「もしも若い身体のまま、生き続けられたら……」。昔から議論され続ける「不老不死」が現実のものとなった近未来を舞台にした、世界的作家ケン・リュウの短篇小説を映画化した『Arc アーク』が公開された。

『愚行録』(17年)、『蜜蜂と遠雷』(19年)で世界からも注目を浴びる鬼才・石川慶監督のもとで、人類で初めて永遠の命を得た女性リナを演じきった芳根京子と、リナを不老化処置により永遠の命へと導く天才科学者である天音を演じた岡田将生にインタビュー。2人が「今までにない映画になる」と感じながら過ごした撮影期間の思いに迫った。本作でのふたりのファーストカットは、天音からリナへのプロポーズの場面だったそうで、石川組の特別さが伝わる、その際の撮影秘話も聞いた。

  • 映画『Arc アーク』に出演する芳根京子、岡田将生

    左から芳根京子、岡田将生 撮影:望月ふみ

■「天音役が岡田さんに決まる“かも”」と言われて“かも”はやめて! と叫んだ

――ドラマ『小さな巨人』(17年)以来の共演かと思います。お互いの印象と、久しぶりの再会で変化はありましたか?

岡田:ドラマのときは、芳根ちゃんが朝ドラ『べっぴんさん』(16年)が終わったあとだったんですよね。闘い終えたばかりのときで、主演の長谷川博己さんも一緒に、落ち着いてゆっくり撮影できたらという雰囲気でした。芳根ちゃんもすごく朗らかに現場にいた印象です。顔交換アプリとかで遊んだり。

芳根:遊んでましたね! 懐かしい。

岡田:警察組織の話だったので、撮影が始まると引き締めなきゃいけなかったんですけど。

芳根:思い出しちゃって笑いが止まらないときもありましたよね(笑)

岡田:すごく楽しく一緒に現場にいさせてもらって、今回久々にお会いしたら、いい意味でそうした部分が何も変わっていないと感じました。僕は今回、ポイントポイントでしか参加できませんでしたが、すごく優しく迎え入れてもらって、芳根ちゃんの主役としての現場の居方も素晴らしいと思いました。

芳根:私ははじめに「天音役が岡田さんに決まるかもしれません」と言われて。「え、“かも”はやめてください! 決めてください!」とすごく言った覚えがあります。

岡田:あはは。

芳根:天音という役は、リナにとってすごく大切な重要な方なので、どなたが演じてくださるのか、毎日気になっていたので、岡田さんの名前を聞いたときには、すごくほっとしました。以前、ドラマで1クールご一緒させてもらったこともあるし、この作品が始まる前、不安でいっぱいだったところに、安心感をプラスしてくださったのは岡田さんの存在でした。

岡田:(照れる)

芳根:岡田さんが演じるだけで天音が魅力あふれる人物になると思ったので、リナが一生大切に思う人ということになんの不安もなかったです。だから、決まる“かも”と言われたときには、本当に必死に頼み込みました。

■こうしようああしようというのを、現場に持ち込むのはやめた

――とても難しいテーマを含んだ作品ですが、それぞれ自分の演じた役にどう向き合いましたか?

芳根:全編を通して、あまり計算しませんでした。クランクインの前の段階では、たとえば30歳のリナを演じるときの想像とかが何もできていなくて……。実際に現場に入って、いろんなものを見たり、美術に触れたり、衣裳やヘアメイクをしたりしていくなかで溢れてくるものを、石川監督に「今、こう考えました」と伝えていった感じです。10代のリナのセリフにもありますが、「モノを触ること」を今回の私自身、とても大切にして、感情にストッパーをかけず、内から出てくるものを、その都度大切にしていきました。

――その場、その場で考えながら。

芳根:はい。段取りにたっぷり時間を取る現場でしたし。

岡田:そうだね。

芳根:脚本では感じ取れていなかったものを、現場で感じることがたくさんありました。ドラマの撮影の多くは、段取りの時間もすごく忙しいので、何かに気付く前に終わっちゃうこともあるんです。でも今回の現場は、お芝居って本当に化学反応なんだなと、気づくことがたくさんある時間でした。

――岡田さんの演じた天音は、人類で初めて永遠の命を得た女性になったリナの、道を作った人物です。

岡田:前半戦の象徴的なキャラクターです。それをどう作るかはすごく悩みましたが、母の死によって、姉・エマ(寺島しのぶ)との考え方の相違が生じ、歩む道が変わっていく中で、リナと出会うことによって、天音もすごく変化していきます。今回は、そうした変化を体感して、自分自身を導いていかなければ歩んでいけないキャラクターが多くて、天音もそうだと感じました。芳根ちゃんと同じく、僕も現場で石川監督とお話して、天音の信念を含めて、考えていきました。母の死を体験して、人類のことをすごく考えた上で至った考えだということを大切に、リナと真摯に歩んでいくことだけ気を付けました。こうしようああしようというのを現場に持ち込むのはやめようと思っていました。

■カメラを異物と一切感じさせない石川監督の現場

――段取りに時間をかける現場だったとのことですが、石川監督はポーランドで映画を学ばれていて、撮影監督のピオトル・ニエミイスキさんもポーランドの方です。何か特徴的なことはありましたか?

芳根:特に衝撃だったのは後半です。手持ちカメラになるんですけど、そうするとピオトルはずっと目の前にいるわけです。日常で目の前にレンズがあったら、それってすごく異物に感じると思うんです。でもピオトルが持っているカメラは異物に感じないんです。気配を消すというか。後半は撮影していてもドキュメンタリーなのかなと思う瞬間が結構ありましたし、それは出来上がった映像を見ても感じました。「すごい!」って私、感動して、この前、石川監督にお伝えしたら、「そうなんだよね」と(笑)。

――本作は単純なSFとは違う雰囲気で、とても不思議な感覚になります。岡田さんは石川組を体験していかがでしたか?

岡田:クランクインの日に、天音がリナに「結婚しよう」と言うシーンを撮ったんです。まだ何も関係が構築されていないのに(苦笑)

芳根:「ここから?」って感じですよね。

岡田:どうしようという戸惑いのなか、石川監督と芳根ちゃんと僕の3人で本当に長い時間をかけて段取りをしていきました。少しずつ少しずつパーツを揃えていくような感じで。そういうことって、なかなかできない経験で。やっぱり1人で作っていくのがキャラクターではなくて。そんなとてもいい時間を過ごして、段取りを進める中で、スタッフの方がセッティングをしていくんですが、パッと周囲を見たら、カメラが1台ポンと置いてあるだけで、スタッフが誰もいなくなってたんです。

――え! 誰も?

岡田:現場に僕と芳根ちゃんとカメラが1台。監督が近くでコソっと見てて(笑)。そのまま本番に。こんな現場あるんだと思って。

芳根:うんうん。

  • (C)2021映画『Arc』製作委員会

岡田:その時はピオトルもいなくて、カメラだけポンと。そこにリナと天音のふたりだけがいて、その空間を楽しみながら、お互い話をしていくのを感じて。すごく面白くて。「これが石川組なんだ、すごいな」と。

――リナと天音のファーストカットを大事にしたのでしょうか。

岡田:そうですね。それ以降も、芳根ちゃんも言ったように、カメラが異物としてあることが全くなくて。その場に立って呼吸をしながら会話をするということが、当たり前にできる現場だったと思います。

■ふたりは「永遠の命」に惹かれる?

――芳根さんは本作で「芝居と自分との境目が分からなくなっていた」とコメントされていましたが、エマを演じた寺島さんも、芳根さんがあまりにもまっすぐに役に没入していて「周りで制御しないといけないくらいだった」とお話されていました。

岡田:確かに心配で傍にいてあげたくなりました。でも「行ってほしい」気持ちと「止めないといけない」という気持ちがありました。そうやって戦っていく芳根ちゃんの姿はやっぱり美しくて、応援したくなるんですよね。僕たちは精神的に支えてあげることしかできなかったけれど、完成した映画を観て、確実に芳根ちゃんの代表作になると思いましたし、その現場に自分も一緒にいられたことを嬉しく思います。

芳根:どの作品でもそうですが、やると決めたからには自分で限界は決めたくなくて、特にこの作品は、脚本を読んだときから、新しいジャンルを切り拓く作品になるのではないかと思っていたので、自分でラインを決めたくなかったんです。あとは、まだ作品に挑戦する勇気が出なかった時に、監督が「みんなで支えます」と言ってくださって。その言葉をすごく信じていました。

――やりきってみての感覚は?

芳根:いまだに「やりきったな」という感情が残っています。取材などをさせていただく時にも、作品への思いがすごく強くて。それは自分がやり遂げた証なんだろうなと。それに自分のお芝居だけじゃなくて、すべてが美しい作品なので、この思いがたくさんの方に届いてほしいと強く思ってます。

岡田:そう思えるのって素晴らしいことだよね。今回、脚本を読んだ段階ではどんな作品になるのか見えていなかったのが正直なところですが、実際に現場に行ってお芝居をして、石川監督の映画の作り方にはすごく思うところがありました。完成した作品を観て、今まで観たことのない映画だと感じ、石川監督の導き方と編集能力の高さがすごいと思いました。後半に白黒になるというのもすごくエッジが効いていて、その判断もすごいし、本当にこの映画に関われて良かったです。

――最後に、おふたりは永遠の命やプラスティネーション(遺体を生きていた姿のまま保存できる施術)には、惹かれますか?

芳根:映画のなかでの未来の世代のように、「死ぬ」ことに対して逆に「なんで?」と思うような時代になったりしたら、考え方も違うでしょうけど、やっぱり今実際に身近でと考えると受け入れられないかなと思います。

岡田:この物語の世界では“死”という概念を覆すから、その世界に行ってみないとわからないんですけど、僕は永遠の命は得たくないかな。一瞬一瞬の生きる美しさを、この映画を観るとより感じますし、改めて考えてみても、永遠の命は選ばないと思います。

■芳根京子
1997年2月28日生まれ、東京都出身。2013年にドラマ『ラスト・シンデレラ』で女優デビュー。翌14年には映画『物置のピアノ』にて映画初出演にして初主演を務め、同年、連続テレビ小説『花子とアン』でも印象を残し、16年には連続テレビ小説『べっぴんさん』のヒロインを演じた。18年に『累-かさね-』『散り椿』にて日本アカデミー賞新人賞を受賞。ほか主な出演作に映画『心が叫びたがってるんだ。』(17年)、『記憶屋 あなたを忘れない』(20年)、『ファーストラヴ』(21年)、ドラマ『表参道高校合唱部!』(15年)、『海月姫』(18年)、『コタキ兄弟と四苦八苦』(20年)、『半径5メートル』(21年)などがある。

■岡田将生
1989年8月15日生まれ、東京都出身。2006年にデビュー。近年の主な出演作に映画『アントキノイノチ』(11年)、『宇宙兄弟』(12年)、『何者』(16年)、『さんかく窓の外側は夜』(21年)、ドラマ『大豆田とわ子と三人の元夫』(21年)など。本年は『ドライブ・マイ・カー』(8月20日公開)、『CUBE』(10月22日公開)が公開待機中。7月からは主演舞台『物語なき、この世界。』、12月からは『ガラスの動物園』が上演予定。