「無駄な回り道をせず、効率よく自分の望むキャリアを実現したい」。そんな若者の「コスパ志向」に遭遇する機会が増えています。若者のいうコスパのいい生き方とは? コスパのいい会社とは? その選び方は? 若者世代のキャリア研究の最前線に立つリクルートワークス研究所の古屋星斗さんに、これからの若手にとって本当に豊かなキャリア&ライフの送り方について聞きました。

超現実的な「コスパ志向」で最短の道を行く

若者の仕事における「コスパ志向」は例えば次のような形で表われることがあります。

「上司や同僚と異なることをして睨まれるのは無意味だと思う」

「社外で活動しても評価に結びつかないのでやる必要性を感じない」

「給料は一定なので人より早く帰るほうが得」

「ネットで調べると、失敗した事例がたくさん出てきてコスパが悪いので辞めた」

つまり、シンプルに“より少ない労力で対価を得るために”仕事をする、あるいは、仕事以外のことに時間を使いたい場合に、コスパ重視の働き方を選ぶ傾向があります。結果的に、このタイプは行動を抑制する「コスパ志向」であると言えるでしょう。

一方、行動を促進する「コスパ志向」もあります。「30歳までに部長になりたい」と語ったある女子学生は、結果的にベンチャー企業に就職しました。実際、150人ぐらいの規模の会社で、頑張って実績を挙げれば、早くに一定の裁量権を持って自分の名前で仕事ができるようになることは不可能ではありません。

その結果、労働単価を上げることができれば、短時間でも十分な報酬が得られて多くの時間を子供に費やすことも可能になります。これも言ってみれば現実的な「コスパ志向」の一例です。

上の図表でわかるように、同じ「コスパ志向」でも「行動を促進するコスパ志向」と「行動を抑制するコスパ志向」と全く異なる2つのタイプが並立して存在します。

「コスパ志向」は、一方にこれまでの社会人にはなかったほどの圧倒的な行動意欲(越境、副業、起業、有志活動…)を、もう一方に圧倒的なリアリズムを提供しているわけです。

若者たちは40歳前後を基準とする早期退職の動きや、人事制度変革に敏感に反応していて、終身雇用を前提とした時代が終わりつつあることに気が付いています。キャリア形成のキーワードがもはや「石の上にも三年」ではないことを百も承知です。そうした中で生まれたキーワードが「コスパ」なのです。

コスパ志向で見分ける「いい会社、悪い会社」

では、彼・彼女らが言うコスパのいい会社と悪い会社はどう見分けるのか? これは実際に職場に入ってみるしかないと思います。日本の新卒一括採用は若年失業率の低さから見て世界的にも有効なシステムだと言われています。

しかし、このシステムの最大の弱点は面接を中心とした一時期集中の限られた機会だけでマッチングをしようとするところです。学生たちは足を棒にして何十社も回って内定を手にしても、3年後には辞めてしまったりします。結果的に企業も学生も損をすることになります。

解決策の1つとしては中長期のインターンシップの実施があると思います。将来、自分の上司になるかもしれない人と一緒に仕事をしてみることで、実際にコスパがいいかどうかが確認できます。

私の研究ではワンデー、ワンウィークではなく、中長期の経験者の方が「リアリティショック※の軽減」「入社後の自律性が高まる」あるいは「入社後の活躍度が高い」など、明らかに高いマッチング効果がありました。
※期待と現実との間に生まれるギャップにより衝撃を受けること

アメリカでは入職前の段階で仕事体験をする機会が多くあり、これが100%有効とは言いませんが、両者のいいところを組み合わせれば、よりマッチングの精度が高まると思います。

コロナ禍でインターンシップ自体の実施が難しいのでは? と危惧される人がいるかもしれませんが、今はオンラインインターンシップが浸透しつつあります。そもそも緊急事態宣言下では、リモートワークが浸透してきましたし、入社後もそうなる可能性があります。

採用する側も、いわゆるオンライン面接について「95%は対面と同じ情報が得られる」と評価しています。ですから学生側も画面を通じてではありますが、社員と直接交流する中で、自分が楽しく成長できそうな会社かどうかを見極めていくことができるのではないかと思います。

これからは学業だけをする期間は意味がなくなる

個人的な見解ですが、極端に言うとこれからは学業と就業の期間を明確に分ける必要はなくなるのではないかと私は考えています。できれば学業とパラレルにどこかの会社で働く。あるいは先に社会で働いてからもう1回大学に行く、といった行動を起こすことで、自分のやりたいこと、やるべきことが見えてくると思います。

私たちは何のために勉強しているのでしょう?学者になるため?もちろんそういう人もいますが、ほとんどの人は卒業後は社会人として大学で学んだことを社会に還元していきます。理系学生の皆さんの多くも大学以外の就職先、つまりメーカーやベンチャー、民間の研究機関などに進みます。

だから学業のため学業であってはいけない。学びを通じて社会の中で自分がどう貢献できるのかを考える、仕事を通じてより高い成果を生むにはどんな学びが必要かを考える。仕事と学びはパラレルであり、相乗効果を生み出す関係であるべきなのです。

コスパ以前に肝心なのは、どんなパフォーマンスを目指すか

私はその人にとって確固たる「やりたいこと」は簡単に見つかるものではない。だからこそ、「スモールステップ」、つまり「小さな行動」が大切だと考えています。

例えば、自分がやりたいことをまわりに話してみたり、少し興味のあるイベントに行ってみたり、気になっている人に会いに行ったりしてみる。こうしたステップの積み重ねの中から「自分はこれが好きかもしれない」「これが向いているかも」と、気がつくことがあるのではないかと思います。

ところが、こうした「行動」の話をすると「コスパが悪いからやりたくない」という若者が意外といます。ちょっとしたイベントに行ったり、人に会いに行くのはコストに見合わないと考えるのです。

前述した女子学生のように、自分が目指すパフォーマンスが見えている場合なら、回り道をせずそこに向かって「自分ができる最も小さな行動」から始めてみるのが良いでしょう。

問題なのは、自分にとって目指すべき「パフォーマンス」が見えないのに、「コスパが悪いから何もしない」と言っているパターンです。若者のみなさんが目指すパフォーマンスとは、おそらく「自分らしく、楽しく、充実した生活を送ること」ではないでしょうか。

もしそうだとしたら、「スモールステップ」を通して、自分の「楽しみ」や「やりたいこと」を探す方が、結果的にはコスパがいいはずです。