「脳が疲れていますか?」と聞かれて、はっきりと回答できる人はいないでしょう。なぜなら、筋肉痛などで感じられる身体の疲労とは異なり、「脳が痛い」などという人はいないからです。

  • あなたの脳、疲れていませんか? 「脳が疲れやすい時代」に脳を休ませる方法 /精神科医、禅僧・川野泰周

しかし、脳の疲れ—いわゆる「脳疲労」は、身体の様々な変調として表れます。「いまは脳が疲れやすい時代」というのは、精神科医であり禅僧でもある川野泰周さん。脳疲労が起きるメカニズムとあわせて、脳疲労を防ぐ方法を教えてくれました。

■脳疲労による自律神経の乱れが身体の変調を招く

「脳疲労」という言葉を見聞きすることが増えてきました。しかしながら、脳疲労についてはその疲労物質も特定されていませんし、正確になにを意味するのかも規定されていません。

ただ、これまでの身体の疲労では説明できない疲れ方をしている人が増えているのは事実であり、そのような脳が疲れている人は、おそらく「自律神経のバランスが崩れている」のだろうと推測されています。

自律神経は、人間の生命活動を根底から支えています。随意筋と呼ばれる、わたしたちが自分の意図で動かすことができる筋肉は、手足を動かす筋肉など全身の一部に過ぎません。それ以外の筋肉は、すべて自律神経がコントロールしています。

そして、各臓器の働きの他、随意筋に送られる血流にも自律神経がかかわっているのです。つまり、随意筋も含めた全身に自律神経が関与しているといっても過言ではありません。

自律神経のバランスが崩れてしまうとどうなるでしょう? たとえば、ものがぼやけて見えるようになったり、耳の機能の不調によりめまい感を覚えたり、心臓が勝手に拍動を速めて動悸を感じたり、糖代謝が変調をきたして太りやすくなったり…。他にも下痢や便秘、胃もたれなど、挙げればきりがないくらい様々な症状が出てきます。自律神経は全身に関与しているのですから、それも当然といえます。

では、自律神経をコントロールする司令塔がどこにあるかというと、それはやはり脳です。視床下部という部分が自律神経の司令塔で、その視床下部と連携しているのが前頭葉という部分。そのため、前頭葉がうまく働けなくなると、連携している視床下部も機能不全を起こし、自律神経の乱れを招いてしまいます。

この前頭葉の疲れている状態こそが、いわゆる脳疲労ということになります。

■脳疲労を引き起こすふたつのメカニズム

脳疲労という言葉が一般的になっていることでもわかりますが、いまは脳が疲れやすい時代です。でも、なぜ脳が疲れやすいのでしょう? わたしは、「気づきの力の低下」がその要因のひとつだと考えています。

自分の脳―心の疲れといってもいいでしょう―に敏感に気づいて自分で手あてできる人は、先に挙げたような症状が表れるまでに至らずに済みます。でも現代人は、自分の脳や心にどれくらいの負荷が加わっているかということを、きちんと感じることが難しくなっているのです。

その背景にあるのは、「情報過多」です。2000年から2020年までの20年間で、世の中でやり取りされる情報量が1万倍になったという調査結果もあるほどです。情報機器に囲まれ、つねにスマホにはなんらかの通知が届き、注意力が外からの情報を処理することに使われるために、自分の内面に気づけなくなっているのです。

もちろん、次々に届く情報を処理すること自体にも脳のリソースは使われますから、そのことによる疲労の増大も脳疲労の大きな要因でしょう。

つまり、情報が多いためにそれを処理することによって疲れるということと、そのために自分の内側に注意力を向けられなくなって早い段階でのケアができなくなっているということ。このふたつのメカニズムによって、脳疲労が引き起こされているとわたしは考えています。

■脳疲労を防ぐために、考え方と行動を変える

ここからは、この時代における脳疲労の予防法を考えていきますが、わたしからは、仏教でいう「理入」と「行入」にあたるものを紹介したいと思います。理入とは、知識・認識から修養に入ることで、行入は行動から入ることを意味します。つまり、考え方と行動を変えるということです。

では、まず知識を得て考え方から変える「理入」によるアプローチです。脳疲労によって自律神経が乱れると、先に挙げたような数多くの症状が身体に表れます。そこでほとんどの人は、その症状をなんらかの手段で抑えようとします。胃もたれに悩む人は胃薬を飲むし、下痢が続く人は下痢止めを飲むでしょう。

でも、これは末端で対処しているに過ぎません。それらの症状を引き起こしている自律神経の乱れを治さなければ、いつまで経ってもいたちごっこです。

そうではなく、自分の自律神経の乱れを疑ったのなら、それを引き起こしている脳疲労(前頭葉の疲労)を軽減することを考えてみてください。これこそが、最大のソリューションです。

■仕事や日常生活から離れる「リトリート」で脳疲労を軽減させる

前頭葉の疲労を軽減させるためにはどうすればいいか—。ここからは、知識を得てさらに行動を変える、行入の領域になります。

前頭葉の疲労の要因は大きくふたつあり、ひとつは先にも触れた「情報処理をし続ける」ことです。そして、とくにわたしが重要だと考えるもうひとつの要因が、「扁桃体の過剰な活動」です。

扁桃体は、脳にある「ネガティブ感情の中枢」で、前頭葉は自律神経の中枢であると同時に「理性の中枢」でもあります。

本来、動物であるわたしたちは、理性の力がなければ怒りといったネガティブな感情を抑えられずにもともと備えている攻撃性をひたすら発揮してしまいます。でも、それでは社会的な生活を営めませんから、前頭葉が理性の力を働かせてネガティブな感情を抑え込んでいるのです。

つまり、怒ったりイライラしたり悲しんだり苦しんだりといった、ネガティブな感情を抱くことが扁桃体の過剰な活動を招き、その感情を抑えるために前頭葉を疲れさせてしまうのです。

そうであるなら、逆にポジティブな感情になれることをすればいい。専門的には「快刺激」というのですが、自分が快いと感じる情報を脳に積極的に与えることで、扁桃体の活動が穏やかになり、前頭葉が過剰に頑張る必要はなくなります。

近年、「リトリート」というものが注目されています。リトリートとは、「仕事や日常生活から離れて自分と向き合い、心身をリラックスさせること」です。リトリートをやる場所や内容こそ人それぞれですが、海辺でなにをするでもなくのんびり過ごしたり、森のなかで鳥の声に耳を傾けたりすることなどが挙げられます。いまはソロキャンプが流行っていますが、そのブームも脳疲労の増加と無関係ではないように感じています。

リモートワークの広まりで、いまはリトリートもやりやすい時代といえます。たとえ完全に仕事から離れることは難しくても、受け取る情報量が多い場所だったり、ネガティブな感情を抱きやすい場所だったりではなく、自分が心地いいと感じる場所で仕事をしてみるのもいいでしょうね。そうすることの積み重ねが、あなたの脳疲労を根本から解決させていくのだと思います。

構成/岩川悟(合同会社スリップストリーム) 取材・文/清家茂樹 写真/石塚雅人