ロッキード・マーティン社の公式アカウントによる2026年4月30日付のSNS投稿で、デニス・オーバーホルザー(Denys Overholser)氏の訃報を知った。4月28日に亡くなったとのことで、享年86歳。
一般にはあまり知られていない名前だが、F-117をはじめとするステルス機開発史を語るうえで欠かせない人物である。
そして同氏の仕事を振り返ると、「本来の目的を実現するために、組織は何を優先すべきか」という、現代の製品開発にも通じる問題が見えてくる。→連載「軍事とIT」のこれまでの回はこちらを参照
「絶望のダイヤモンド」はこうして生まれた
デニス・オーバーホルザー氏は、ロッキード(現ロッキード・マーティン)の先進開発部門 “スカンクワークス” に勤務していた技術者。テキサス育ちで、オレゴン州立大学で数学と電気工学の学位を取得した。その後、システム工学とオペレーションズ・リサーチの学位も取得した。
そしてボーイング社でミサイル関連計画に関わった後、1964年にスカンクワークスに移ってきたとのこと。この時代、コンピュータに詳しい航空技術者は珍しい存在だったという。数学に強いだけでなく、レーダーやレドームの専門家でもあった。
当時、スカンクワークスのボスを務めていたベン・リッチ氏の回想録によると、そのデニス・オーバーホルザー氏が「難解で退屈なために暇人しか読みこなせない論文」の話を持ってきたのが、発端であったという。「回折理論による鋭角面の電波の解析」というタイトルで、これを1962年に書いたのは、モスクワ工学大学のピョートル・ユフィムツェフ氏。
ややこしい話は抜きにして肝心な話だけを抜き出すと、この「暇人しか読みこなせない論文」に書かれている話を活用することで、飛行機のレーダー反射断面積(RCS : Radar Cross Section)をコンピュータで算出できますよという話である。
機体の外形を細かな三角形の集合体に置き換えて、個別にレーダー反射について計算する。それを合計すれば、機体全体のレーダー反射がわかる。そういう理屈になる。ただし、当時のコンピュータの能力なんて知れているから、その「細かな三角形」はまるで細かいものではなかった。よって、機体の外形は平面の集合体にならざるを得なかった。
ともあれ、この考え方を援用する形で、RCSを計算する「ECHO 1」というコンピュータ・プログラムが書かれた。そして1975年から実機の設計に取りかかったのだが、最初に出てきた案は四角錐を前後に引き延ばしたような形。「絶望のダイヤモンド」(hopeless diamond)と呼ばれた所以。
そして、「これがレーダーにどれぐらいのサイズで映るんだ」と聞かれたデニス・オーバーホルザー氏は「鷲の目玉ほどですよ」と答えたそうである。
なぜ技術者たちは猛反発したのか
と、ここまでの話は「ステルス機の開発ストーリー」みたいな話であれば頻出しているものであるし、筆者自身も書いた記憶がある。今回の記事の本題はそこではない。
その「ECHO 1」を活用して「レーダーに映らない飛行機」を作る段まで話が進んだときに、スカンクワークスで何が起こったか。ベン・リッチ氏が書き残したところによると、各分野の技術者の反発はものすごかったらしい。
それはそうだろうと思う。空気の流れの中を飛ぶ飛行機が平面の塊、という時点で、まず空力屋さんにとっては受け入れがたいものがある。実際、空力グループのボスを務めていた某氏は「デニスを火あぶりの刑に処して、まともなプロジェクトに戻れ」と言い出した、とベン・リッチ氏は書いている。
だいたい、この業界には「優れた飛行機は美しい」という言葉もある。一般的な美的センスからすれば、「ECHO 1」を活用して最初に作ったハブ・ブルーにしろ、そこからシニア・トレンド計画に発展して実用機として作られたF-117にしろ、一般的にいう美しさとは真逆のところにある。
個人的には、ハブ・ブルーやF-117も、これはこれで違った意味で好きだし面白いと思う。ただし、それは筆者がどちらかというと、新しがり屋のテクノロジーオタクだから、というのが大きい。閑話休題。
そして実機を製作する段になれば、平面のものをちゃんと平面のものとして作り、それを隙間や段差ができないように組み合わせなければいけないから、製造の現場も新たなチャレンジに直面することになった。となると製造現場から「こんなの、図面通りに作れるもんか」みたいな反発があっても不思議はなさそう。
そして実機が完成したら、今度は初飛行を担当するテストパイロットが「こんな奇っ怪なものを飛ばすのなら、危険手当を増額してくれ」と要求してきたそうである。気持ちはわかる。
本質的価値を見失わないということ
重要だったと思うのは、ハブ・ブルーやF-117Aの開発に際して「とにかくレーダーに映らない機体を作ることが最優先、他の分野はそれを実現するために協力しろ」という方針で押し通したこと。
つまり、「この機体が提供する本質的な価値、本来の目的・目標」を見失わず、それを実現することを最優先にして横槍を退けた。これこそ、開発責任者としてあるべき姿ではないか。と、これが本稿の本題である。
ハブ・ブルーを開発する過程で、ベン・リッチ氏は、文句をいってきた技術者に対してデニス・オーバーホルザー氏を引き合わせて、ステルス技術について説明させたそうだ。理解者を増やす努力である。
軍用機でも、その他の防衛装備品でも、あるいは民間向けの製品でも。最初は立派な理想を掲げていても、開発計画が進むにつれて各方面からいろいろと横槍が入ってくるものだ。そこで計画責任者が横槍を受け入れてしまった結果として、当初の志から離れたものが出来上がってしまった事例はいくつもあろう。
開発責任者の識見が問われるのは、そういうところではないだろうか。
もっとも、開発の現場がピリピリとしていたのは当然としても、ユーモアも忘れてはいなかったようだ。ある従業員が、「トップシークレット」の判を押したボウリングのボールを、ベン・リッチ氏のところに持ってきたことがあったという。「国防総省の建物をダイヤモンド型にしたときのレーダー電波反射率」という但し書きを添えて。
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナ4ビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、本連載「軍事とIT」の単行本第6弾『軍用通信 (わかりやすい防衛テクノロジー)』が刊行された。



