伊藤沙恵女流三段は8度目の挑戦でも悲願の初戴冠とはならなかった
フルセットまでもつれ込んだ、第14期マイナビ女子オープン五番勝負(主催:マイナビ)の最終局である、第5局が6月1日に東京・将棋会館で行われました。女流棋士転向後初のタイトル戦を西山朋佳女王が制するのか。それとも8度目の挑戦にして悲願の初戴冠を伊藤沙恵女流三段が果たすのか。大注目の一局は、103手で西山女王が勝利。マイナビ女子オープン4連覇を達成しました。
ここでは西山女王の勝利者インタビューを元に、第5局を振り返ります。
昨年に続き、五番勝負はフルセットになりました。「フルセットの最終局で緊張しました。ただ、去年に続いてなのでフルセット慣れしてはいたので、そこは自信を持って臨みました。」と西山女王。過去のフルセットになった最終局で、西山女王はこれまで4戦4勝と無類の強さを発揮しています。
最終局は改めて先後が振り駒で決定されるため、事前準備は先手の時と後手の時の両方しなければなりません。これまでの西山女王と伊藤女流三段の対戦なら、相振り飛車が濃厚とみられていました。
しかし、追い込まれた第4局で伊藤女流三段は居飛車を選択し、対抗形の戦型に。この将棋を伊藤女流三段が完勝して最終局までもつれ込んだのです。西山女王はこの伊藤女流三段の作戦選択の変化を警戒していました。西山女王は「第4局から方針を変えられた感じがしていたので、何でも可能性があると思っていました。それは相振り飛車だったり、力戦調の将棋になるかもしれないですし。でも居飛車が濃厚かなと」と振り返りました。
振り駒の結果、西山女王が先手番になりました。そして、西山女王の三間飛車に対して伊藤女流三段は居飛車を選択。ここまでは西山女王の読み通りでしたが、伊藤女流三段が銀冠に組んだ構想は想定外だったそうです。「銀冠の将棋は全然想定していませんでした。昔他の棋戦でやられた気がしたので、さほど驚きはしなかったです」
本局は前例のある進行をたどります。その対局は2年以上前に公式戦で指された将棋ですが、西山女王はもちろんその将棋を知っていました。戦いが起きた付近から前例と離れた展開になり、作戦勝ちになったと西山女王は感じていたと言います。
ところが、ここから伊藤女流三段は持ち味の受けの強さを発揮します。先手に飛車を成らせるものの、と金を取り切って攻めを緩和。そして角を用いた反撃の味も残します。ここが本局で一番西山女王が苦労した場面だったようです。「伊藤さんの受けの手は一番指されると嫌な手でした。普通は飛車を成れればいいはずと思ったのですが、読み進めると意外と嫌な順が多いことが分かってきて、読むほどに自信がなくなるというつらい時間でした。全然気を抜けない展開でした」
伊藤女流三段が持ち味を発揮したら、今度は西山女王が持ち味を出す番です。西山女王は再度と金を作って穴熊攻略を目指します。ただし、攻め駒は竜とと金の2枚だけ。どうやって攻めをつなげるのかと見ていたところに、▲6五桂という強手が飛び出しました。
桂を跳ねて攻め駒を増やすというのは自然な手です。ところが6四には相手の歩がいます。つまり西山女王は歩にすぐに取られてしまう位置に桂を跳ねていったのです。
この桂を取らせれば6四の地点が開き、▲5五角と出る手が成立するというのが、西山女王の読みでした。この展開ならまだまだ難解な将棋が続いていたようです。ところが、相手の狙い通りに進むのを嫌ったのか、伊藤女流三段は△5六歩と着手。この手が敗着となってしまいました。
ここからは西山女王の華麗な攻めを見るばかりとなります。
まずは▲5三桂成と再度桂を押し売り。今度こそ後手は取らざるを得なくなりましたが、金が穴熊から離れて囲いが弱体化。さらにと金で銀をはがして先手好調です。
囲いを薄くした後、西山女王は働きの弱かった角を▲7五角~▲6四角と活用します。この▲7五角は一瞬効果の薄い手だけに、指しにくい一手。しかも角を活用する間に、後手に竜を捕獲されてしまいました。
ところがここで西山女王は決め手を放ちます。それが竜取りを無視して打った▲5三歩。これが金銀の連結を一手で断ち切る鋭手で、竜を取らせても銀を取り返してと金を作れば、攻めが切れることはないという読みです。西山女王の桁違いの攻めの強さがよく表れた▲5三歩でした。
勝てば初のタイトル獲得となる伊藤女流三段。圧倒的な劣勢ながらも指し続けます。しかし、西山女王の着実な寄せで徐々に受けがなくなっていき、ついに103手目を見て投了を告げました。
勝った西山女王はこれで4連覇達成です。また、今回のシリーズは女流転向後初のタイトル戦でした。西山女王はシリーズをこう振り返ります。
「完全に手将棋になった第1、4局は自分の土俵だったはずなのに完敗してしまいました。自信を失う時間もありましたが、なんとか立て直して節目で切り替えてやれたのが良かったのかなと思います」
「(4連覇の感想は)連覇は光栄なことで、もう4年たっているんだな、やらせていただいているんだなと感慨深いです。来期は永世女王がかかっています。2、3、4期とは違う、新しいものがかかっている。来年を今から楽しみに頑張っていきたいです」
「(初タイトルは女王だった。その時と感触は違うか)最初奪取したときは一つ壁を破れた、目標を達成できたので、ただただうれしくて、今でも覚えています。今はその時とは違って、あったものがなくなるという恐怖と戦っている感じ。だた、苦しい分成長が多く、いろいろ学ばせてもらっています」
最後にファンに向けて、「いつも対局をご覧くださってありがとうございます。環境が変わっても変わらず応援してくださる方がたくさんいて、非常にうれしくて、今回はそれを励みにやらせていただいていました。女流棋士としていい結果を新しく残せて、今後の糧にしていきたいと思います。今後も変わらずかんばりますので、応援お願いします」と西山女王は感謝を述べました。
西山女王が防衛という形で幕を閉じた第14期。第15期はすでに始まっており、5月31日には予備予選が行われました。6月26日には女流棋士、アマチュアの48人による一斉予選が行われます。西山女王への次なる挑戦者は果たして誰になるのでしょうか。