近年、「未曾有(みぞう)」という言葉を新聞や雑誌などで多く目にします。気候変動やコロナウイルスの蔓延など、世界が大きく動いていることが実感される中、「これまでにない、前例のないこと」がいくつも起こっていることが背景にあるのでしょう。
未曾有の出来事が頻発する今だからこそ、言葉の意味や使い方を正しく理解しませんか。
「未曾有」の意味とは?
未曾有を辞書で引くと、以下のように説明されています。
み-ぞ-う【未曾有】
いまだ曾(かつ)て起こったことがないこと。稀有(けう)。「古今―」
『広辞苑 第7版』
もう少しくわしく、未曾有という言葉の読み方や意味を押さえていきましょう。
未曾有の読み方
未曾有は「みぞう」と読みます。「みぞゆう」「みそゆう」と読んでしまいそうになるかもしれませんが、「曾」は濁って「ぞ」と読み、「有」は「う」と読みます。「曾」は印刷標準字体で、地名の「木曽」や人名の「曽根」などの「曽」の正式な書体です。
一般的に「曾」は「そ」と読み「有」は「ゆう」と読むのに、未曾有はなぜ「みぞう」と読むのでしょうか?
漢字の音読みには、私たちになじみ深い「漢音」のほかに「呉音(ごおん)」や「唐音(とうおん)」という読み方があります。例えば「行」という字には、以下のような漢音、呉音、唐音の読み方があります。
【行の読み方】
漢音…「コウ」 例:行動、旅行など一般的な読み方
呉音…「ギョウ」 例:行事、修行など仏教に関連した言葉が多い
唐音…「アン」 例:行燈(あんどん)、行脚(あんぎゃ)など、読み方が決まっている漢字で、数は限られる
未曾有も仏教から生まれた言葉なので、呉音で読みます。漢音で読めば「みそゆう」ですが、呉音だと「みぞう」となります。
由来・語源は仏教
未曾有は「いまだかつて起きていないこと」という意味で使われます。
先述のように、未曾有は仏教に由来し、サンスクリット語の「非常に珍しいこと」という意味のadbhutaがもとになっています。仏教がインドから中国に入ってきた時に、『西遊記』でも知られる三蔵法師がadbhutaの訳語として、「未だ曾(かつ)て有らず」という意味で未曾有と当てたことが始まりだとされています。
仏教では「この世のものとは思えないすばらしい仏の教えや功徳」などの意味で、未曾有が使われていました。しかし今日では仏教から離れ、「今までに起きたことがないこと」という意味で使われます。「未曾有の大惨事」「未曾有の危機」のように、悪い文脈で使われることも増えています。
文法面から見た「未曾有」
未曾有は名詞ですが、「未曾有の災害」というように「の」をつけて名詞を修飾(連体修飾)するのが一般的です。
対義語はない
「未」を伴わない「曾有」という表現はありません。対義語はありませんが、反対の意味としては「繰り返されてきた」「平凡」「ありがち」などの言葉が相当します。
「未曾有」の使い方・例文
次に例文を見ながら、未曾有という言葉の使い方を確認しましょう。
悪い意味で使われる場合
近年では災害や事故などと組み合わせて、悪い意味で使われる機会が増えています。
【例文】
新型コロナウイルス感染症の流行で国内外が未曾有の危機に直面する中…
「新型コロナウイルス感染症緊急経済対策」厚生労働省
このように、未曾有に「の」を付けて「危機」を修飾しています。単なる危機的状況ではなく、これまでに類のない危機であることを伝えています。
同様に以下のような表現があります。
- 未曾有の混乱状態
- 未曾有の事件が起こった
単に「これまでにない」という意味で使われる場合
悪い意味だけに用いられるのではありません。以下のような表現もあります。
休(や)めた翌日から急に脊中が軽くなって、肺臓に未曾有の多量な空気が這入(はい)って来た。
※『入社の辞』夏目漱石
大学で教員を勤めていた漱石が、新聞社に入社し、大学を正式に辞めることになった時の気持ちを表現した部分です。やや大げさな表現ですが、ポジティブな意味で使われています。
同様の使い方として、以下の例があります。
- 未曾有の時代の到来である
この表現だけでは、悪い時代かどうかは判断できません。未来がどうなるかはわからないけれども、とにかく新しい時代が来た、と表現したい時に使うことができます。
コロナ禍で目にするようになった「未曾有の災禍」の使い方
「未曾有の災禍」とは、いまだかつてない災難のことを言います。情勢によって「災禍」が何を指すかは変わりますが、現在はコロナ禍を指すことが多いです。
なお、「コロナ禍」という言葉はまだ新語の部類であり、公式の書類や挨拶で使用する場合は、「未曾有の災禍」といった硬い表現が使われます。
「未曾有」の類語・言い換え表現
未曾有の類語と実際の使用例を紹介します。
「前代未聞」
「これまでに聞いたことのない」という意味の言葉です。そこから転じて、きわめて珍しいことを指します。未曾有と同じく、どちらかというと悪いニュアンスで使われます。
- 前代未聞の不祥事だった
「かつてない」「未だかつてない」
「全然~ない」「今まで一度もない」という意味で使われます。
- 環境破壊により、かつてないほどの気候変動が起こっている
「比類のない」
「比べるものもない」「同等のもののない」という意味で使われます。ポジティブな文脈で使われることが多い言葉です。
- その光景は比類のない美しさだった
「空前」「空前絶後」
今までに一度もない、比べるような前例がない時に使います。「空前」をさらに強調する意味で、過去にも未来にも起こりようがない場合に「空前絶後」を使うこともあります。
- 空前の評判を集めた
- 空前絶後の腕前を発揮した名人の作
「未曾有の~」の英語表現
続いて「未曾有の~」に相当する英語表現を紹介します。
unprecedented
unprecedented は「前例のない」という意味の形容詞です。「前例のある」という形容詞形のprecedentedに、否定の接頭語「un」をつけた単語です。
- the unprecedented event(前例のない事件)
unheard-of
unheard-ofは「今まで聞いたことがないほどの」という意味の複合形容詞です。ハイフンをつけずにunheard ofと2語で表記される場合もありますが、新聞の見出しなどではunheard-ofと1語でまとめて表記されます。
- an unheard-of economic crisis(未曾有の経済危機)
phenomenal
phenomenalは「並外れた、驚くほどの」という意味の形容詞です。
- phenomenal growth(驚くほどの成長)
unexampled
unexampledは「前例のない、無比の」という意味の形容詞です。「先例・前例」という意味の名詞exampleに否定の接頭語unをつけ、形容詞形にしたのがunexampledです。
- unexampled prosperity(前例のない繁栄)
「未曾有」の意味や使い方を正しく理解しよう
未曾有は「未だかつてない」という意味で、「未曾有の~」と名詞を修飾する言葉として使われます。「未曾有の大地震」「未曾有の気候変動」のように、どちらかというと良くないニュアンスを含むためビジネスシーンで使う際は注意が必要です。「未だかつてない」を肯定的に表現する際は、未曾有より「比類のない」の方が多く使われます。
難読漢字の未曾有。「みぞう」と正しく読んで意味を理解し、活用しましょう。