自分の好きなことで食べていきたい人、会社勤めが肌に合わない人にとって、起業は憧れだと思います。でも、お金や将来のことを考えると、二の足を踏んでしまう人が多いはず。「その感覚は正しい」と言うのは、リサイクルショップやバー、塾など、豊富な起業経験を持つ経営コンサルタントの「えらいてんちょう」こと矢内東紀さん。

  • 「起業したい」なら、会社員の身分はギリギリまで手放すな! /えらいてんちょう

    「会社員は自分には無理」と、矢内さんは大学時代から企業に挑戦。

そこで、会社員と個人事業主、人生におけるそれぞれのメリット・デメリットについて話をうかがいました。

■「自由」「裁量」「ロマン」か、手厚い「社会的保障」か

個人事業主のメリットはなにしろ「自由」であること。誰も監督する人がいないので、毎日好きな時間に起きて、好きな時間に寝ています(笑)。さぼろうが、失敗しようが怒られることはありません。

会社員時代より稼ぎが減る可能性もありますが、私の本を読んで飲食店を開業したある人は、「嫌な仕事をしていた時より、好きなことをやっている今の方が100倍幸せ」と笑っていました。

自分のアイデアの成果が目に見える形でわかるのも、個人事業主の醍醐味です。私の場合、クルマ好きでも何でもないのに「これやったら儲かるかも」とポルシェを購入し、貸し出す仕事をしたことがあります。

この事業は当たりませんでしたが、起業にはこの「儲かるかもしれない」というワクワク感があります。見事に目論見が成功した時には、「商売って面白い!」と心底思います。

一方、個人事業主がデメリットに感じるのは、「社会的に守られていない存在」だということ。会社員は「労働基準法」「労働組合法」「労働関係調整法」などで手厚く守られていますが、個人事業主は「労災保険」の対象にも基本的にはなりません。「経営者」というと聞こえはいいけれど、社会的身分は最低だなと思うこともあります。

「収入」も会社員と違い、個人事業主は自分が成果をあげなければ1円も手に入りません。「身分」も不安定で、マンションを借りる時や住宅ローンを組む時も審査は厳しい。でも、会社経営の責任者なので、たとえば、期日までに納品できなかった場合、責を負うのは個人事業主です。

もし銀行から借り入れをしていれば、その返済義務も負う。病気だろうが何だろうが関係ありません。そこが、会社員と経営者の本質的な違いだと思います。

  • 個人事業主には「自由」というメリットがある一方で、デメリットもいろいろある。

■メリット満載の「会社員」という身分

会社員のメリットは「身分保障」と「給与」です。「身分保障」というのは簡単にクビにならない、クビになっても、失業保険である程度の生活が守られるということです。「給与」だって、成果が出なくても出社さえしていればもらえる。これって実はすごいことです。

賃貸マンションを借りる時や住宅ローンを組む時に審査が通りやすいのも、会社員ならではのメリットです。 デメリットは、就業規則など会社のルールに従わなければならない点です。私が苦手な「朝起きて会社に行くこと」「就業時間を守ること」「円滑な人間関係を保つこと」などです。

会社員はどちらかというと減点主義で、大きな失敗をしなければ食っていけます。逆に起業の場合は加点主義で他に比べて秀でた部分がなければ食べていけない。安定を求めるなら会社員のメリットの方がはるかに大きいですから、ルールや人間関係の煩わしさに耐えられる人は会社員でいた方がいいと思います。

ただ、すでに会社がつらくてつらくて仕方がない人、セクハラ・パワハラでメンタルを病んでる人の場合、限界を感じたらさっさと退職して、快復に務めましょう。日本の保障は手厚いですし、生活保護についても支援団体の人と一緒に申請に行く等すればスムーズに進めることができます。

  • 会社員は「会社のルールに従わなければならない」というデメリットもあるが、メリットの方が大きい。

■「会社員」のまま「経営者」のトレーニング

副業が奨励される昨今、「会社員を続けるか、起業か」と二者択一で考える必要はありません。望ましいのは、会社員を続けながら起業すること。起業しても儲かるかどうかわからないのですから、何かと守られている会社員という地位を保ったまま挑戦するのが一番です。

今は初期コスト不要のネットショップ開業サービスやゴーストキッチンなどがあります。Tシャツだってデザインさえ考えられれば、工場に発注しなくてもオンデマンドで生産できます。だからPDCAサイクルをまわすように事業のトライ&エラーを繰り返し、市場に受けるもの、受けないもの、自分のいいところ、悪いところを探り出し、うまくいった分野を伸ばしていく。

経営が軌道に乗ってきたら、店舗を持つことや、さらには退職することを検討していけばいいのです。

起業体験が就活に役立つ場合もあります。私の著書を読んだ人が学生時代にカフェを起業し、結局、失敗したのですが、「起業しても、そうそうお金を稼げるようにはなれない。会社では、先輩方が稼いでくれているおかげで、新人は将来稼げる人材になるための教育を受けられる。

それは感動的な仕組みで、自分もそのシステムに乗っかってがんばりたい」云々と就活で熱弁。みごと大手企業に就職しました。起業で失敗しても、こういう経験の活用法もあるのです。起業に興味がある人は、リスクが取れる会社員やリカバリーしやすい学生の内に一度挑戦してみることをおすすめします。

  • 「『起業でキャリアに空白期間ができたら、失敗した時に再就職が難しくなる』と考える方は少なくありません。でも、店を開いてダメだった経験はけっこう経営者には受けるので、むしろ再就職はしやすくなります (笑)」(矢内さん)