会話の節々で中自身の芯の強さが伝わってくる。すでに世間で名の知れた女優も参加したと言われるオーディションでこの役を勝ち取ったときの気持ちにもそれが表れている。

「フジテレビも参加する大きなプロジェクトで、長期間の撮影に参加する役をもらった経験のない私なんて…という気持ちもありましたが、それでも望みをかけて、イギリスで10年以上必死になってこれまでやってきました。最終的に決まったときは、それはもううれしくて、泣いて踊って震えました」

脚本家・ジェームス・ペインも太鼓判を押し、役者として実力が認められ、30代で遅咲きの夢がかなった瞬間だったわけだが、中が人一倍努力を続けて磨いてきたネイティブ並みの英語力が実は決め手のひとつになっていた。

日本生まれで日本育ちの中が、身ひとつでイギリスに渡ったのは10数年前。演技も英語力もほぼ真っさらの状態で飛び込んでいった。

「無謀ですよね」と自虐気味に語り始め、「高校卒業後の進路を考えていたときでした。役者になることに興味はあったものの、真面目に勉強して就職するべきか、迷っていたんです。たまたま留学情報を見たら、『イギリス』『演劇教育』『有名』の文字が目に入ってきて。これだ!と熱に浮かされたように父親を説得し、国際的に活躍できる俳優になるからと言ってイギリスに渡りました。うまい具合に演技学校に受け入れてもらったまでは良かったのですが、『そうだ、英語で演技しないといけない…』とそのときになって初めて気づき。着いたら全く英語が分からないとなって、毎日泣いていました。でも、2~3年でどうにかなるもので。人にも恵まれ、演技学校では諦めずに付き合ってくれた仲間に助けられました。この約10年はオーディションを受けるチャンスがないときも多く、バイトばかりして、職業を聞かれたときに『役者です』と胸を張って言えない時期も長かったです。生活が成り立てば、細々とでもやり続けよう。常にスキルが足りないものはどうにかして改善しよう、とトレーニングを続けてきました」と、包み隠さず話すその姿からも強さを見せる。

演劇の本場イギリスで10年以上にわたり下積み生活を送るのは、並大抵のことではない。日本人としてハンデを感じることもあっただろう。中の場合は「どうしてもネイティブのように話せず、訛りが抜けない」ことが引っ掛かった。

「周りは口をそろえて『訛りを取る意味はない。日本人としてキャスティングされるのだから、イギリス人みたいな英語でしゃべろうとするなんて、無駄な努力をするな』と言うんです。でもそう言われると、やってみたくなる(笑)。簡単なことではないことは分かっていましたが、頑固にレッスンを続けました。自分のしゃべりを録音して、聞き直す。それを地味に繰り返し続けてきました」

この努力の結果が今回の『THE WINDOW』の役の抜てきにつながる。日本人の雰囲気を持ち合わせながら、イギリス英語を完全に理解し、ブリティッシュユーモアをしゃべり倒すキャラクターが、中そのものであるかのようだったのだ。だからこそ、今の自分の強みは「日本人ということに尽きます」と言い切る。

「テレビ、映画はごまかしが利かない。役柄の細かいところも見えてくるもの。日本出身という設定であれば、醸し出すものがそれに近い状態であればあるほど、魅力的に映るのだと思います」と語る表情は自信に満ちていた。

■拠点を東京に、念願の日本で活動へ

今年からは拠点を東京に移し、念願の日本で活動する準備を現在進めていることを明かしてくれた。

「コロナ禍でオーディションがオンライン上に替わり、遠隔で何でも仕事ができるようになりました。日本で腰を据えて、活動するのが今の野望です」

フジテレビのグローバルプロジェクトドラマ『THE WINDOW』への出演が、中にとって大きな転機になることは間違いないだろう。

●中優理々(なか・ゆりり)
東京都出身。世界を舞台に活躍できる俳優になるため、親を説得して演劇教育の本場・イギリスに単身留学。ロンドンにある演劇名門学校Rose Bruford Collageで3年間トレーニングを受け、ヨーロッパ演劇芸術科で学士号取得。以降ロンドンを拠点に映画、テレビ、舞台で活動している。主な出演映画作品は『キングスマン ゴールデン・サークル』、『JUKAI 樹海』、『47 RONIN』、『スピード・レーサー』、テレビ作品は『Doctors』(BBC)、『GiriHaji/義理恥』(BBC/Netflix)、『Toast of London』(Objective Productions)、『The Fattest Man In Britain』(ITV)など。声優としても活動し、2020年に『The Phone Box at The Edge of The World』のオーディオブック朗読でAudio Performer of The Yearにノミネートされた。BBCワールドニュースの吹き替えを定期的に担当しているほか、NHK BSプレミアム『桃源紀行』のナレーションも複数回担当。