秋田県立大学とNTT東日本 秋田支店が、国産ラズベリーのスマートフードチェーン構築を目指して共同研究を行っている。eセンシングや、電子受発注・集出荷システムといったICT/IoT技術の導入は、農業にどのような変化を与えるのだろうか。

  • (左から)秋田県立大学 今西弘幸氏、NTT東日本 秋田支店 伊藤凌人氏、中澤充夫氏

スマート農業で持続化を目指す秋田県

米作りを中心に、農業が盛んなことで知られる秋田県。実は米作への依存度が高く、一経営体あたりの所得や生産性は全国比で非常に低いという。加えて、近年は高齢化率と人口減少率が極めて高く、農業従事者の労働力不足が深刻化している。

このような状況を踏まえ、秋田県はロボット・AI・ICT/IoTを活用したスマート農業の促進に力を注いでいる。そして2021年4月、秋田県立大学は農業の省力化、データ駆動型の農業経営、市場ニーズに応える農作物の提供を目指し、「アグリイノベーション教育研究センター」を設置した。

  • 秋田県立大学 大潟キャンパスのアグリイノベーション教育研究センター

同センターのコンセプトは、農学と工学という分野を超えた連携研究の「場」、体系的なスマート農業教育と人材育成の「場」、先端技術の開発・実証・展示の「場」という、3つの場の提供となる。そしてこの実現を加速するために「秋田版スマート農業モデル創出事業」を実施し、7つの研究テーマを推進しているそうだ。

このテーマの一つである「秋田版農業情報基盤の構築」について研究を続けているのが、秋田県立大学の今西弘幸氏。小果樹園芸学/多様性園芸学を専門とする同氏は、キイチゴの一つであるラズベリーに着目し、その研究と産業発展に尽力している。

  • 秋田県立大学 アグリイノベーション教育研究センター 准教授 今西弘幸氏 ※取材は入念な新型コロナウイルス対策を行った上で実施しています

ラズベリー出荷量全国1位の秋田県

日本では主にジャムや洋菓子、冷菓などに用いられるラズベリー。冷涼な気候を好むため、実は現在、秋田県はラズベリーの出荷量において全国1位だという。五城目町のラズベリーは「あきたの逸品」に認定され、また能代市では「ラズベリーの発泡酒」造りに取り組む人もいるそうだ。

  • 秋田県産のラズベリーと県内で作られている加工品

とはいえ、ラズベリーをはじめとしたキイチゴの生産自体が国内では微々たるもので、その99%以上を輸入に頼っているのが現状。生産量は消費量の1%に満たない。日本に自生している品種もあるが、これまで農業に利用されることはほぼ無かった。

一方、ラズベリーのニーズは1990年代から年々高まり、特にクリスマス前には高い需要があるという。だが、収穫時期は基本的に7月と8月中旬~10月の2回であり、鮮度が落ちるのも早い。よって12月に出荷されるのは主に冷凍されたもので、味が落ちる。またラズベリーは非常に繊細な果実で、空輸による大量輸入では潰れる割合も多いという。

こういった理由から、生鮮ラズベリーは冷凍ラズベリーよりも取り引き価格が高い。今西氏が狙うのは、国産という利点を生かして、生の「新鮮な状態」で潰れることなく冬期に出荷することだ。

「最終的には、ラズベリーの産地として秋田をブランド化し、農業従事者の新たな収入源としたいと考えています。2008年から『あきたキイチゴ利活用研究会』として活動を続けていますが、このような中、秋田版スマート農業モデル層創出事業が始まりました。そこでNTT東日本さんに紹介いただいたのが、『eセンシング』です」(今西氏)。

  • 秋田県で目指される「キイチゴブランド化戦略」の概略

秋田県立大学とNTT東日本 秋田支店の共同研究が始まったのは2021年5月のこと。その打ち合わせの中でラズベリーに対する課題が話題となり、6~7月にかけてNTT東日本がスマート農業向けの技術を紹介。8~9月には取り組みが形になり、10月ごろから本格的にスタートしたという、まさに始まったばかりのプロジェクトだ。

ICT/IoTでラズベリーのスマートフードチェーンを

eセンシングは、農作物を栽培する圃場(ほじょう)の気温、地温、日射量、湿度、水分含量などをデータ化するIoT技術だ。これを利用してデータを蓄積し、ラズベリーの出荷期が12月になるよう調整していくことが今後の目標になる。

「設備投資をしっかりすれば調整できます。しかし現状では十分な利益を得られないため、そこまで投資できる農業従事者はいないでしょう。最初は、なるべくリソースを投入せずに収穫期をずらしていきたいと思います。まずは一般的なビニールハウスで、11月の収穫を目指しています」(今西氏)。

  • eセンシングに用いられる通信モジュールと照度センサー

  • こちらは温湿度センサー

だが、11月に収穫する場合は、やはり保存の問題が残る。そこで、氷点下で電圧をかけて凍らせることなく果実を保存する「電圧冷蔵」技術を活用し、12月に生のまま出荷することを計画しているそうだ。同時に、加工用途向けとして、常温乾燥からの高品質な果実粉末の生産にも取り組んでいるという。

もう一つの課題として、生産者と実需者とのつながりがある。ラズベリーのように生産量が少ない農作物は、生産者が売ろうと思っても実需者にたどり着けない、実需者が買おうと思っても生産者にたどり着けない、という状況が起こりがちだ。この課題に対して、今西氏や学内の農業経済系の教員が中心となって、NTT東日本 秋田支店とともに「電子受発注・集出荷システム」の構築が計画されていると話す。

「生産者がラズベリーを県外に出荷しようと思っても、どこに出せば良いか分からない、問い合わせが来ても在庫がないといった状況があります。逆に実需者が買いたいと思っても、どこで買えるか分からないし、生産者を見つけても売り先が決まっていたりします。情報を電子化して集約し、取り引きを一元化すれば、ミスマッチや問い合わせの回数を減らし、必要な人の手元に届けやすくなると考えています」(今西氏)。

  • ラズベリーの課題解決に向けた技術開発と統合、電子受発注・集出荷システムの概要

「eセンシングや電圧冷蔵を用いた今回の取り組みを、ラズベリーの品質向上や生産量増加につなげたいと思います。そして電子受発注・集出荷システムによって、秋田県産のラズベリーに対してアクセスもしやすくなるでしょう。これらを結びつけ、生鮮果実のスマートフードチェーンの構築することが我々の目指すところです」(今西氏)。

国産ラズベリー研究の情報を全国に

また「秋田版農業情報基盤の構築」とは別に、秋田県立大学では「遠隔作業指導支援」への取り組みも進めているという。これは生産者に技術情報を伝達することを目指すもの。頻繁な移動の難しい農業従事者や今西氏のような研究者とのやりとりを、より簡単に行えるようにする狙いだ。

1月22日には、Zoomも活用し「あきたキイチゴ利活用研究会」研修会・総会が開催。参加者は基本的に研究会会員のみだが、栽培や流通、国産品と輸入品の現状などさまざまな議題が発表され、画面からもラズベリーの栽培に対する熱意が感じられた。このような技術情報の共有により、新たな展開も期待できそうだ。

  • 大潟村とZoomで開催された「あきたキイチゴ利活用研究会」の模様

最後に今西氏は、国産ラズベリーにかける思い、そして消費者に対してメッセージを送る。

「国内のラズベリー生産量は本当にわずかで、現状、輸入量に対して1%に満たないくらいです。まずは生産量を増やし、国産ラズベリーをメジャーな存在にしたいと思いますので、見かけたらぜひ一度手に取っていただきたいと思います」(今西氏)。