「コスプレ」や「LGBT」などの言葉もなかった時代から、世間の偏見や差別にめげることなく、女装を続けてきたキャンディさんは、ここ数年で強く叫ばれるようになった“すべての人が尊重され、個性を認め合う社会”という概念を、27年前から体現しているように見える。しかし、込山Dいわく、「本人は自分の好きなことをやっていただけという意識で、そういう権利を主張するタイプの人じゃないんです」。
それでも、「周りには性的マイノリティーの人たちがいっぱいいて、『みんないいじゃないの』という感じで、分け隔てなく交流している印象があります。27年前、キャンディさんが女装部屋に借りている四畳半のアパートに行ったのですが、そのアパートはマニアックな趣味を持つ人の隠れ部屋が集まっていて、キャンディさんの隣の部屋は、オムツをはくのが好きなおじさんでして。私はちょっと引いちゃったんですけど、キャンディさんは『世の中いろんな人がいるからね』と言うんですよね」と振り返り、こうしたエピソードからも“優しさ”が伝わってくる。
そんなキャンディさんを追った今回の番組の見どころは「息子さんが子供の頃の心境を語ってくれています。父親の女装に『ガキの頃は多少抵抗ありました』と言っていますが、大人になって今の気持ちを話してくれているので、そこに注目してほしいです。あと、実のお姉さんがキャンディさんを訪ねてきて、『この年になって楽しいことあるっていいよね』と、うらやましがっているところも印象的です」と紹介。
この4歳年上の姉に加え、母親も女装の趣味に理解を示してくれたようで、そうした優しい家族に育てられたからこそ、今のキャンディさんがあるのかもしれない。
■『ザ・ノンフィクション』は貴重な番組「ドラマじゃありえない」
95年10月にスタートし、今年4月で放送1,000回を迎えた『ザ・ノンフィクション』だが、込山Dは第2回放送を皮切りに、34本の作品を手がけてきた。中でも印象に残っているというのが、がんにより38歳の若さで亡くなったプロウィンドサーファーの飯島夏樹さんと家族との日々を追った『天国で逢おう』。そしてもう1つが、同番組史上最長取材期間だという18年にわたって追った『われら百姓家族』シリーズだ。
「自給自足で生活する家族がいるというのを聞いて、最初は自然の中でのびのびした田舎暮らしの様子が描けると思ったんです。でも、実際に行って何年も追いかけてみると、子供たちの反発があってケンカが始まったり、逃げた奥さんがまた出てきたり、最後には長男が『許せない』と言っていたお父さんが和解できないまま亡くなっていくといった予想外のことが起こり続けて、やっぱり長期間だからこそ描けるものがあるんだと思いましたね」
それだけに、「民放の1時間近くのドキュメンタリーで、これだけ長く続く番組は本当にまれですから、長くやるということは貴重ですよね。ドキュメンタリーって、長くやっていると1人の人間の変化を描くことができるんです。これはドラマじゃありえないことですから」と、その魅力を力強く語ってくれた。
●込山正徳
1962年、横浜生まれ。日本大学芸術学部卒業後、アジア貧乏旅行を経てフリーのディレクターに。90年頃から主にドキュメンタリー番組を制作し、『春想い 初めての出稼ぎ』(フジテレビ)でギャラクシー選奨受賞。『生きてます16歳 500gで生まれた全盲の少女』(同)でATP賞・総務大臣賞受賞。『ザ・ノンフィクション』では、『天国で逢おう』『われら百姓家族』などを手がけている。05年には、自身の体験を記録した著書『パパの涙で子は育つ シングルパパの子育て奮闘記』を出版。