ポルシェの電気自動車(EV)は、はたしてポルシェの味がするのか。ファンはもちろんのこと、少しでもクルマに興味がある人であれば気になるところだろう。同社初の量産型フルEV「タイカン」に東京で試乗する機会を得たので、その速さと乗り味を存分に味わってきた。
新旧ポルシェが共存する内外装
ポルシェ初の量産型フルEV(電気自動車)として2019年にデビューした4ドアスポーツセダン「タイカン」。上から「ターボS」「ターボ」「4S」の3グレード構成で、今回は4Sに乗った。
タイカンはEVなので、「ターボ」といってもタービンを装着しているわけではない。グレードによって異なる主な部分はパワーソースとなるモーターの出力だ。ただ、ベーシックモデルの位置づけとなる4Sであるとはいえ、前後アクスルに搭載するモーターは最高出力530PS(390kW、ローンチコントロール時)、最大トルク640Nm(同)と“超”がつくほど強力。ターボSは761PS、1,050Nmともはや異次元だ。
バルカノグレーメタリック(オプション)のボディカラーをまとった試乗車のタイカン 4S。全長4,963mm、全幅1,966mm、全高1,379mm、ホイールベース2,900mmのボディは見るからに長く、幅広く、そして低い。フルEVは大量のバッテリーを床下に敷き詰める設計になることが多いので、その搭載が容易なSUVのスタイルをとりがちなのだが、4ドアセダンとしてこの低さを実現し、市販モデルとして登場させたのは「さすがポルシェ」というところか。
さらにエクステリアを眺めると、ポルシェのDNAをさまざまな部分から感じることができる。
4つ目のLEDヘッドライトと、それに一体化した縦長のスリットを持つフロント部は、2015年からルマンで3連勝を飾ったレーシングカー「919 ハイブリッド」をベースとする幻のハイパーカー「919 ストリート」を思い出させる。このクルマが最先端のポルシェであることをはっきりと感じさせるデザインだ。一方で、低いボンネットの左右に盛り上がるフロントフェンダーや、4ドアながら後方に向けて落ち込んでいくルーフラインなどは、空冷時代からの911を引き継いだアイコニックな造形となっている。リアに回るとエキゾーストパイプこそ付いていないものの、立体デザインのポルシェロゴを装着したその姿が、最新のポルシェEVモデルであることを後ろのクルマに見せつけることになる。
インテリアも新旧ポルシェの共演だ。水平基調のダッシュボードや眼前の丸型3連メーター、ハイバックのフロントシートなどは911から引き継ぐ伝統のスタイル。一方で、16.8インチの湾曲したメーターパネル、センターパネル、コンソールパネル、パッセンジャーディスプレー(オプション)で構成する4枚の液晶は全てがタッチスクリーンで、さまざまな情報を瞬時に可視化してくれる最新のアイテムだ。
レザーのホールド感がすばらしいトリュフブラウンカラーのドライバーズシートに身体を納めると、投げ出した足先の正しい位置にオルガン式のペダルが配置されていた。これはまさに、911と同じドライビングポジションであることに気がつく。2座のデザインが施された後席に移ると、足元の床が前席より一段低くなっていて、上下左右方向に随分と余裕があった。ポルシェではこれを「フットガレージ」と呼んでいるそうで、その部分だけはバッテリーを敷かず、床面を下げたのだという。この工夫により、ルーフが後方に向かって下がるラインでありながら、後席の乗員が窮屈な思いをすることはない。後席の頭上まで広がるパノラミックガラスサンルーフ(オプション、26.8万円)により、後ろに乗っても車内が明るいのも嬉しいポイントだ。
モーター走行でもポルシェはポルシェ
タイカン 4Sは前後に計2基の永久磁石シンクロナスモーターを搭載し、4輪を駆動する。出力は最高435PS(320kW)で、オーバーブースト(ローンチコントロール)時は530PS(390kW)、最大トルク640Nmを発生。トランスミッションはフロント1速、リア2速と独特だ。パフォーマンスはゼロヒャク加速(停止状態から時速100キロまで加速するのに要する時間)4.0秒、同160キロ8.5秒、同200キロ12.9秒。時速80キロから120キロへの加速は2.3秒、最高速度は時速250キロとなっている。
航続距離は4Sの標準バッテリー(総容量79.2kWh)で333~407キロとの説明。試乗車がオプション(108.6万円)で搭載していたパフォーマンスバッテリープラス(93.4kWh)なら、タイカンシリーズで最長の463キロとなり、最高出力も571PSまでアップする。
ガソリンエンジン車と同じで走り出すにはシフトを「ドライブ」(D)に入れるのだが、センタートンネル上にシフトレバーはない。ステアリングコラム左側に生えた長さ5センチほどの小さなセレクターレバーでシフトを操作する仕組みになっているのだ。下側にコクリと下げれば「D」、上に上げれば「R」に入る。
無音で走り出すタイカン 4S。ボディの剛性が高いことにはすぐに気が付いた。それも、半端ではない堅固さだ。原宿の裏通りで荒れた路面を通過しても、大きくて重い(空車重量2,140キロ)ボディはミシリともいわない。段差を乗り越える際は、アダプティブエアサスペンションがしっかりと働いてフラットライドを保ってくれる。その印象は、スピードを上げてみても全く変わらなかった。試乗車は標準より2インチも大きな21インチサイズの超扁平タイヤ(ピレリPゼロ、オプション)を装着していた。それにもかかわらず、ここまでしっかりとした走りが味わえたのには驚いた。
前方が開いてアクセルペダルを踏みこむと、はるか先を走っていたはずのクルマに一瞬で追いつくほどの加速を見せてくれる。ブレーキは踏んだ分だけ効いて、きちんとコントロールできる。交差点では鼻先がすぐに行きたい方向を向いてくれるし、姿勢の乱れは全くない。あらゆる方向への移動スピードはとんでもなく速いのに、4つのタイヤが路面をがっちりとつかんでいて、破綻するような雰囲気が全然ないのだ。
EVといえば、回生ブレーキの強さ(アクセルペダルから足を離したときの減速の具合)をドライバーが選べるモデルが多いが、タイカンでも選択可能だ。調整はパドルシフトではなく、左ステアリンススポークにあるボタンで行う。選べるのは「オン」「オフ」「オート」だ。回生とメカニカルブレーキの割合はそこで変わっているはずなのだが、ワンペダルのような走りを意図的に提供しようとしていないのもポルシェらしいところ。クルマを減速させたり止めたりする際には、ブレーキコントロールにチキンと比例するように踏力を使いましょう。そんなメッセージが伝わってくる。
更なる高みを目指すなら「ターボ」や「ターボS」を選ぶという手もあるけれど、そちらは“仮想敵”であるテスラ「モデルS」への対策として存在するクルマなのではないだろうか。普段使い(それも、相当レベルの高い)なら、4Sで十分以上の満足感が得られると思う。
試乗後に話を聞いたポルシェジャパンのミヒャエル・キルシュ社長は「私は本当にクルマが大好きで、ガソリンの匂いやポルシェエンジンの音にはいつもしびれてしまうのですが、タイカンに乗って、その考えが少し変わってきました」と切り出した。「低重心によるコーナリングやすばらしい加速感など、ワクワクするものがたくさんあるので、エンジン音がなくても良くなってきたのです」というのだ。ポルシェの電動化は始まったばかりだが、そのスタートダッシュに先行車も肝を冷やすのではないだろうか。