先進機能の充実ぶり、ノスタルジックでありながら近未来的でもあるデザイン、日本への台数割り当ての少なさなど、さまざまな面で話題となっているホンダの電気自動車(EV)「ホンダe」。クルマとして、あるいはEVとして、肝心の乗り味はどうなのだろうか。試乗して確かめた。

  • ホンダの電気自動車「ホンダe」

    話題の電気自動車「ホンダe」。肝心の乗り味を乗って確かめた

ファン待望の1台? ホンダ独創のEV感覚

「ホンダe」にはベースグレードと上級グレードがある。今回試乗したのは上級の「ホンダe アドバンス」だ。2車種の動力性能は同じだが、装備には差がある。追加装備分の重量が増えるため、車両重量はアドバンスのほうが重い。タイヤ寸法も違うので、フル充電での走行距離(WLTCモード)はベースグレードで283キロ、アドバンスでは259キロとなる。

アドバンスの追加装備はマルチビューカメラシステム(車両周囲の映像をナビゲーション画面に映し出す)、自動駐車機能「パーキングパイロット」、100V交流電源、センターカメラミラーシステム(カメラ画像を使ったルームミラー)、フロントガラスの凍結を防止するフロントガラスデアイサー、ベースグレードより扁平な17インチ径タイヤなどだ。

ホンダeでは通常のキーのほか、自分のスマートフォンをキー代わりに使える。必要なのは、「Honda リモート操作」という専用アプリケーションだ。このアプリを使えば、イグニッション・オンまでスマホ1つで可能となる。これは国産車で初となる機能だ。「NSX」や「レジェンド」などでも使われているスイッチ式のシフトで「D」を押すと、ホンダeの走行準備は整う。

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    「ホンダe」の価格は451万円、「ホンダe アドバンス」は491万円だ

アクセルペダルを踏みこむと、軽やかに動き出した。車両重量が1.5トン強ということで、昨今の重いSUVに乗りなれていると、この軽やかさが心も晴れやかにしてくれる。

ホンダeの最小回転半径は、軽自動車よりも小さい4.3mだ。これにより、小柄なクルマを運転しているという感じはさらに高まる。ホンダは都会での日常使いを最優先にホンダeを開発したというが、納得だ。

後輪駆動(RR)の採用などにより、前後重量配分が完全な50:50(前770キロ/後770キロ)となっていることも、動きの素直さとともに、「人馬一体」のような手の内感覚をもたらしている。後輪駆動なので、加速には後ろから押されるような感覚があり、ホンダ車として新鮮だ。それらすべてが、ほかのEVとは違う何かを思わせる。ホンダ独創のEV感覚といえそうだ。

開発者の1人は、25年前にライトウェイトスポーツカーをEVに改良し、後輪駆動EVの嬉しさを体感したことがあったそうで、それをホンダで実現したかったという話を聞かせてくれた。その夢が今回、実現したのである。

モーターによる発進は滑らかで、その後の加速も変速ショックがなく、力強く速度を上げていく。しかし、それであるからこそ、EVとなれば、どのメーカーが作ったクルマでもフィーリングが同じになってしまうのではないかと考えられがちだ。しかし、開発者の思いと具体的な性能目標が明確であれば、ホンダeのように、他ではなかなか経験できない乗り味を実現できるのである。

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    ホンダ初の乗用車は軽自動車の「N360」だが、昭和40年代の日本の町を駆け回ったあのクルマが「ホンダe」で蘇ったようだ

ホンダeはすでに当初の受注台数に達し、現在は受注を止めているが、ホンダ本社には販売店から「もっと配車して欲しい」との要望が届いているという。試乗したのはわずかな時間だったが、以上のようなホンダらしさ、あるいはホンダ独創のEV感覚を味わえるクルマであることを実感できた。これなら、多くのホンダファンが欲しがるに違いない。

「エンジン車じゃないとつまらない」とか、「航続可能距離が短いから使い物にならない」などと考える人が、あえてEVに乗る必要はない。しかしホンダファンは、そういうことではなく、「ホンダらしいホンダ車に乗りたい」と思っているはずだ。ホンダeは間違いなく、そんな願いをかなえるクルマの1台であるといえる。

ホンダはホンダeの国内販売を年間1,000台としているが、これは少なすぎる。リチウムイオンバッテリーの増産に向けて、今こそ力を注ぐべきだろう。この先、クルマの電動化が進んでいくのは確実なので、生産ライン増強への投資は無駄にならないはずだ。

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    「ホンダe」の発売日は10月30日だが、初期ロットの数百台はすでに売り切れ状態で、現在は受注を停止している

ただ、気になった点もある。カメラとモニターを用いた「サイドカメラミラーシステム」についてだ。

従来のサイドミラーの代わりにカメラを使用し、その映像をモニターに映し出して車両の左右後方を確認するシステムが、ホンダeでは車種を問わず標準装備となる。モニターは、ダッシュボードに並ぶパネル左右両端に設置されている。サイドミラーをカメラに置き換える手法は、レクサス「ES」などでも実用化されているものだ。

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    「ホンダe」はサイドミラーの代わりにカメラを装備。映像は車内のモニター(ダッシュボードに並ぶ5枚のパネルの両端)で確認できる

カメラとモニターを用いたルームミラーにもいえることだが、この機能には、天候や昼夜を問わず後方の物を見分けやすいという利点がある一方で、距離感や何かが接近してくる様子(例えば、他車との速度差)を瞬時には判別しにくいという難点がある。鏡ではなく映像であることにより、映るもの全てが鮮明に見えてしまうため、注意すべき優先順位を判断しにくいことから、目や脳を疲れさせやすいのではないかとも思う。前方を見て運転しているときも、視界の端に常に画面があるので、鬱陶しかったり気掛かりであったりし、落ち着いて運転しにくい印象も受ける。ESでは、すれ違った対向車の後ろ姿が鮮明に映り、ハッとさせられたこともある。

人間は無意識のうちに、必要な情報と不必要な情報とを状況に応じて脳で判断しているのではないだろうか。鏡を使ったサイドミラーやルームミラーは、虚像とはいえ実際の物を映しているので、脳は当面、不必要なものを排除しているものと考えられる。ところが、映像となると全てが鮮明で、取捨選択がしにくくなるように思えるのだ。映像の鮮明さは、すれ違った対向車の後ろ姿も明確に映し出す。対向車の後ろ姿はもはや不要な情報であるにもかかわらず、運転者の目に入ってしまう。

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    車両の左右後方を鮮明に映し出す車内のモニター。全てが鮮明で、鏡とは見え方が異なる

アウディのEV「e-tron」もサイドミラーはカメラだが、モニターをドアの内側に設置することにより、前方を見ている通常時には、映像が運転者の視界に入らないようにしている。

かつて、スウェーデンのサーブは「ブラックメーター」という機能を採用していた。これは、運転者に(その時点で)不必要な情報をメーターから消すというものだった。考えてみると、クルマの運転というのはそれ自体が神経を使う行為であり、余計な情報は疲れにつながり、判断を狂わせたり、遅らせたりする危険性をはらむものなのだ。

ホンダeに新機能を盛り込んだこと自体は、「挑戦」を重視するホンダらしい取り組みだ。ただ、使い勝手には改良の余地がある。

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    「ホンダe」は挑戦することを重視するホンダらしいEVだが、使い勝手には改良の余地がありそうだ

EVを「作れること」と「売れること」は違う。それでも、ホンダはEVを市販することでさまざまなことを学んだはずだ。機能面ではカメラ式ミラーの利点と弱点などを実体験し、消費者から意見を聞くこともできれば、今後はさらなる改良が進むに違いない。販売店からの要望にまつわる販売台数の件もしかりだ。

走行距離の割り切りを含め、ホンダeは挑戦する姿にあふれている。ホンダファンなら見逃せない1台である。