アメリカのスポーツカーとして長い歴史を積み重ねてきたシボレー「コルベット」が、フルモデルチェンジで大幅なイメージチェンジを図った。伝統のFR方式を捨て、ミッドシップレイアウトに生まれ変わったのだ。現行モデルにコルベットらしさは残っているのか。試乗して確かめた。
コルベットは伝統を捨てたのか
シボレー「コルベット」はゼネラルモーターズ(GM)の2人乗りスポーツカーだ。初代の発売は1954年で、2020年にフルモデルチェンジした新型が8代目となる。
初代から7代目までは、米国のスポーツカーを象徴する「FR」(フロントエンジン・リアドライブ)のレイアウトだったが、新型は初の「ミッドシップ」(客室とエンジンが前後タイヤの間に配置されている)となった。したがって外観も、それまでのロングノーズ・ショートデッキ(客室前方が長く、客室後ろのトランク部分が短い造形)ではなく、フロントが短く、運転席がより前に寄った姿に変わっている。
スポーツカーではなくクーペだが、米国で根強い人気のシボレー「カマロ」やフォード「マスタング」などはFR方式を継承し続けており、スポーティーで“アメ車”らしい姿を依然として保っている。一方でコルベットは、今回のフルモデルチェンジで大きくイメージを変えた。
長きにわたり米国車を愛し続け、4代目コルベットを所有したこともある私にとって、コルベットのミッドシップ化は驚きのニュースだった。伝統を捨てたようにも感じられ、ある種の失望を覚えさえした。
だが、いざハンドルを握り、アクセルペダルを踏み込んだ瞬間、思わず笑顔になっている自分に気づいた。間違いなく、これはコルベットだと思えたのだ。
大排気量エンジンの楽しさは健在!
試乗したのは、日本で買える新型コルベット3車種のうち、最上級の位置づけとなるコンバーチブルだ。スイッチの操作で屋根を開け閉めできるオープンカーで、開けた際は車両後方の覆いが開き、その中に屋根を収納する。メルセデス・ベンツなどが採用するコンバーチブルの開閉と同じ手法だ。
グレードは3つあるが装備に大きな差はない。最も廉価な2ドアクーペの「2LT」では車体前端のハイトアジャスター、アルミホイール、スウェードの内装、バケットシートが選べないといった具合で、わずかな違いだ。V型8気筒エンジンやツインクラッチ式8速オートマチック変速機など、機構部分はいずれも共通である。したがって、走行性能に関してはグレードによる違いがないといえる。逆に、試乗したコンバーチブルは、屋根の開閉機構を持つことなどにより、車両重量がほか2車種に比べて30kg重くなる。
ミッドシップになってもコルベットはコルベットだと感じたのはなぜか。理由としては、500馬力を超えるエンジン特性とその排気音が大きいのではないかと思う。
6.2リッターという大排気量の自然吸気ガソリンエンジンを搭載し、630Nmを超える大トルクを発生するコルベットは、軽くアクセルペダルを踏み込むだけで自然かつ滑らかに動き出す。ディーゼルターボエンジン搭載車やモーターを積む電気自動車(EV)のような、有り余るトルクによるゆとりある動き出しは、そもそも米国車の大きな特徴だ。コルベットもまた、そうした米国車の特性を備えたスポーツカーとして誕生し、歴史を重ねてきた。
大排気量エンジンの力をいかした走りは、米国産スポーツカーのひとつの流儀だ。それゆえ、「マッスルカー」などと形容されてきたのである。その感触は、ミッドシップとなった新型コルベットにも残っていた。
もちろん、最高出力が出る毎分6,000回転以上までエンジンを回した際には伸びやかな加速をもたらしたが、高速道路を含む日本の一般公道で運転するなら、そこまでエンジンを回し切らなくても壮快な加速を味わえる。これがコルベットの魅力だ。
大排気量のV8エンジンに特有の、腹に響くような低音の排気音も健在だ。深くアクセルペダルを踏み込んだときの唸りをあげるような豪快な音色は、米国車ならでは。広大な大地に限られた人数しか住んでいない米国で暮らしていくには、たくましさが求められることもある。そうした風土が、スポーツカーの特徴にも表れている。
アクセル全開にしたときのコルベットの猛然たる加速には、例えばフェラーリのように、芸術的で繊細な排気音と高回転での伸びやかさで快感をもたらす欧州スポーツカーとは違った魅力がある。
2m近い車幅でも自在に操れる理由
欧州のスポーツカーは、米国車より小さな排気量のガソリンエンジンを高回転で回すことで馬力を稼ぎ、その回転数を維持するような変速の技で、ドライバーに運転の醍醐味を味わわせる。こうした土壌から、乗用車の一般的なエンジンを流用したライトウェイトスポーツカーも誕生した。その志向は今、マツダの「ロードスター」が受け継いでいる。
初代コルベットの開発段階では、軽量な車体に直列6気筒エンジンを搭載し、米国流のライトウェイトスポーツカーとする構想もあったようだ。しかし、V8エンジンが登場すると、コルベットも高性能スポーツカーとしての道を歩みはじめた。それでも軽量化に対する意思は変わることなく、鋼鉄のフレームに合成樹脂の外板をまとわせ、軽さのみならず多彩な造形に挑戦してきた歴史もある。
初代はオープンカーだったが、2代目は抑揚のある外観とリトラクタブルヘッドライト(開閉式のライト)を採用。「スティングレー」(アカエイ)を名乗り始めたのがこの2代目だった。3代目も車名を「コルベットスティングレー」としたが、外観は抑揚を残しながらも、より洗練された姿となった。4代目からは比較的簡素な造形となり、スティングレーの呼び名も外れた。4~6代目は大きなリアウィンドウにハッチバック機能を備えたガラスの造形が特徴となっている。7代目はまだFRだったが、新型8代目のミッドシップに通じるような外観へと変貌を遂げていた。
歴代コルベットの車体は全長が4.5m前後で、日本でいう5ナンバー枠に収まっていた。車幅は1.8m前後で推移していたが、新型は1.94mと2m近い寸法になった。これほどの車幅になると、目線が高いSUVでも車両感覚をつかみにくくなる車種があるものだが、新型コルベットは運転中に車幅をほとんど意識させず、乗り始めてすぐに自在に操れるようになった。
この自在感は、運転者が車体のほぼ中心に着座するミッドシップならではの感覚かもしれない。単なる寸法的な話ではなく、FRからミッドシップへとレイアウトを大きく変更するにあたり、開発者たちは慎重な検討を重ね、ドライバーが運転しやすいと感じられるような配慮をしたのではないだろうか。
試乗当日はあいにくの雨模様で、せっかくのコンバーチブルもオープンエアでの運転を楽しむことはかなわなかった。それでも、米国車本来の姿であるFRとして歴史を積み上げてきたコルベットが、ミッドシップとなってもなお伝統的な味わいを損なうことなく、さらに運転者を楽しませるスポーツカーへと進化したことに対する喜びは大きかった。ミッドシップ化しても敏感過ぎる操縦性となることはなく、濡れた路面でもしっかりとした安定性を示した。雨雲の切れ間に、太陽の輝きを垣間見たような嬉しさを味わった。