移動のために使っていた時間が大幅に減るなどメリットが生まれたリモートワークですが、最近では「リモート疲れ」という言葉も聞かれるようになりました。

  • リモート疲れを癒やそう。「良質な睡眠」をとるための4つのポイント /精神科医・西多昌規

睡眠を専門のひとつとする精神科医の西多昌規先生は、「リモート時代のいまこそ睡眠の重要性が高まっている」といいます。そう語る理由を、良質な睡眠をとる方法と併せて教えてくれました。

■リモートワークのメリットとデメリット

新型コロナウイルスの感染状況は、いわゆる第5波を乗り越えかなり落ち着いてきました。しかし、ここまでのあいだに広まったリモートワークは、今後も一定程度残っていくでしょう。業種によっては、リモートワークでも十分に仕事を進めることが可能であると多くの企業が認識したからです。

もちろん、医療や教育、福祉といった対人関係が重要な意味を持つ業種では難しいかもしれませんが、それこそITのようなリモートワークとの親和性が高い業種などにおいては、リモートワークが基本となるのではないでしょうか。

リモートワークには、通勤時間を省略できるという大きなメリットがあります。他にも、いわゆる付き合いの飲み会のようなものもなくなり、個人で使える時間が大きく増えるということがメリットです。

一方、デメリットもあります。移動が減り、それだけ運動不足になるということがひとつ。それから、人と実際に会って話すことで「なんだか元気が出てきた!」と精神的な力をもらえる機会がなくなることもデメリットでしょう。

また、学生の場合なら、オンライン授業になることで友人とのつながりをつくることが難しくなります。あるいは、リアルの授業のあとで教員に質問をすることができなくなり、そこから派生していく新たな研究や就職への道が少なくなるということもあるでしょう。

ビジネスパーソンの場合も、周囲の人とのつながりから新たな仕事のヒントを得たりすることや、人脈をつくる機会が減ったりすると思います。

■生活リズムの乱れが招く睡眠の質の低下

また、それらとは別にいわゆる「リモート疲れ」も大きなデメリットです。その最大の原因は、生活リズムの乱れによる睡眠の質の低下でしょう。通勤する必要がなくこれまでより朝はゆっくり寝ていられるため、どんどん夜型化が進みます。すると、仮にトータルの睡眠時間そのものは変わらなくとも、寝入りが悪くなるなどして睡眠の質が下がるのです。

また、在宅時間が増えるなかで飲酒量が増えたという人もいるようです。アルコールは睡眠の質を大きく下げてしまいます。それから、すとんと気持ちよく眠りに入るには日中の適度な運動が欠かせませんが、身体を動かすことが極端に減るリモートワークではそれも難しくなります。

加えて、リモートワークに欠かせないパソコンなどデジタルデバイスに触れる時間が増えたことも睡眠の質を下げています。本来、人間が強い光を浴びるのは朝です。朝に強い光を浴びることで、夜に睡眠を促すメラトニンというホルモンが分泌されます。ところが、夜になってもパソコンなどから強い光を浴びているとメラトニンの分泌が抑制されてしまい、なかなか眠れないということになってしまうのです。

■「良質な睡眠」ってどんな睡眠?

では、そもそも「良質な睡眠」とはどういう睡眠なのでしょうか。必要な睡眠には個人差や年代差があるために一概に定義できるものではありませんが、「翌日の日中に感じる眠気」がひとつの目安になります。

もちろん、しっかりといい睡眠をとっていても、昼食後には誰もが眠くなります。これは人間の自然な生理現象ですから心配無用です。でも、それ以外の時間の絶対に居眠りをしてはいけないようなときにも強い眠気を感じるというなら、いい睡眠をとれているとはいえません。

あるいは、週末などオフの日と平日における起床時刻の時間差も、良質な睡眠をとれているかどうかの判断基準になります。平日に疲れてしまって週末に寝だめしている人も多いと思いますが、オフの日に平日より3時間以上遅くまで寝ているという人は要注意。平日の睡眠が不足しているといえます。

また、このことが生活リズムをさらに崩すことにつながります。平日は毎朝7時に起きている人が、週末は11時まで寝ているとします。それはつまり、週末だけ夜型に4時間もずれ込んでいるということです。もちろん、月曜日にはまた朝7時に起きなければなりませんから、日曜日の夜になかなか眠れず睡眠不足のまま月曜日を迎えることになる。これでは疲れてしまって当然です。

■光を浴びて運動もできる、一石二鳥の朝の散歩

では、わたしから良質な睡眠をとる方法をいくつか紹介しましょう。

【良質な睡眠をとる方法】

1.朝に強い光を浴びる
2.適度な運動をする
3.タイミングよく食事をす
4.適度に人と交わる

ひとつ目の「朝に強い光を浴びる」は、すでにお伝えしたメラトニンの分泌を促すためです。逆にいうと、「夜には強い光を避ける」ということでもあります。いまの時代、夜○時になったらスマホの電源を切るということは現実的ではないかもしれませんが、部屋の明かりを変えることはできます。

日本の家の場合、どの部屋も蛍光灯を使っているということも多いのですが、これは睡眠のためにはよくありません。蛍光灯の明かりは頭を冴えさせるために勉強や仕事には向いていますが、睡眠を促すものではないのです。ですから、寝る前に過ごすリビングなどの明かりは電球色など温かみのある色にしつつ、なるべく暗めに設定しましょう。

ふたつ目の「適度な運動をする」も、先にお伝えしたようにすとんと気持ちよく寝るために欠かせないことです。そういう意味では、朝の散歩などがいいでしょう。もちろん雨の日は難しくなりますが、散歩しながら朝日を浴びれば、「朝に強い光を浴びる」「適度な運動をする」のふたつを同時にクリアでき、一石二鳥です。

■人とのコミュニケーションでストレスを発散する

良質な睡眠をとる方法の3つ目は「タイミングよく食事をする」です。リモートワークによる生活リズムの乱れによって、食事のタイミングも乱れているという人が増えています。夜型化が進んで遅くまで仕事をし、寝る直前に食事をしている人はいませんか?

寝る直前に食事をすると、身体は消化吸収にエネルギーを注ぐことになり、十分に脳や身体を休めることができなくなります。つまり、睡眠の役割をしっかり果たせず、睡眠の質が大きく低下してしまうというわけです。できれば、寝る2時間前には食事を終えてください。もちろん、過度のアルコール摂取や、夜にカフェインを摂取することも避けましょう。

最後は「適度に人と交わる」です。2020年にはとくに女性の自殺が大きく増えたという報道がありましたが、これにはコミュニケーション不足も大きく関係していると推測できます。以前なら、カフェやファミレスで女性の友人同士がざっくばらんに話をしている光景をよく見ましたが、コロナ禍以降はそういうことも少なくなったはずです。

一方、ストレスは以前より確実に増えました。業種によっては会社の経営状況が大きく悪化し、不安で眠れないという人もいるでしょう。そうでなくとも、在宅時間が増えて家事の負担が増えたこと、様々な行動制限が課されたことなど、コロナ禍における生活スタイルの変化によりストレスの要因が急増しました。

にもかかわらず、友人とのコミュニケーションを通じてストレスを発散する場はなくなってしまった。先にも触れましたが、人と実際に会って話すことで「なんだか元気が出てきた!」と精神的な力をもらえることもあるのが人間です。その機会を失い、ため込んだストレスが不眠を招いていることは容易に想像できます。その最悪のケースとして、自殺にもつながったのではないでしょうか。

いまは新型コロナウイルスの感染状況が落ち着いているとはいえ、やはり以前と同じように人と会うことは難しいと思います。でも、良質な睡眠をとるためには、しっかりと感染対策をしたうえで、なるべく人とコミュニケーションをとり、不安やイライラなど不眠につながるネガティブな感情を適度に吐き出すことを考えていきましょう。

構成/岩川悟(合同会社スリップストリーム) 取材・文/清家茂樹 写真/石塚雅人