大まかな世界観と、舞台上で起こるいくつかの出来事が決められているのみで、出演者のキャラクターもセリフも、全てアドリブで紡がれる舞台劇『AD-LIVE』。2008年に前身となる『鈴村健一の超人タイツ ジャイアント 微妙にスケジュールがあいませんでした~SAKURAI~/~IWATA~』を実施、2014年以降は『AD-LIVE』というタイトルで毎年新たなテーマで開催されており、本会場での公演のほか全国や海外の劇場でライブ・ビューイングも実施されている。
そんな『AD-LIVE』が2020年にチャレンジしたのは、初のライブ配信。新型コロナウイルスの感染が拡大するなか、オンラインでの展開をすることとなった。、そこに至るまで、そして開催が決まってからも、さまざまな葛藤や苦労があったという。今回は『AD-LIVE』の出演者であり、総合プロデューサーも務める声優の鈴村健一のインタビューが到着した。
●『AD-LIVE』をエンターテイメントとして成立させるために必要なこと
――今回の『AD-LIVE』は、初のライブ配信での開催となりました。
2020年が始まったころは、新型コロナウイルスがどれほど業界に影響を及ぼすのか、まだあまり予測できていませんでした。『AD-LIVE』は、前年の公演が終わったらすぐ次の公演の準備に取りかかっています。2020年も例に洩れず、年始には「豪華客船から脱出する」という案は固まっていました。SCRAPさんと組んでやることも同じくらいの時には決まっていたと思います。
――そうして準備を進めていた時に、予想していない出来事が起きてしまった。
準備していた時は「いつも通りやれるだろう」と思っていたんです。外出自粛していた4月・5月も「9月頃には収まるだろう」と思い、制作を進めていました。ただ、7月末くらいに世間の情勢を見て、本格的にこれは別のことをやらなきゃいけないと思うようになり、そこで、配信にシフトすることを決めました。配信で行うことは本当に想定外のことだったんです。だから、まずは今の状況で『AD-LIVE』というコンテンツが、エンターテイメントとして成立するにはどうしたらいいのか考えました。
――なるほど。
議論していた当時は、会場の50%くらいのキャパシティでかつ発声しなければ、お客さんを入れた形で開催できるかも、という話になっていたんです。しかし、『AD-LIVE』は基本的にお客さんにリアクションしていただきたい舞台劇なんです。だから、お客さんに来ていただいているにも関わらず、「黙っててください」というのは、エンターテイメントとして成立しないと思って。もちろん、静かに見るライブや映画のようなエンターテイメントも存在します。ただ、『AD-LIVE』に関しては大いにお客さんにリアクションをしていただきたいんです。僕が今回一番大事にしたのは、「AD-LIVEらしい」ということ。それを守るために、ライブ配信という形にしました。
●「仕方ない」ばかりだと物事は劣化してしまう
――『AD-LIVE』においては、「お客さんにリアクションしていただく」ことを大事にしている鈴村さん。今回、中止ではなく、お客さんが目の前にいないライブ配信での実施を判断出来た理由はなんでしょうか?
これには色々な要因が絡んできますね。まず、イベントを配信で行うというスタイルが、少なくともこれから1年は表現のスタンダードになるだろうと思い、僕もチャレンジしなければいけない、目を背けてはいけないと感じたこと。当然、お客さんが目の前にいる形で舞台劇をやりたいとは思いますが、今は気持ちをシフトさせて、別のチャレンジをしなければいけないと思ったんです。もう一つは、実は以前にも映像で見ていただくスタイルの『AD-LIVE』を検討したことがあったから。そのための検証や、シミュレーション、収録場所の選定もして下見まで行きましたが、結局は「今じゃない」と思い、凍結させた歴史があるんです。
――そんな過去があったとは……。
だから、不測の事態ではありましたが、今なら映像で届ける『AD-LIVE』ができるかもしれないと、思い至ったんです。それから、スタッフに「映像で届ける場合、どうやったら面白く見せられるか考えて欲しい」、「僕はチャレンジしたい」ということを伝えました。僕は可能性があるものはやるべきだと思うんです。『AD-LIVE』を映像配信で行うことは可能性があるもので、楽しくやれるとも感じました。世の中がこういう状況なので、誰もがどうしても悲観的になりがちだと思います。ただ、そういうネガティブな感情のままだと「仕方ないから代替案で」と考えてしまうし、「しやすい」ものに流れる世界になってしまうんですよね。とはいえ、何も挑戦しないままでいると、物事は劣化してしまいますから。それは避けないといけないと思いました。
――「未曾有の事態だから仕方ないよね」で終わらせると、先に進めない。
そうだと思います。でも『AD-LIVE』って実は毎年大ピンチなことも多いんですよ(笑)。スタッフから「予算ないから想定している舞台装置を作れません」って言われることもあります。そう考えると、今回は「人が集められない。それなら、どうする?」というアイデアを出すだけ。モノを作ることは、基本的にピンチの連続。それをいかに脱却するかが大切だと思うんです。
――『AD-LIVE』が毎年新しいテーマや構造で生み出されている理由が分かった気がします。そうして作り上げていった『AD-LIVE 2020』。鈴村さんは9月12日に高木渉さんとステージに立たれています。演者・プロデューサーの両目線から、改めて感想をおうかがいできればと思います。
演者目線で言うと、とにかく面白かったですね。お芝居をしながら謎を解いていくのは楽しく、『AD-LIVE』とは相性がいいなと思いました。長年『AD-LIVE』をやっていますが、出演時間の体感が一番短く感じましたね。間延びすることが全くなく、内容がぎっしり詰まっていたと思います。
プロデューサーの目線で言うと、スタッフたちへの信頼がさらに強固なものとなりました。今回、僕が出演したのは『AD-LIVE 2020』の中では3日目で、その前に4公演終わっている状態だったんです。今回は「謎解き」のネタバレ防止のために、公演初日の準備にすら立ち会っていません。これって初めての事なんですよ。事前の段階で、演出の川尻恵太さんやスタッフに「こうして欲しい」ということを伝えたことはありますが、「鈴村さんならこうする」という意図を組んで現状の形になったと感じました。僕のDNAは確実にスタッフに浸透してるということが分かり、何だかとても嬉しくなりました。本当に、スタッフ皆さんのことを愛してやまないです。こうなったら、僕はもう何もしなくていい可能性すら出てきました(笑)。
――今後、そういう『AD-LIVE』が見られる可能性も……?
スピンオフなどで、僕が知らないところで完成する「AD-LIVE」があってもいいかもしれません。