東京大学(東大)は5月7日、欧州原子核研究機構(CERN)の大型ハドロン衝突型加速器(LHC)を用いた国際共同のATLAS実験において、ヒッグス粒子同士が引き合う「自己相互作用(自己結合)」の強さについて、これまでで最も厳しい制限を与えることに成功したと発表した。
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ヒッグス粒子対生成の衝突イベント事象。一方が2つの光子に、もう一方がボトムクォーク対に崩壊している。ボトムクォークから発生した2つのジェットボソンは水色の円錐で、2つの光子は黄色いタワーで表されている。(出所:CERN Webサイト)
同成果は、日本人研究者も多くが参加する国際共同研究チームATLASコラボレーションによるもの。詳細は、素粒子物理・原子核物理・宇宙論などを扱う学術誌「Physics Letters B」に掲載された。
ヒッグス場は“海”に例えられ、そこから生じる“水しぶき”がヒッグス粒子に相当する。LHCで陽子同士を光速近くまで加速して衝突させることは、この海を激しく叩く行為に相当し、2012年には、その結果としてヒッグス粒子の検出に成功、約125GeVという大きな質量が確認された。
力を媒介するボソン(ボース粒子)のうち、光子やグルーオン(陽子や中性子内でクォークをつなぎ止める「強い力」を媒介)は、ヒッグス場と結合しないため質量を持たないが、ヒッグス粒子もボソンでありながら質量を持つ。これは、ヒッグス粒子自身が作る場と自己相互作用するためだ。この強さを明らかにすることは、宇宙誕生直後の進化や「真空」の安定性を理解する上で現代物理学の最重要課題の1つとされている。
研究チームは今回、この根源的な謎に迫るため、2つのヒッグス粒子が同時に生成される極めて希な現象に注目。一方が「2つの光子」に、もう一方が「ボトムクォーク対」に崩壊する、研究チームが「ゴールデン・チャンネル」と呼ぶ最も感度が高い崩壊モードを重点的に解析したという。
今回の研究では、LHCのRun2の全データ(2015~2018年)と、Run3の一部データ(2022~2024年)を組み合わせ、解析の統計精度の大幅な向上が図られた。これは、「300インバースフェムトバーン(fb-1)」を超える陽子・陽子衝突データに基づくATLAS実験初の成果であり、約3京回の衝突イベントに相当する。
ヒッグス粒子の対生成は、1兆回の陽子同士の衝突につき1回程度しか発生しないと予測されるほど極めて稀な現象だ。また、このゴールデン・チャンネルを模倣するバックグラウンド事象が多いためにシグナルの抽出は困難を極める。そこで今回は機械学習などの高度な解析技術を導入することで、これらノイズから崩壊シグナルの分離が行われた。
最新の解析技術とRun3データセットの一部により、観測されたシグナルを標準模型の予測で割った値である「シグナル強度」と2つの主要な相互作用のパラメータに対し、これまでで最も厳しい制限を与えることに成功したという。具体的には、標準模型の予測値で規格化したヒッグス粒子の自己相互作用の大きさを「-1.6~6.6」倍の範囲に、また2つのヒッグス粒子と2つのWボソン/Zボソンの相互作用する強さを「-0.5~2.6」倍の範囲に制限することに成功した。
今回の結果は、ゴールデン・チャンネルにおけるヒッグス粒子対生成プロセスの研究性能の向上を示すものとする。また、ビッグバン直後の宇宙の進化を理解する上で重要な鍵となる、ヒッグス粒子の「自己結合定数」の将来的な観測に向けた基盤が構築されたといえるとした。今後、Run3の全データの活用や、高輝度LHCへの回収を経て研究が加速されることで、標準模型を超える新物理の兆候が探究されていくことになるとしている。