『塞王の楯』で第166回直木賞を受賞した今村翔吾さん。20代はダンススクールのインストラクターで作詞・作曲も手掛けていましたが、教え子との約束をきっかけに、本気で作家への道を歩み始めました。今村さんに直木賞受賞までの道のり、若者特有のもがきや人生の正念場、ここぞというチャンスへの心構えなどについて伺いました。
■受け身でも構わない。いつかチャンスの時がやってくる
……20歳の頃、友人に「いつかやる。本気になるから」とおっしゃってたとか?
そうそう、「いつか本気になる」「いつか小説家」「いつか直木賞」って言ってましたね。よくドラマなんかで「オレ、バンドでいつか売れる」って言って何もしてない、あの最悪のパターンです(笑)。
僕は体質的に酒が飲めないんですけど、当時は20歳になったばかりで、「飲みたいから飲む練習」という感じでベロベロに酔っぱらって、「いつか本気になる」ってくだを巻いていました。ドラマならまだバンドとか組んで下手でも何か始めるけど、僕は1回も小説を書いたことがなくて、本当にヤバイ奴でした。
で、ある日、当時つきあっていた彼女のアパートに行ったら「あなたは絶対、何者かになれると信じています」と書置きがあってね、情けなくてその場で号泣しました。でも、その置き手紙があったから何事にも真摯に取り組むようになって、今につながっています。
実は今回、その子から初めてメールが来たんですよ。「驚いたけど、驚かないです。いつかこうなると思ってました。これから次のステージですね。陰ながら応援してます。頑張ってください」と。彼女のやさしさ、ありがたさはこれからも忘れられませんね。
……同じようにモラトリアム状態の若者に何か声をかけてあげるとしたら?
「何かしよう、何かしよう」って焦る必要はないと思います。自分から何か仕掛けるとか、頑張ることももちろん必要なんですが、そればっかり考えてると息が詰まりそうになるでしょう。
もっと受け身でも構わないし、そのうち誰にでも絶対に転機になる瞬間はやって来ます。早いか、遅いかの違いはあるでしょうが、その転機、チャンスだけは逃さないようにしてほしい。
ただ、そのチャンスが往々にして、チャンスっぽい顔をしてなかったりする。それを逃さずしっかりキャッチする練習だけは頑張っておいた方がいいと思います。
僕は26~27歳の頃に、ヒップホップ系の作曲もやっていて、ある時、大きい事務所から名指しで作曲の依頼が来たんです。なのに、とことん納得いくまで自分を追い込むようなことはしなかった。あのときの自分に「もっとやれよ」って言っても、「やってるわ」って言うと思いますが、今の自分の1/10も頑張ってないんですよ。
あの時の後悔がすごかったから、30歳で初めて賞を獲ってデビューした時、「自分が世に出て行くためのチャンスが来た、絶対に逃さんぞ」と心に決めました。だから過去の失敗の経験も無駄ではなかったというか、もし当時も必死でやっていたら、作家今村翔吾は生まれてなかったかもしれません。
■大人の言うことは聞かなくていい。宝物は自分で見つけよう
……チャンスを窺う以前に「やりたいことが見つからない」という人はどうでしょう?
「やりたいことなんか見つかるはずない」って思っておけばいい。僕の場合は「誰かに認められたい」という気持ちが20代にあって、それが一番自分の好きな小説家になりたいという原動力になって、大人になっても言い続けていただけです。
右肩上がりの昭和時代は何も考えなくても目先のことをやってるうちに時間が過ぎていたしね。今は自由と選択肢がいっぱいあるから「何をしたいかわからへん」ということになるのかな。
僕はコロナが落ち着いたらヨーロッパを1年くらいかけてまわりたいと思ってます。「なぜヨーロッパなの?」って聞かれても「なんかすごくないですか」っていう答えしかないんですが、それくらい気楽に生きていいと思う。
時間は無限じゃないから思い立ったが吉日だし、できれば人がやったことないことをやってみたい。人が通ったことがない道には、他の大人の経験に左右されない何か貴重な宝物が落ちている気がします。
大人たちって知ったかぶりで「いや、俺の経験上…」って言いがちだけど、実際の経験がない大人の言うことは聞く必要はないと思う。宝物は自分で見つければいい。
20代の後半、ダンススクールの教え子の「翔吾君も夢を諦めてるくせに」の一言に発奮し、30歳でダンススクールのインストラクターを辞めました。「小説家を目指す」と言ったとき、大人からはバカにされまくってたけど、意を決して誰も行かない道を行ったから、「ほら、宝物あったやん」って言えるんです。
だから、さっきのモラトリアムの話とは逆になってしまうけど、「何でもいいから早よ、決めてまえ」って僕は思います。だって、1年間迷ってたら、同級生は1年間先に進んでいる。焦る必要はないけど、時間は無限ではない。多分、若者はわからないかもしれないけどね。
僕も10代の頃に比べたら、自分の死とか残り時間について意識し始めましたね。というのも、生きているうちに作品をあと何冊書けるかというのが、数字的に見えるんです。1年に4~5冊のペースであと50年生きたとしても、200冊しか書けない。形にしたいアイデアは山ほどあるんですけどね。
■成功の秘訣は、努力+才能+運です
……小説を書き始めたその年から、すぐに数々の賞を受賞されていますが、その秘訣は?
才能です(笑)。それは冗談ですが、全部努力って言ってしまうのも違うと思うし、あえて言えば努力+才能+運かな。「努力」は自分でできるものだし、「運」というのは人との縁を誠実に繋いでやっていけば、いつか転がり込んでくるものだと僕は思っています。それを勝手に人は「運」と呼んでるだけだと。
「人との繋がりを大切にする」って年寄りみたいな物言いですが、それがあってこそ才能も生きる。逆にちょっと才能がなくても、人との繋がりがそれを埋めるケースもあります。
だから、才能が誰かの半分の人間も、努力と運で、より才能がある人間を上回っていくパターンもある。あなたがもしも「自分に才能がない」と思っているなら、努力と運で必死にカバーすることで、自分が勝手に天才だと思っている人を上回っていく可能性もある。
逆に、自分には才能があると思っていて、それ以外のことをおろそかにするような奴がライバルだとしたら、僕は「チョロいな」と思う。僕より才能がある人間は、多分、世の中にいっぱいいる。だから僕はライバルが「ちょっと休んでいるな」と思ったら、そこを突いて必ずその上を行こうと思う。野心たっぷり、肉食系の塊です(笑)。
■僕は時代小説の入り口の門に立っている
……これから書いてみたい時代などはありますか?
時代や武将は描きたいテーマから逆算していくので、どの時代でも書きますよ。鎌倉時代も戦国時代も書きますし、幕末も「やれ」と言われればやります。さすがに古墳や弥生時代はきついかな。
多分、今だったら僕が「これをやりたい」と言ったら、どこかの出版社はやらせてくれると思うんです。でも、新人の頃はなかなかそうもいかなかった。
「好きなことで生きていく」って、若者の中で流行っている言葉だと思いますが、好きなことをやっていくにはそれなりの実力が求められると思います。だから、どこかでは歯を食いしばってやらないといけない局面が来るかもしれない。でも、きっとその先にあなたの本当にやりたいことが待っていると思います。
結論としては「書きたいものを書く」。テーマは、現代の人が何を欲しているか、何に疲れているかみたいなことから設定するので常に変化します。でも、書きたいことを書いてご飯を食べられるなんて、小説家ってめちゃくちゃ幸せな仕事ですね(笑)。
……最後に時代小説を食わず嫌いの人に、一言お願いします。
僕に騙されたと思って読んでみてください(笑)。若い人たちの中には「時代小説なんて面白くない」「どうせ僕なんか、私なんか、読めへんわ」って思ってる人もきっといるでしょう。
そういう時代小説から一番遠い人たちにとって一番入りやすいタイプの作家が僕だと思います。だから、僕の小説を読んで無理だったら時代小説はいったん諦めていい(笑)。
自分は時代小説の入り口の門に立ってると思っていて、僕と会話できて時代小説の世界に入りこめる人なら、その先に血沸き肉躍る一大エンターテインメントの世界が広がっています。なんなら僕から卒業していってくれても構わないし、むしろ卒業してくれるのが本望だとさえ思っています。