東京・麻布十番のラグジュアリーなレストラン「Courage」(クラージュ)。新型コロナウイルスの影響で客足が減っている中、店舗継続のため開発した食パン「Courage bread」が話題となっています。
3日前予約必須にもかかわらず、連日完売する人気となっている理由の一つは、"お酒に合う夜の食パン"というコンセプトの面白さ。"夜のパン"とはどんな商品なのか、料理のテイクアウトではなくパンの販売を始めた理由とは? オーナーの相澤ジーノさんに伺いました。
コロナ禍だからこそ生まれた、"非現実"を演出する食パン
2018年のオープン以来、イタリアンやフレンチをベースにしたモダン創作料理をコース1本で提供してきた「Courage」(以下、クラージュ)。パンの専門店ではない同店が、なぜパンを販売することになったのか、その背景には新型コロナウイルスの影響がありました。
「緊急事態宣言の発令以降、予約のキャンセルが相次ぐ状況の中で、これまでの"レストランってこうあるべき"という考えでいては、この店はダメになると思いました。バブル崩壊、リーマンショック、いろいろな時代の浮き沈みを見てきましたが、今回は次元が違う。これからはコース1本ではなく、もう少し気軽に、カジュアルに楽しめるお店にしようと始めた取り組みの1つが、食パンづくりです」。
同店を開く前は、人気レストラン「イル テアトリーノ ダ サローネ」や小山薫堂氏率いる「下鴨茶寮」など、錚々たる名店でサービスを取り仕切ってきた相澤さん。これまでの経験も一切フラットにして、新しいお店作りの一環として始めたのが、パン作りだったといいます。
「パン作りに関して我々は素人。素人が中途半端に作ったものを提供するわけにはいかないと、コース料理でもパンを出さないほどだったのですが、たまたま従業員のご実家がパン屋さんということが分かって……素人じゃないのが目の前にいたじゃないかと(笑)もともと僕自身、パンは好きだったので、彼のご実家の工房でいろいろなパンを試作してもらって、一番おいしいと思ったのが黒豆入りの食パンでした」。
世間は今、空前の高級食パンブーム。食パンの中でも"夜のパン"というコンセプトにこだわられたのは、なぜなのでしょうか。
「僕、バブルもかじっているので、深夜の高層マンションで仕事を終え、一息ついてシャンパンと共にパンを食べる、バブル期のビジネスマンをイメージしてパンを作ったんですよ。漫画みたいな世界だけど、レストランってそういう"非現実"を売っているんです。朝食べる食パンって"ザ・現実"でしょ。だから、一般的な食パンは売りたくなかったし、もっと言うと、そういう理由でお料理のテイクアウトも一切やっていません」。
-
発酵に1日、焼き上げてから6~8時間休ませた後、お客さまに届けているという「Courage bread」。料理の提供と並行して、お店のオーブンで作業していることもあり、1日20本が限界なのだとか。お食事をされたお客さまのおみやげとしても重宝されているそう
オーガニック小麦、天然酵母、国産黒豆、和三盆……深夜に食べることを考えて、食材は原価度外視で自然由来のものを厳選したそう。
バターも生クリームも控えめに、豆乳を使ったという食パンは、今流行りの一般的な高級食パンとは異なり、びっくりするほどずっしりと重いのが特徴。
でも見た目からは想像できないほど、中はもっちりやわらかく、小麦粉の味と香りがしっかりして、不思議とどこか懐かしい。そして本当に、赤ワインと良く合います。
「黒豆が入っているので、黒ブドウで造られたブラン・ド・ノワール(シャンパン)や、赤ワインとのマリアージュがおすすめです。切って冷凍しておき、解凍せずにそのまま焼けば、周りはカリカリ、中はふわふわな状態でお召し上がりいただけます」。
誰でも手軽に、おいしく焼き上げられる食パンを、深夜でも安心して楽しんでもらいたい……そんな配慮と工夫が込められた一品なのです。
大変な状況でも、幸せオーラの絶えない店に
パン作りのほかに、高級レストランとしては異例ともいえる、クラウドファンディングにも挑戦された相澤さん。初めは抵抗があったそうですが、今はやってみてよかったと、心から思えているといいます。
「僕らって売り上げが下がること以上に、お客さまがお店にいらっしゃらないことが悲しいんです。お客さまに打ち捨てられてしまったのではないか、必要のない場所になってしまったのではないか……そんな気持ちになるのがつらくて。それがクラウドファンディングをやってみたことで、たくさんの方が『大事なお店だから、とにかくがんばって』と応援してくださって、とても励みになりました」
なんでもやってみないとわからない、そう思った相澤さんは、現在、新しい取り組みも準備中です。
「コロナの影響でお店を閉めてしまったオーナーシェフに、場をお貸しできないかと思っています。場所はなくなってしまっても、オーナーさんには長年培ってきたお客さまがいるし、その方たちと会えないのがつらいはず。コロナが収束するまでの間、クラージュでお客さまをつなぎとめて、コロナが終息したら、自分でまたやればいい、そういうプラットフォームができないかって、今真剣に考えています」。
食パンをきっかけに新規の客も増え、メニューの幅も広がり、さらに8月には新しいシェフも迎えたクラージュ。最後に、相澤さんが考える、コロナ禍のレストランのあるべき姿とは?
「緊急事態宣言中でも、お客さまがゼロになる日はありませんでした。こういう方たちがいる限り、絶対に店を続けないといけない。人と会って食事するのがリスクになった時代に、リスクになってまで会いたい、大事な方と会う場所として、クラージュを選んでいただけるようになろう。そういうお店が最後にはきっと残る、そう信じてがんばろうと思っています」。
「とにかくお店って幸せオーラがないと嫌なんです。だから自分たちだけでなく、お店を訪れてくださったお客さまや、これから一緒にお取り組みするかもしれないオーナーさんにも幸せになってもらいたい。とにかくここに来ればうまくいく、それが僕にとってのレストランです」
クラージュは、大きな商談が決まったり、通うお客さまが出世したり、"上がるレストラン"としても有名なお店なんだとか。
"非現実"の楽しみと、幸福をもたらしてくれる夜のパン。あなたもぜひ、味わってみては?
●Information
「Courage」
住所: 東京都港区麻布十番2-7-14
アクセス: 麻布十番駅 徒歩5分
営業時間: 12~15時、17時半~24時
定休日: 日曜日
☆「Courage bread」(2斤/税込1,650円)は3日前までの予約制。毎週火曜日~土曜日、12~20時の店頭渡し。