• THE BACK HORN

実際に香弥と異世界にいるチカとのキスシーンは、「官能的」というよりは、崇高な美しさを放つエモーショナルなラブシーンとなった。

「他社の担当さんから『性癖が詰まりすぎていてつらい』と言われました(笑)。そのシーンは原稿用紙13枚分を使いましたが、時が過ぎて、大人になった香弥のキスシーンを描く時は、1行で済ませています(笑)。でも、人ってそういうものかなと。ただ、最初のキスシーンは、『ハナレバナレ』を聴くまでは考えてなかったんです。でも、『ハナレバナレ』にある『聴かせてよ君の物語を』という歌詞を聴いた時、この曲に合う雰囲気のシーンを作りたいと思い、そこを描くことにしました」

読んでいて胸が高まるこのシーンは、いくつかあるこの小説のハイライトとなった。今回の特殊なケースはさておき、住野氏は小説を書き始める段階で、起承転結やオチを想定したプロットを作ってから執筆するタイプなのだろうかと尋ねると「決まっている方が多いです」とのこと。

「オチだけではなく、自分が一番書きたい部分があり、そこをいかにしてテンションの頂点に持っていくかを、考えながら書いていきます。例えば、『キミスイ』なら、『君はさ、本当に死ぬの?』『死ぬよ』というくだりとか、実写版の予告編でも使われていますが、そのシーンをいかにして盛り上げるかを考えていきました。『青くて痛くて脆い』もそういう書き方でした」

ところが、今回はTHE BACK HORNとの共作だから、そうはいかなかった。「言うなれば、THE BACK HORNさんがチェックポイントをポンと置いてくれるんです。僕はそこをどう通過すればいいのかと考えながら書いていったので、すごく難しかったです」

住野氏は、その作業を積み木にたとえる。「お互いに1個ずつ、積み木を積んでいくんですが、相手の持っている積み木の形も大きさもわからない。だから、相手が積み木を積んだ時、『そこに置く!?』と驚かされることもありましたし、そのバランスについても『ああ、そういう形になっていくんだ!』と、毎回新鮮に思っていました」。

なかでも、一番、受け取って驚いたのが、「君を隠してあげよう」という曲だった。「これは、香弥でもチカでもない登場人物の人生を歌ったものでした。作詞作曲は菅波栄純さんですが、突然の小説のスピンオフなんです。僕はデビューして5年が経ちましたが、登場人物たちは、会ったことがないだけで、きっとこの世界のどこかで生きているとずっと思っていて、この曲を聴いた時、そのことを改めて実感した次第です」

そして、「君を隠してあげよう」に呼応するように、住野氏も小説内である設定を仕掛けた。「後半に、バンドマンの登場人物が出てきます。僕はその子にもちゃんとした人生があるはずだと思い、本来で描かれないはずの部分でしたが、その子がTHE BACK HORNのマネージャーさんに見いだされてメジャーデビューをしたという設定を書くことにした。それで急遽、THE BACK HORNのスタッフさんの名前を文中に出したんです。まさにこの小説は、自分1人で作ったものじゃないという感じがしました」

このコラボレーションについて、THE BACK HORNも「一緒に旅に出る感覚だった」という感想を述べたそうだが、大いに納得。

「最終的な着地点は、僕1人では決してたどり着けなかったところでした。そのせいか、小説の連載時に、最終原稿を送ったら、担当さんの1人から『これは、ぜひ住野さんに読んでほしい』と言われました。もちろん、書いているのは僕本人ですが、自分自身が読みたいと思ったものが、THE BACK HORNさんの力を借りて完成できたという意味だったのかなと。それを言ってくれたのが、5年間、お付き合いのある担当さんだったので、とてもうれしくて。THE BACK HORNさんには感謝しかないです」