韓国の通商産業資源部(日本の経済産業省に相当)は6月2日、韓国政府が2019年11月22日に暫定停止していた日本の半導体およびディスプレイ素材3品目に対する輸出管理の厳格化に対するWTOへの紛争解決手続きを再開することを決定したことを明らかにした。

  • 韓国通商産業資源部

    6月2日、記者会見を行った韓国通商産業資源部の羅承植(ナ・スンシク)貿易投資室長 (出所:韓国通商産業資源部Webサイト・フォトニュース)

日本政府は2019年7月、半導体・ディスプレイ製造に必要な素材であるEUVリソグラフィ用フォトレジスト、高純度フッ化水素(液体およびガス)、およびフッ化ポリイミドの3品目を一般包括許可対象から一件ごとに厳格審査する個別許可対象に変更することを発表。その後、日本政府は韓国をいわゆるホワイト国(2020年現在はグループA国)からも除外する措置を行った。

これに対して、韓国政府は日本の輸出管理の厳格化は不当として2019年9月、WTOに提訴したものの、同年11月、日韓軍事情報包括保護協定(GSOMIA)絡みでWTOへの提訴手続きを中止していた。

日本政府は輸出管理厳格化の理由として次の3点をあげていた。

  • 3年ほど日韓両政府による政策対話が中断したままである
  • 通常兵器キャッチオール規制が未整備である
  • 輸出管理体制が脆弱である

これに対して、韓国政府は、貿易管理に関する改正法が施行されることや「貿易安保政策官」(局長クラス)のポストを新設し担当者を増員したことなどを挙げ、日本側が求める貿易管理の体制強化に必要な対応はすべてとったとして、日本政府に対し、措置の見直しに向けた具体的な立場を、5月31日までに明らかにするよう求めていたが、日本政府からは期待した回答がなかったとして、引き続き、日本政府との対話は継続していく一方で、WTO提訴手続きの再開を決めたと通商産業資源部の羅承植(ナ・スンシク) 貿易投資室長は説明している。

素材3品目の調達に困らなくなったのに、なぜ韓国はWTOに提訴をするのか?

経済産業省が半導体およびディスプレイ素材3品目の対韓輸出管理強化を発表してからまもなく1年が経過する。この間、韓国で素材調達に関して何が起こったか簡単に振り返って見よう。

2019年7月以降、SKC、SK Materials、Soulbrain、Colon Industryはじめいくつもの韓国素材メーカーは、韓国政府の支援を得て、高純度フッ化水素やフッ化ポリイミドの国産化に成功したことを発表している。EUVレジストについても、JSRとベルギーimecの合弁でASMLとも協業を進めるベルギーの先端レジストメーカー「EUV Resist Manufacturing & Qualification Center」から輸入するとともに、米国の大手化学メーカーDuPontの韓国誘致にも成功したとしている。

こうした動きを見るに、素材調達に困らなくなったのであるのであれば、韓国政府はなぜ執拗に日本政府に輸出管理強化の撤回を求め、さらにはWTOに提訴までしようというのか、多くの日本人は疑問に感じるだろう。

事実、6月2日の韓国通商産業資源部の発表でも「輸出管理厳格化当初は3品目の需給が厳しかったが、現在の需給は安定している。韓国の被害の立証に不利になるのではないか」という質問が出た。これに対して、羅貿易投資室長は「日本の措置の違法性を客観的に立証し、さらには輸出許可制度の乱用防止、似たような措置の予防にも効果的だと考えている。また、紛争の過程で日本の措置の不当性に対して国際的な共感を得られるよう期待している」と答えている。「身を捨てて実を取る」ようなことはせず儒教の影響で体面を最重視する韓国の国民性を反映した回答のように見える。文政権のメンツを保つことに腐心せねばならぬ国内事情もあるのだろう。

輸出管理強化がブーメランに、影響を受ける日本企業たち

日本政府の対韓輸出管理強化でもっとも被害を被ったのは、韓国企業ではなく、大阪に拠点を置くフッ化水素系薬液専業の森田化学やステラケミファといった日本企業の可能性がある。両社は2019年7月以来、長期に渡って韓国への製品輸出ができず業績が目に見えて悪化する事態に陥っている。新たに要求された複雑な輸出申請書類を整えるのにも大変な労力を要したため、すぐには申請ができなかったという。

一方、韓国の大手半導体・ディスプレイメーカーは、サプライチェーンの国内完結をめざして、素材や装置を韓国で製造するように海外企業に要請しており、韓国政府や地方自治体も外資系企業の誘致を推進している。

フジキン、ローツェ、ADEKA(旧 旭電化工業)、東ソー、太陽ホールディング、東京応化、はじめ多数の日本企業もそれに応じて、韓国に工場進出したり、既存工場の拡張・増産を行っている。国内最大手の半導体製造装置メーカーである東京エレクトロンも、韓国における装置開発拠点である「東京エレクトロン韓国技術センター(TEL Technology Center Korea:TTKC)」をSamsung城華事業所のある京畿道華城市内に設置していたが、それに加えて、2020年に入り、Samsung平沢事業所の隣接地に新たに「平沢技術支援センター(Pyeontaek Technology Support Center:PTSC)」を開設した。竣工したばかりの床面積7025m2の建屋で働く従業員は最終的に400名まで拡充される予定だという。このように、日本の製造業の韓国進出は今後もますます進むものと考えられる。韓国に工場進出した企業の経営者の1人は「韓国内に製造・サービス拠点を持って顧客の要求に直ぐに応えて現地から短納期で出荷できなければビジネスチャンスはつかめない」という。ましてや、昨今のような渡航禁止状態ではなおさらであるという。

さらには、韓国における日本製品の不買運動の結果、韓国との付き合いの浅いファッション業界だけではなく、自動車やカメラなどの業界も韓国からの撤退を余儀なくされるようになってきており、日本側の痛手が拡大しているようにも見え、単に日本の半導体関連産業の空洞化が進むというだけで済む話ではなくなってきていると言えるだろう。