長谷川博己主演のNHK大河ドラマ『麒麟がくる』(毎週日曜20:00~)は、若き明智光秀をはじめ、織田信長、斎藤道三、豊臣秀吉、徳川家康など、天下取りを目指す戦国武将たちの新たな一面に光を当てている点が非常に面白い。さらにキャスティングの妙がその魅力を大いに引き出している。ここへ来て、染谷将太演じる信長が出色だ。これまでにない信長像について、脚本を手掛けた池端俊策氏の解説を交えて紹介したい。
染谷といえば、27歳ながらも抜群の安定感を誇る演技派俳優だ。子役からキャリアをスタートさせ、園子温監督作品『ヒミズ』(12)では、第68回ヴェネツィア国際映画祭で、共演の二階堂ふみと共に、日本人初となるマルチェロ・マストロヤンニ賞を受賞。以降も、国内外でさまざまな演技賞を受賞している。中国のチェン・カイコー監督作『空海-KU-KAI- 美しき王妃の謎』(18)では、たおやかな空海役を全編中国語で演じ、脚光を浴びた。近作では、三池崇史監督作『初恋』(20)で演じたぶち切れヤクザ役が最高にイカしている。
『麒麟がくる』の脚本を手掛けたのは、大河ドラマ『太平記』(91)を手掛けた大御所、池端俊策氏だが、『信長公記』をはじめ、あらゆる資料を読み込み、史実を踏まえつつもキャラクターをしっかりと肉付けし、骨太なドラマに仕上げている。信長もただの傍若無人な暴君ではなく、母親の愛情を渇望してきた“マザコン”の信長像を構築。年齢的には年上の光秀や、妻となった斎藤道三の娘、帰蝶(川口春奈)との絆を通して、立体的に信長の人となりを魅せていく。
「道三に嫁いだ正妻が、光秀の叔母だという説があるので、そこに沿って書きました。帰蝶は、その叔母の娘だから、光秀にとっては従姉妹となる」と言う池端氏。光秀と帰蝶の信頼関係は第1話から描かれていたが、道三を通してのやりとりや、2人の幼少期のエピソードなども絡ませ、さらにほのかな恋も折り込むことで、厚みのある絆に発展していった。
そして、「従姉妹である帰蝶が信長の奥さんになるから縁浅からず。昔ですから、14~15歳で帰蝶はお嫁に行くし、相手の信長もまだ10代だったりするから、当時21歳くらいの光秀は、信長夫婦を見守る立場にあったかと」と、信長夫妻と光秀の関係について語った。
染谷演じる信長は、野性味に溢れながらも、繊細な一面をのぞかせる。「信長は、これまでいろいろと描かれてきた戦国時代のスーパーヒーローですが、弟殺しの異端児とされてきました。信長公記にもそう書かれていますが、僕は、少し違うと思いました。母親の土田御前(檀れい)が、信長よりも、弟の信勝(木村了)のほうを大事に育てていたから、信勝が信長の戦う相手になってしまう。つまり、いわばマザーコンプレックスで、その裏返しとして、信長は異端児のようにふるまったのではないかと」と池端氏は分析する。
信勝を殺そうとした時、土田御前が命乞いをしたという記録も残っているそうだ。権力争いで、やむを得ず信長が信勝を殺したとはいえ、同情の余地は大いにあったのではないかと池端は捉えている。「信勝は家族だし、弟を殺すなんてよほどのこと。その背景には、母親から愛されていなかった男というのが浮かび上がってきます。そういう幼少期を育ち、暴れん坊になったけど、実は気持ちが繊細な人だったと思います」
母親の愛に飢えていた信長にとって、妻の帰蝶はかけがえのない特別な存在となっていく。「信長は、帰蝶のことをとても大事にしたのは間違いないです。なぜなら、側室の吉乃が産んだ信忠を帰朝に育てさせているから、帰朝との信頼関係は相当あったと思います。母親に愛されなかった信長にとって、帰蝶は母親のような存在だったのではないかと。そうすると、非常にナイーブな信長像になり、ただの剛直で独裁者風の信長とは違ってきます。ただ、人間は権力を手にすると変わっていくので、そこからどうなっていくのかは別の話。でも、基本ベースとして、そういう生い立ちを考えながら信長を育てていきました」
かなりキャラ立ちしている戦国武将たち。池端氏は「非常に著名な戦国武将が出てくるので、その人たちが光秀とどう関わっていくかを書くことによって、まるで戦国時代を探訪して歩いている感じがします。しかも、今までのイメージとは違う、自分なりの解釈をした武将として書いていくのがとても楽しいです。光秀の資料は少なくても、信長や家康などの史実はハッキリ残っているので、点と点をつなぐ線は自由にやれる。戦国時代はいろんな人が出てくる人物図鑑みたいなところがあり、それを塗りつぶしていく楽しさがあります」と脚本を書く面白さを語った。
池端俊策(いけはた・しゅんさく)
1946年1月7日生まれ、広島県出身の脚本家。明治大学卒業後、竜の子プロダクションを経て、今村昌平監督の脚本助手となる。映画『復讐するは我にあり』(79)『楢山節考』(83)などの脚本に携わる。代表作は大河ドラマ『太平記』(91)のほか、『羽田浦地図』(84)『イエスの方舟』(85)『聖徳太子』(01)『夏目漱石の妻』(16)など。2009年に紫綬褒章を受章
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