村田諒太がボディブローを炸裂させた時、さいたまスーパーアリーナが激しく揺れた。ゲンナジー・ゴロフキンが表情を歪める。さらに村田は前進しワンツーを顔面に叩き込んだ。「行け!村田」と大観衆が絶叫した。

  • 善戦もゴロフキンに屈した村田諒太の「作戦」「敗因」、そして「これから」─。

    9ラウンド、ゴロフキンの右強打を浴び、村田は力尽きる。凄絶なファイトを繰り広げた両雄に客席から惜しみない拍手が贈られた(写真:AP/アフロ)

これまでに一度もダウンを喫したことのないゴロフキンを村田が倒す、そんな雰囲気が漂った。しかし、奇跡は起きなかった。百戦錬磨の王者が中盤から盛り返し、とどめの一撃を放つ。結果は9ラウンド2分11秒TKOでゴロフキンの勝利。敗れた村田が、試合後に語ったこととは─。

■村田陣営の作戦

「まだ感情が湧いてきません。時間が経ち、負けたという事実を受け入れ始めてから湧いてくると思います。ゴロフキン選手のイメージは、実際に闘ってみると試合前に抱いていたものとは違いました」(村田諒太)

4月9日、さいたまスーパーアリーナでの「WBAスーパー、IBF世界ミドル級王座統一戦」村田諒太(帝拳)vs.ゲンナジー・ゴロフキン(カザフスタン)。
プロボクシング・ミドル級のスーパーファイトは、予想を超える激しい闘いとなった。

ゴロフキンはミドル級の絶対王者。延べ10年と7カ月間も世界王座に君臨し、通算20度の防衛を果たしてきた。戦績41勝(36KO)1敗1分け、KO率は80%を超える。勝てなかった2試合は、いずれもサウル・アルバレス(メキシコ/現・4団体統一スーパー・ミドル級王者)戦で内容的には僅差だった。
また、アマチュアでも345勝5敗の戦績を残している彼は、驚くことにプロアマ通しての長いキャリアでKO負けはおろか、ダウンを喫したことが一度もない。そんな「怪物王者」ゴロフキンを日本に迎え、村田が如何に闘うのかに注目は集まった。

「プロ入り後、過去最高の仕上がり」
陣営は、村田のコンディションの良さを強調した。
そして、勝つための作戦を準備できたことを明言。もちろん内容は明かされなかったが、それが何かは予測できた。この2つだろう、と。
一つは、開始早々からアグレッシブにいくこと。ゴロフキンにリズムを掴まれては勝つのはさらに難しくなる。リズムに乗られる前にプレッシャーをかけて攻め込み勝機を見出す。 もう一つは、ボディ攻撃だ。過去の試合でゴロフキンは腹部を打たれるのを、かなり嫌がっていた。この部分にウィークポイントがあると村田陣営は分析していた。

■違っていたゴロフキンのイメージ

見所は、1ラウンドの村田の入り方だった。
村田は、ゴロフキンの強打を恐れずに果敢に前に出た。定石通りのワンツー・ストレート、そして、ボディフックを見舞っていく。後退するゴロフキンは、ボディを打たれるたびに嫌がるしぐさを見せた。
2ラウンド、3ラウンドも村田が攻め続ける。
「行けるぞ!」「村田、倒せるぞ!」
歴史的快挙が目の前で起こる─。
そんな雰囲気が場内に醸され、1万5000人(主催者発表)の観衆がどよめいた。

だが、攻め込まれながらも百戦錬磨のゴロフキンは冷静だった。
そして、4ラウンドから徐々にリズムを掴み逆襲に転じる。3ラウンドまでの攻防で村田との距離を調整、そのうえで左右のコンビネーションパンチを的確にヒットさせていく。村田の動きが鈍り始めた。

振り返って村田は言う。
「ゴロフキン選手のイメージは『パンチが強い』『無理やりにでも倒してしまう』というものだったが、実際に闘ってみると違いました。パンチ力自体は、『これならどうにかなる』という感じでした。でも、巧かった。角度を変えてパンチを打ってきて、ガードの隙間からも入れてくる。自分とは、技術の幅に差がありました」

ゴロフキンは、一気に畳みかけはしなかった。幾度かに分け、集中して連打を見舞い村田にダメージを蓄積させていく。エネルギーを枯渇させながらも村田は必死に反撃。だが、迎えた9ラウンド、ゴロフキンの右フックがクリーンヒット。棒立ち状態になった村田が、直後にキャンバスにヒザをつく。
コーナーから白いタオルが投げ込まれ、レフェリーは試合をストップした。

■「引退」は明言せずも…

試合後の記者会見。村田の印象的な言葉を紹介しておこう。
「会場に向かう時に、(本田明彦・帝拳ジム)会長に『楽しんでこい』と言われて、そうだよなと思いました。憧れの選手と試合ができる、そんな舞台を作ってもらえたことを、しっかりと楽しもうと。
僕は、どこまで行ってもボクシングファン。海外の試合をずっと見てきて、憧れの選手と闘えることは嬉しかった。
何よりも『楽しんでこい』って言われたのが一番嬉しかったですね。プロに入ってからは、プレッシャーを感じることが多くて、楽しむ余裕なんてなかった。今日も、楽しくなかったですけど(笑)。でも、ちょっと楽しい瞬間があったかもしれない」

  • 試合から約40分後、インタビュースペースでメディアからの質問に答える村田(写真:SLAM JAM)

進退に関しての明言は避けた。
「時間が経って、気持ちが落ち着いてから考えたい」と。
おそらく、この試合を最後に村田は現役を引退すると私は思う。ロンドン五輪での金メダル獲得から10年が経ち現在36歳。試合後の彼の表情に「やり切った」感がうかがえた。

勝利しWBAスーパー、IBFの統一王者となったゴロフキンは、試合直後にリング上で愛用してきた民族衣装のガウンを村田にプレゼントしている。
「私の国(カザフスタン)には、尊敬できる相手に自分の衣装を贈る風習がある。ムラタとの闘いは私にとってギリギリのタフなものだった。私をさらに成長させてくれた彼に、敬意を表したい」
40歳になったゴロフキンは、そう言った。 GGG(トリプルジー/ゴロフキンの愛称)は、さらなる高みを求め闘い続ける。年末に、サウル・アルバレスとの3度目の対決、リベンジマッチに挑む可能性が高い。

  • 村田の後にインタビュースペースに姿を現したゴロフキン。「勇敢なファイター」と村田を讃えた(写真:SLAM JAM)

文/近藤隆夫