「キャリア」について考えるとき、多くの人は、「キャリアアップ」という言葉があるように「上へ、上へ」上がっていくイメージを持つと思います。ところが、PwC、マーサー、アクセンチュアなどの外資系大手コンサルティング会社を経て独立し、人事・戦略コンサルタントとして数多くのビジネスパーソンのキャリア形成を支援してきた松本利明さんは、「キャリアはアップではなく『面積』で考えるべき」と語ります。
「キャリアを面積で考える」とは、いったいどういうことなのでしょうか。また、そうすることでどんなメリットが生まれるのでしょうか。具体例を交えつつ解説してもらいます。
■キャリアアップの道は、上に上がるほどきつくなる
キャリアというものを「アップ」で考えると、そのキャリアは一本道になります。新人として入社して社内でだんだん出世していく、あるいは転職したとしても同じ業界のなかで「上」に上がっていくかたちです。ところが、この道は上に上がれば上がるほどどんどん厳しくなってきます。
ピラミッド型の二等辺三角形を思い浮かべてください。社会に出て間もない20代の人は、まだその底辺にひしめいているような状況です。ライバルもたくさんいますが、底辺の幅は広いためまだ余裕がある状態といえます。
しかし、上に進むにつれてライバルは減る代わりに自分がいられるスペースはどんどん狭くなる。それまでは社内の同期のなかでトップであればよかったのですが、先輩たちも含めたなかで上に行けないと、管理職にはなれないといった状況に陥ります。それ以上の上を目指すとなると、それこそ業界を代表するようなエース級の人と争うことになるでしょう。
そうなると、精神的にどんどんきつい状況に置かれることは間違いありません。しかも、その次のキャリアがあるかというと、そう簡単なものでもない。ずっと同じ業界にい続けたために、次の転身というのも難しくなるからです。
加えて、今後はAIやテクノロジーの発達によって、いまある仕事がどんどんなくなるという時代に移行していきます。かつては、スーパーのレジ係がそのスキルを競う全国大会もあったようですが、いまはセルフレジを採用するスーパーも増えています。それどころか、完全無人のコンビニなども出てきたほどです。レジ係というひとつの仕事を突き詰めてきた人の場合、そのキャリアは完全に途切れてしまうでしょう。
■自分の持ち味が必要とされるが、足りていない別業界に移る
そこで、キャリアを「アップ」でなく、「面積」で考えましょう。自分の持ち味を活かし、「横」に移ることを意識するのです。つまり、別業界に移り、それと同時に収入やポジションを上げて縦方向にも上がっていくイメージです。
もちろん、ただ別業界に移ればいいというわけではありません。自分がいまいる業界でしっかりと一人前以上と呼ばれるようになっていなければ、別業界に移ってもまたゼロからキャリアを積む必要があるからです。それでは、ずっといちばん下っ端のままということになりかねません。
もともといた業界で一人前以上になったら、別業界に移ることを考えてください。そのとき、自分自身が備えている持ち味やスキルが本来なら必要とされているにもかかわらず、まだまだ不足しているような業界が狙い目です。そうすることで、その業界でオンリーワンと呼ばれる存在になることも可能でしょう。
わたしが出会った人の例を挙げましょう。彼は、30歳まである劇団に所属していた俳優でした。でも、俳優として花開くことはなく、アルバイトで生計を立てていた当時の年収は100万円に届くかどうか。彼は、結婚を機に俳優を辞めて飛び込み営業のセールスマンになりました。
すると、元俳優という彼の持ち味が威力を発揮します。元俳優のセールスマンなんて、そうはいません。まさにそれこそオンリーワンの存在です。営業先で、「じつは、以前は劇団〇〇に所属していて、△△というドラマにもちょい役で出ていたんですよ」なんていうと、興味を示す客もいます。飛び込み営業のセールスマンにとって重要な、客と最初の会話をする接点をうまくつくることができたのです。
しかも彼には、営業職にとって武器になる、俳優として培った演技力もあります。そうしてどんどん営業成績を伸ばし、年収は瞬く間に600万円にまで上がりました。いまでは、劇団で培った演技力と自身のセールス経験を合わせたオリジナルの研修プログラムをつくり、大企業の営業マン向けの研修講師として、年収は2000万円を越えています。
■見方を変え、コンプレックスを持ち味に変える
ただ、元俳優といった他の人にはあまりない人生を歩んできたような人ならともかく、大学を出て新卒としてキャリアをスタートするような一般的な人たちの場合、自分の持ち味というものをなかなか自覚できないかもしれません。
そこで、自分の持ち味を知るための方法をひとつ紹介しましょう。それは、「コンプレックスに光をあてる」というものです。人間は、誰もが得意なことより不得意なことに目が向くものです。とくに日本人の場合は、得意科目を伸ばすより苦手科目を克服させようとする教育のスタイルのせいか、その傾向が強いようです。
でも、苦手なことを克服しようといくら努力しても、そのことがもともと得意な人との差はなかなか埋められません。せいぜい人並みになれるかどうかというところでしょう。
コミュニケーション能力の低さにコンプレックスを持っている人が、コミュニケーション能力を高めてコーチングのスキルを身につけようとしたとします。一生懸命に努力をしてその人がコーチになれたとしても、それは人並みのコーチといったところが関の山です。
そうであるなら、見る角度を変えてみてはどうでしょうか? コンプレックスを持ち味にしてしまうのです。「長所と短所は表裏一体」ともいわれますが、自分ではコンプレックスに感じていることも、見方次第で自分の持ち味にもなり得ます。
たとえば、「臆病」なことをコンプレックスに感じているという人なら、臆病ゆえに「慎重で仕事が正確」だということもあり得ます。それは、「仕事は速いがとにかく雑でミスが多い」という人と比べたら、大いに強い持ち味だといえます。他にも、「神経質」なら「几帳面」、「ルーズ」なら「おおらか」など、コンプレックスを反転して持ち味に変えることはそう難しいことではないはずです。
コンプレックスというものは、闇のなかに置いたままにしておくのか、それとも光をあてていい意味でとらえるのかで、まったく別物になるのです。大切なのは、無理をしてコンプレックスを克服しようとするのではなく、コンプレックスを持ち味に変えようと考えるということ。
もちろん、長く自分のコンプレックスだったものは、一朝一夕には持ち味だと認識できないかもしれません。しかし、「コンプレックス=持ち味」というマインドを持つことができれば、あなたのキャリア形成の幅が広がることは間違いないでしょう。
構成/岩川悟(合同会社スリップストリーム) 取材・文/清家茂樹 写真/石塚雅人