「自分の周りの世界が好きになれなかったら? もし世界が、大きな失望でしかなかったら?」
社会科クラスのシモネット先生(ケビン・スペイシー)は、小学生たちにこう問い掛けた上で、「それなら嫌いな部分をクルリと変えてしまえ」「君たちならできる。不可能を可能に。君たち次第だ」と鼓舞する。シモネット先生からの課題「世界を変える方法を考え、それを実行してみよう!」に対して、ハーレイ・ジョエル・オスメント演じる11歳の少年・トレバーは、「世の中はクソだから」という理由で、「自分が受けた善意をその相手ではなく別の3人へと渡す」という“Pay It Forward”を思いつく。果たして、トレバーは「クソな世の中」を変えられるのか――。
キャサリン・ライアン・ハイドの原作をもとに映画化された映画『Pay It Forward』。日本では『ペイ・フォワード 可能の王国』として2001年2月3日に公開され、国内興行収入は16億円を記録した。同年6月に公開された主演作『A.I.』が96億円、ハーレイ・ジョエル・オスメントの出世作ともいわれる『シックス・センス』(99)の76億円と比較すると、大ヒットとはいえない成績だった。
この『ペイ・フォワード』が19年の時を経て、再び注目を集めている。新型コロナウイルス感染拡大の影響により社会活動の自粛が余儀なくされる中、ツイッター上では、「こんな時だからこそペイフォワードの精神で」と助け合いを望む声があふれる。映画の魅力を伝える人やオススメする人、原作の思想を広めようとする人。また、自ら行動を起こす人もいれば、「ペイフォワード」を掲げて医療従事者への支援を展開する企業も。各々の価値観に委ねられた“ペイフォワード”が人と人との結びつきを強め、未曾有の国難を懸命に切り抜けようとする人々の姿が浮かび上がる。
この現象を、同作の関係者はどのように受けとめているのか。ワーナー・ブラザースに問い合わせたところ、日本公開当時に宣伝部だった中村香織氏、加々見綾子氏が電話取材に応じてくれた。邦題に込められた同社の思い、そして公開から19年後に起きた1つの“奇跡”が明らかになった。
■19年を経て「映画をやっていてよかった」
――中村さんは当時宣伝部で、ポスターや予告編制作などのクリエイティブ部門を担当されていたそうですね。
中村:私もこの作品にはすごく思い入れがあります。なんとかヒットさせたいと思って、黄色だったアメリカ版ポスターのキーカラーを作品のピュアな部分が伝わるように白にして、コピーも変えました。
トレバーの考えは、一言で説明できません。「善意を3人に送る」というのをそのまま伝えてしまうと、説教臭いと思われてしまうのでそこをそのまま売りにするのは難しい。そこで、「一人の少年をきっかけに世界が変わる」現象そのものを伝えるため、「きっかけはここにある」というのをコピーにしました。通常、映画は現実から離れて非現実的な世界を楽しむものですが、この作品は観た人の中に入り込んで価値観を変えてしまう力があるので、「今見るべき必然性がある」ということも伝えたくて。 そうやってすごく力を入れたのですが……。
――結果が伴わなかった。
中村:本当は興行収入30億円、それ以上いってほしかったのですが、16億円止まり。その数字自体は決して失敗ではないのですが、私たちが狙った数字ではなかったので、すごく落胆して残念に思った記憶があります。「こういう作品を広めるために映画に携わっている」という思いもあったので……。そういう苦い思い出があるだけに、今回の取材を通して今でも観てくださる方がたくさんいらっしゃると知って、20年かかって満たされる思いもあるんだ……と。
トレバー少年じゃないですけど、正直な話をすれば、「こういう作品がヒットしないのか。所詮、社会はそんなもの」と自分を納得させるしかなかった。それが今になって花咲いて、「映画をやっていてよかった。社会のせいにした当時の自分は間違っていた」と思いますね。これも1つの奇跡というか、『ペイ・フォワード』が教えてくれたことです。
■「いま私たちが生きている世界」は変えられる
――2001年公開時、社会に影響を与えたような出来事は起こりましたか?
中村:世の中に大きなうねりを作り出すまでには至りませんでした。去年、『ジョーカー』に関わりましたが、そこまでいくと「社会現象になった」と言えるかもしれませんが……。一人でも多くの人に届いてほしいと願うように、祈るように仕事をしていた覚えがあります。
――『ジョーカー』のキャッチコピーは「本当の悪は笑顔の中にある」ですが、正反対の物語でしたね。では、サブタイトルの「可能の王国」はどのような経緯で決まったのでしょうか?
中村:「ペイ・フォワード」はキーワードとしてそこまで覚えにくい言葉ではないのですが、日本人にとっては馴染みのない言葉です。「恩や善意の先送り」という意味ですが、そのまま直訳してもわかりにくいので、当時の上司が「“可能”という言葉はキーワードだよね」と言ったことがヒントになりました。
ケビン・スペイシー演じるシモネット先生が「もし世界を変えるとしたら何をする?」と生徒に聞くと、生徒たちは「変えるなんてありえない」「無理」という、でも先生は「もし可能だったら?」と聞くんです。その瞬間、失望だらけの世界が可能性に輝きだす。「もしかしたら、いま私たちが生きている世界は変えられる?」と。観た後に、「自分たちの世界のことでもある」と自分ごととして捉えたもらいたかったんです。
――サブタイトルにそんな意味が込められていたとは! 願いが今、人々に届いていますね。
中村:そうですね。新型コロナウイルスで世界は大変な苦境に立たされていますが、この状況だからこそ、夢物語ではない『ペイ・フォワード』の真意が伝わるのではないでしょうか。『ペイ・フォワード』は、「自分の中の可能性」とも向き合わせてくれる映画です。そのきっかけをツイッターを通してあらためて伝えてくださっているみなさま、本当にありがとうございます。