コロナ禍で学生生活も就職活動も大きく様変わりする中で、学生も企業も新たなマッチングの方法を模索している。サークル活動や海外ボランティアなどで成長した過程をアピールすることも叶わない学生は何をアピールすればいいのか、

就活のリアルな事情に詳しい雇用ジャーナリストの海老原嗣生さんに聞いた。

■日本一周した、起業した、留学した、が自己PRではない

……コロナ禍で「自分をアピールできるエピソードがない」と悩んでいる学生が多いそうです。

サークル活動とか海外を渡り歩いたとか、その手の話のことですか?正直言って企業側もそんな話を聞かされるとイラッとするんじゃないですか。本当にその人の素が表せるようなエピソードならいいけど、例えば「日本中回って1000人と握手しました」とか、そんなわけのわからないエピソードなど意味がありません。サークル活動もサークル活動で、広報委員やってました。副部長やってましたとかって言うけど、だから何? ですよね。

自分のことを表すネタはいたるところにあるはずです。例えば私が教えている大学の生徒の例ですが、本人は「自分には個性がない、自信がない」と悩んでいました。話を聞けば、昔から親や先生、年上の人の言うことを信じて疑わず、優等生的に生徒会や部活の部長も経験してきている。

生活スタイルではYouTuberなど他人の影響を受けやすく、フォロワー数、いいねの数に一喜一憂する。本人としては、自分に自信がないから数字みたいな薄っぺらい価値で補おうとしてるダメな人間だ、と自己分析していたのですが、そこは捉え方次第で強みにも変えられます。私は自己PRシートのアピール例として次のように添削指導しました。

「私の取り柄は、上司や教師など上に立つ人にとって『扱いやすい』ことだと思っています。指示や方針が出た時、辛い内容や反対する人が多かったとしても、まずは前向きにそれに取り組んでみようと思うのです。

(中略)服装や遊びなども世間の流行にのっとり、何の反発もなく受け入れて今まで来ています。なので、どこに行ってもメジャーな話題にはついていけるため、人間関係作りでも悩んだことはありません。(中略)結局、私は『世の大勢にしたがうことを厭わない』タイプですが、ただ、ひとたびその流れに乗った時は、周囲を気にしながら遅れず前に出ていく人間なのだと思っています。

大勢の集団組織である会社でも、この人間性は生かせそうな気がしています」

意識してもらいたいのは、書いた中味を読んだ時、どういう企業だったらその人が欲しくなるかということです。この内容であれば、言われたことは黙々とこなして、その中でも1位を取ってくれるような頑張り屋がほしいという企業なら必ず歓迎するはずです。

コロナ禍でも平常時でも自分の個性は変わりませんし、それを表すエピソードは無尽蔵にあるはずです。それを書けばいいだけの話なのに、みんななぜかサークル活動とかベンチャー企業を立ち上げたとか、留学とかについて書かないといけないと思ってることが一番の問題なんです。

■地味でも「らしさ」が伝わるエピソードとは

……実際に「素の自分」をアピールして人気企業に受かった事例があれば教えてください。

例えば僕がよくエピソードで話すのは、大手自動車メーカーに受かった学生の事例です。彼は盆栽が趣味で、盆栽のことを面接で延々と言い続けたそうです。盆栽って鋏を入れ過ぎると形が悪くなるので、なるべく切らずに育てるのがいいらしいです。

肥料の与え方や日の当て方、水のやり方を工夫する。その工程について何日目で成功した、失敗した、次はここを直してうまくいったっていう話を延々と説明した結果、無事内定をもらったそうです。

受かった理由は、その会社がPDCA(プラン→ドゥ→チェック→アクション)サイクルをとても大切にしているからです。彼がPDCAサイクルを自然に実践できる人間だったから採用したのです。

でも彼がこれと同じことを銀行やマスコミで話したとしても、おそらくうまくいきません。また、こうしたエピソードはコロナ禍とは関係なく、本人のいわゆる個性として生まれたものです。逆に言えば、そういうリトマス試験紙で銀行を落ちて、自動車メーカーに入るからマッチングが成立する。真っ当な就職活動とはそれだけの話だと僕は思っています。

……女子学生の事例はありますか?

もう1人同じメーカーに入社した女性の場合は、姉妹喧嘩をいかに回避したかのエピソードが生きた例です。その人は中学時代、妹と喧嘩ばかりしていたので、対策としてお母さんがケンカしたらお小遣いはあげず、逆に1週間しなかったら1割ずつお小遣い上げてくれることにしたそうです。

そこで彼女はまずどういうシチュエーションで自分たちが喧嘩するのかを分析し、「推しのアイドルの悪口を言われた」「彼氏の悪口を言われた」「勉強のことを言われた」というふうにシチュエーションを縦に並べ、横軸には「プイッて振り向いて無視した」「部屋から出て行った」「言い返した」などリアクションを並べてマトリックスを作成し、毎回ワクを埋めていったそうです。

そこから自分を冷静に分析していった結果、高校のときにはほぼ喧嘩をしなくなり、お小遣いが週5000円になって、お母さんが泣き入れたという話を面接で延々としたそうです。これもやはり本人のPDCAサイクル体質が非常に伝わるし、しかもロジカルシンキングができる頭脳も備わっていると感じます。

地味だけれども、馬鹿みたいに日本中回って大間のマグロ食ってきた、といった話とは全然違います。 企業側はその人がうちの社風に合っている人か、もしくはうちの仕事ができそうな人か、が見たいのであって、それにもかかわらず関係ないエピソードで自分を盛るのは、全くナンセンスだと思います。

■就職活動は縦の価値観ではなく、横の価値観の世界

……でも、学生はどうしても「ストレス耐性」「コミュニケーション力」などの優劣で自分が選別されていると思いがちです。

これは大学のキャリアセンターの方針などの影響もあると思います。つまり、就職活動を大学入試と同じような感覚で就活偏差値的な発想で捉えているところがある。企業が同じモノサシで学生を評価していて、点数の高い人から採用されていくという発想です。

  • 就職活動は縦jの価値観ではなく、横の価値観の世界

実際はそうではなく、企業によって欲しい人は千差万別で、就活とは能力の優劣のような縦の価値観じゃなくて、仕事や社風への相性のような横の価値観の世界だということがわからないんです。だから縦の価値観に沿った自己PRシートを書こうと指導する。これがミスマッチの一因になってしまっているんだと思います。

企業の採用担当も、例えばさきほどの自己PRシートを見せると、「『扱いやすい』って言葉は人事は嫌うから、こういう言葉は書かないほうがいい」と言ったりします。でもそれはその会社の価値基準がそうなだけで、他社では歓迎される人材かもしれない。

結局、就活は縦の価値観じゃなくて、横の価値観の世界だって繰り返し言っても、大学側も企業側も大人のほうがそれを理解していない。実はそれが一番大きな問題だと思います。