選手、スコアラー、査定担当、編成担当と多彩な役割を務めながら、読売巨人軍で40年間を過ごした三井康浩氏。スコアラー人生の集大成となったWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)第2回大会では、日本代表を支え優勝に導いた「伝説のスコアラー」としても知られる。

  • 日本球界で活躍できる外国人投手の条件 /元読売巨人軍、チーフスコアラー・三井康浩

スコアラーとしての活躍がよく知られる三井氏だが、2011年から約6年にわたって担当することになる、編成担当として携わった選手獲得でも多くの実績を残した。当時を振り返ってもらいながら、シーズンの行方を左右する外国人投手獲得において、どのような部分に着目していたのかを聞いた。

■メジャーで活躍しきれていない「高身長投手」を狙っていた

スコアラーとして22年間活動したのち、2011年7月より編成本部統括ディレクターというGM(ゼネラルマネージャー)に次ぐポジションで、選手獲得などに携わることになった三井氏。編成本部にはアマチュアのスカウティングをはじめ多くの仕事があるが、三井氏はFA選手や外国人選手の獲得を主な業務としていた。なかでも外国人投手の獲得では、スコアラー時代に培った投手の力量を見極める眼力を生かし、大きな成果を生む。

——外国人投手を獲得するとき、編成担当としてどのあたりに合格ラインを設けていたのでしょうか?
三井 そのときのチーム編成によっては、中継ぎや抑えとして期待する選手も当然いますが、やはり基本は先発ローテーションで10勝以上してくれる投手ですよね。ご存知の通り、そのレベルに達する外国人投手は毎年ごくわずかですし、数年続けて活躍してくれる投手となるとさらに限られてくる。

編成担当者にとって、そんな投手を見つけ出すのはすごく難しいミッションです。日本より過密日程のメジャーは先発投手の確保を重要視していますから、ローテーションクラスの投手を日本の球団が獲得するというのは簡単ではありません。

——メジャーの控えやマイナーリーグにいる投手、韓国や台湾でプレーしているような投手が、現実的なターゲットとなってくるわけですね。
三井 バリバリのメジャーリーガーの獲得は困難ですから、磨けば光る投手を見つけてくるしかありませんよね。そこでわたしが当時重視していたのは、身長の高さや手足の長さでした。日本は外国人選手と比べると背が低い投手が多いので、日本人打者を相手にした場合、外国人特有の高い身長と長い腕を使って投げ下ろす角度のあるボールが有効だからです。

打者は投手を見上げるかっこうとなるため、あごを上げるかたちになり強い打球を打つのが難しくなりますからね。また脚が長いと、始動からグラウンドに踏み出すまでの時間が日本人投手よりも少し長くなります。この絶妙な間合いの違いが効果を生むのです。

そんな理由から、メジャーの控え投手やマイナーリーグなどに、高身長のいい投手がいないかと目を光らせていました。ただ、とくに広島なども同じような基準で投手を選んでいたようで、背の高い投手を見つけて調査を進めていくと、よくバッティングしたものです。考えることはどこも似ていますよね(苦笑)。

■「ボールゾーンを使って勝負する」ことができたマイコラス

三井氏の統括ディレクターとしての仕事は約6年に及び、多くの外国人選手の獲得に関与した。「失敗もあった」と日本で活躍する選手を見出す仕事の難しさも感じつつも、巨人軍史上最高レベルの成功を果たした先発投手の獲得にも関わっている。

——三井さんが編成に携わっていた時代、もっとも成功した外国人投手は誰になりますか?
三井 2015年から3年間にわたり巨人でプレーしてくれたマイルズ・マイコラスでしょうね。彼はストレートが140キロ中盤とメジャーではやや非力で、獲得を検討していた時点ではメジャーでの勝ち星はわずかに4勝です。ただ、26歳という年齢がポイントでした。

育成重視にシフトしつつあるメジャーでは、26歳という年齢は高い評価が得にくくなることもある条件だったのです。でも、196センチという高身長と脚の長さは大変魅力的で、打者がタイミングを取りにくそうなフォームを見たとき、「これは日本に来れば絶対にやれる!」と確信しました。

とはいいつつも、先発投手のニーズは高くメジャーのチームから声がかかることも予想されました。それでも「できる限り登板機会を用意し、実力を発揮するチャンスを提供する。一緒に日本でやろう!」と伝え、獲得に漕ぎ着けました。

——マイコラスは3年間で31勝、防御率は2.18という好成績を残すこととなりました。巨人軍の長い歴史においても、トップクラスの貢献を見せた外国人投手といえそうです。
三井 マイコラスは日本のボールにもうまく適応しました。メジャーのボールは少し表面が乾燥していますが、日本のボールはややしっとりとしている。メジャーに挑戦する日本人投手がその違いに苦労するケースがよくあるのはご存知かもしれません。

マイコラスには獲得交渉時に、日本の試合球を渡して練習で投げてみてもらうなどして適性を確認していたのですが、まさに日本の試合球がハマるタイプの投手で、メジャーで投げていたときよりもキレのあるボールを投げていました。大きなアドバンテージになったと思います。

——来日してから、マイコラスに求めたことはありましたか?
三井 しいていえば、ボールゾーンを使うピッチングでしょうか。メジャーの世界は球数の管理が徹底されていて、成績を残し評価を受けるには、限られた球数でできるだけ長いイニングを消化する必要があります。だから、メジャーでプレーしていた投手というのは、ボールゾーンに無駄な球を投げることを嫌がり、ストライクをどんどん投げて勝負したがる傾向があります。

ただ、打者があきらかに打ち気を見せていて、ストライクを投げずとも抑えられるような場面では、ボールゾーンを使って勝負したほうがより安全に抑えることができます。そうした日本流の投球を受け入れるかどうかは、外国人投手が成功できるかを左右する要素だと思います。

マイコラスは柔軟で、そうした攻め方を受け入れてくれました。彼はアメリカに戻りメジャーで最多勝のタイトルを獲得しましたが、その成功の陰には日本での経験を生かした投球があったはずです。

■ポテンシャルを見抜きつつも、獲得できなかった選手たち

チームの浮沈がかかる外国人選手獲得だけに、どの球団も優れた選手を見出そうと全力を費やしている。「様々な事情から惜しくも手が届かなかった投手も多い」と三井氏は残念そうに話す。

——三井さんはマイコラスのほかに、どんな投手の獲得に関わったのでしょうか?
三井 マイコラスと同じくらいの成功例としては、スコット・マシソン(2012年〜2019年在籍)ですね。8年間で174ホールド、54セーブ。4度のリーグ優勝と一度の日本一に貢献してくれました。マシソンもメジャーでの実績はなかったのですが、なによりがむしゃらさがあって、連投にも耐えるタフなピッチャーでした。

韓国での最多賞に輝いた活躍を見て獲得した左腕のクリス・セドン(2014年在籍)は初登板で15三振を奪う好投を見せましたが、その後は力を発揮し切れず後悔が残るケースですね。198センチのアーロン・ポレダ(2015〜2016年在籍)も1年目は8勝、防御率2.94とよく投げてくれました。

——日本でのプレーを視野に入れている優れた投手というのは限られているでしょうから、獲得においては他球団との競争になることも多いと思います。惜しくも獲得できず、悔しい思いをした投手は?
三井 それはもうたくさんいますよ(笑)。まず、現在もオリックスに所属しているブランドン・ディクソン。マイナーリーグを回っているときに偶然見かけて、ストレートのキレが素晴らしく、変化球のコントロールもかなりのものだった。ナックルカーブという武器も持っていて、とても惹かれました。

ただ、メジャーではわずかに8登板という実績のなさが引っかかり、獲得の話を前に進められなかったのです。過去の実績や数字にだまされてはいけないということは皆わかっているのですが、少なくとも数千万円を払うわけですから、完全に無視することもできないんですよね。

——数千万どころか億を超えることも頻繁にありますよね。プロ野球をビジネス、選手獲得を投資と考えれば、そういう判断も当然あり得るのでしょうね。
三井 そうですね。あと、逃してしまったという印象が強いのは、このオフに退団した広島のクリス・ジョンソン。彼もマイコラスと同時期に調査をしていたのですが、マイコラス以上に球が遅く、コントロールの悪さも目について断念しました。

ただ、彼も日本の環境にうまく適応して、沢村賞まで獲りましたから。悔しいですが、彼を信じて日本に連れてきた広島はさすがだなと思います。そしてソフトバンクのリック・バンデンハーク。彼については、掘り出しものというよりは一目見れば誰でも欲しいと思わせる三振を奪う力を発揮していました。マネーゲームの結果逃したかたちなので仕方がないと割り切っています。

——ディクソン、ジョンソン、バンデンハークと見事に身長190センチ超えですね。
三井 身長が低くても活躍できる投手もいるのでしょうが、日本においては身長が大きなアドバンテージになっているのは間違いないような気がします。獲得した外国人投手を活躍させられるかは、そのシーズンの行方に直結します。

ですから、各球団の編成担当者によるオフシーズンの争奪戦はペナントレースにも負けないくらい重要なものです。最近は外国人選手がメジャーやマイナー、もしくはその他のリーグでどんなプレーをしていたかの情報がインターネット上に多く出回っています。

それを見て、家のなかで自らスカウティングをしながら開幕を待つのも、新たな野球の楽しみ方としておすすめしたいですね。

構成/岩川悟(合同会社スリップストリーム) 取材・文/秋山健一郎 写真/石塚雅人