方面から有望な事業と認められるだろう。
「都市鉄道利便増進事業」では、鉄道事業者単体だと整備負担が大きい場合も、社会的に有意義な事業であると国が認定することで、総事業費の3分の1を国が補助するしくみになっている。認定の条件として、残りの事業費の半分を自治体が負担する。つまり、事業者、国、自治体がそれぞれ3分の1ずつ負担するという枠組みになった。
総事業費の約1,360億円を3等分すると約453億円。この数字が自治体負担分になるから、東京都が3割で約136億円、大田区は7割で約317億円となる。この金額について、それぞれ都議会と区議会で審議され、了承されると実現に向けて前進する。もちろんその前に、国から都市鉄道利便増進事業の認定が必要になる。
大田区の負担はこれだけではない。合意書に「大田区は整備主体の第三セクターに出資し」とあるように、大田区が鉄道事業者に出資する。共同出資事業者がなければ全額出資となる。もっとも、この路線については東急電鉄が関心を示しており、相応の出資を期待できそうだ。東急多摩川線が京急蒲田駅へ延伸すれば、東急線沿線から羽田空港方面の往来が便利になる。
大田区が2016年に調査した利用便益図によると、東急多摩川線と、同じく蒲田駅を発着する池上線沿線の便益が高い。次いで東急多摩川線に連絡する東横線と目黒線、その延長の渋谷駅・目黒駅と相互直通先の新宿・池袋方面、さらに西武線・東武線沿線と広範囲に及ぶ。目黒線の大岡山駅、東横線の自由が丘駅で乗り換えることにより、大井町線・田園都市線沿線にも便益がある。
2023年3月に相鉄・東急直通線が開業すると、便益範囲が相鉄線沿線にも広がり、さらに広範囲の利用者が東急多摩川線に集まってくる。それだけでも東急電鉄にとって利点が大きいし、羽田空港アクセスに便利な沿線として、不動産事業も好影響を受けるだろう。
しかし、京急電鉄にとっては悩ましい。「新空港線」に集まった乗客が京急蒲田駅から羽田空港まで空港線に乗るならうれしい。ただし、利用便益図の広範囲な地域に、京急本線の乗客である「品川駅から京急乗換え」「都営大江戸線から大門駅経由で都営浅草線、泉岳寺駅から京急へ直通」も含まれている。これらの乗客を奪われかねない。
京急電鉄の協力がなければ、大鳥居駅での対面乗換え、あるいは大鳥居駅からの直通運転を実現できない。大田区と東京都の合意書にある「空港アクセス利便性の向上に資する京急蒲田から大鳥居までの整備について」は難しい。京急電鉄に利点を提供できるか。今後の協議の焦点になる。
■京急空港線、東急多摩川線の直通はどうなるか
「蒲蒲線」として始まり、「新空港線」へ昇華したが、第1期線区間は大田区の当初の構想通り。そこに国や東京都の補助を得られるめどがついたわけで、大田区としては第1期線だけでも大成功といえる。とはいえ、広げた風呂敷はもう畳めない。第2期線に向けた協議も続けてほしい。第1段階として、大鳥居駅は西九州新幹線の武雄温泉駅のような同一ホーム乗換えでも十分だと思う。直通はそのあとでいい。
第2期線の京急空港線の直通問題は、軌間が異なること、京急側の利点が課題となっている。既存の技術を用いて直通するなら、青函トンネルのような三線軌条方式になる。軌間可変電車(フリーゲージトレイン)を採用する案もあり、近畿日本鉄道が研究開発すると表明したが、いまだ実現していない。フリーゲージトレインを想定した新幹線西九州ルートが頓挫したように、未完成技術を想定した構想は避けるべきだろう。
鉄道ファンの間では、「蒲蒲線」に直通する東急多摩川線の動向も関心事になっている。現在、3両編成の電車が最短3分間隔で運行している。かつて4両編成の電車も走っていて、ホームが短い鵜の木駅のみ、ドアカットで対応していた。もし都心方面へ直通列車を走らせるなら、3両編成はもちろん4両編成でも短すぎる。渋谷方面の東横線は8両編成または10両編成で運行され、目黒方面の目黒線も6両編成から8両編成へ増強を進めている。
これらの路線から東急多摩川線へ直通するには、東急多摩川線の各駅のホームを長くするか、いっそ東急多摩川線内の駅をすべて通過するか。通過する場合、踏切の通過タイミングを合わせるなど、信号・通信系の大改造が必要になる。長編成の列車を入れると折返しのポイント通過時間が長くなり、運行間隔も長くなる。混雑時間帯における現行の3分間隔は東急多摩川線の魅力でもある。
もうひとつ、気になる路線として「エイトライナー」が挙げられる。環状8号線(東京都道311号)の地下を通る鉄道構想で、北区赤羽から板橋区、練馬区、杉並区、世田谷区、大田区を通過する。「エイトライナー」の構想も古く、1986(昭和61)年に杉並区、世田谷区、大田区が検討会を開始した後、他の区も加わり、1993(平成5)年に構想が発表された。
当時は環状8号線のまま羽田空港に至るルートだったが、交通政策審議会答申198号によって田園調布から南の区間は外された。エイトライナー協議会は、東急多摩川線および「新空港線」を組み入れたルートと「接続」する方針としている。接続は乗換えを意図したかもしれないが、いっそ東急多摩川線と「エイトライナー」を直通する手もある。
「蒲蒲線」は大田区の悲願だった。しかし、空港直結の「エイトライナー」も大田区と協議会との約束である。
妄想は膨らむばかり。まずは第1期線の完成を待ちたい。