前回の「ほうとう」からスタートした、山梨の食文化を探る本シリーズ。今回のテーマは駅弁です。
山梨って、ドライブもいいですが、鉄道旅行にもほど良い距離感なので、駅弁も楽しみ。筆者のお勧めは小淵沢駅。ご当地食材をギュギュっと詰め込んだ伝説的な駅弁をご紹介します。
ドライブもいいけど山梨なら鉄道旅行
ここは、山梨県・小淵沢駅。中央本線なら新宿から2時間前後で、こんな雄大な大自然に出合えるなんて。電車から降りて深呼吸するだけですがすがしい気持ちになってきます。ちなみに、小淵沢駅には小海線というかわいらしい車両のローカル線も乗り入れています。
駅の中には旅情を誘う立ち食いそば店があり、売店では食欲をそそられる駅弁がズラリ。駅弁は電車内で食べるのもいいですが、小淵沢駅の上には、とっておきの「屋上展望デッキ」があります。これは2017年の駅リニューアル時に誕生。
ここからは、八ヶ岳や甲斐駒ケ岳のほか、富士山も一望に収められます。ベンチとテーブルもあるので、晴れた日は雄大な山並みと青空に抱かれながら駅弁を食べるのにも最適。駅の1階に駅弁やお土産を扱う売店がありますよ。
小淵沢駅の名物駅弁はこちら!
小淵沢駅には名物駅弁がいくつかあります。「高原野菜とカツの弁当」にも心惹かれつつ、筆者は「元気甲斐」(げんきかい)をセレクト。
どちらも地元の『丸政』というところが販売しています(税込1,600円)。元気甲斐はお茶目なネーミングですが、内容がすばらしいんです。
まず、掛け紙からしてしゃれていますが、これはイラストレーターの安西水丸さんが描いたものです。それから、経木の弁当箱にもご注目。手にすると、木の香りがフワッと立ち上ってきます。
おかずを一品一品丁寧に味わう
フタを開けると、多数のおかずが愛らしく詰め込まれています。山梨といえば海なし県ですが、海がなくても多彩な山の幸と川の魚はあるんです。すごいのは二段重ねなところで、二段のどちらにもごはんが入っています。
一の重(写真右)からじっくり検証してみましょう。
ごはんはくるみ入り。おかずは、れんこんのきんぴら、ヤマメの甲州煮、フキとしいたけ、にんじんの旨煮、こんにゃくの味噌煮、カリフラワーのレモン酢漬け、ぜんまいと揚げのごま和え、セロリの粕漬け。
二の重のごはんは、栗としめじ、ぎんなん、れんこん入りのおこわ。その上に鶏の柚子味噌和え、ワカサギの南蛮漬け、山ごぼうの味噌漬け、アスパラの豚肉巻き、たくあんが彩りよくのっています。
さまざまな食材に多様な調理を施し、小粋な一品として盛り込んでいます。食べ進めるたびに新しい発見があり、最後まで目も舌も飽きません。どの料理もお酒との相性が良さそう。地酒や山梨のワインと合わせるのもお勧めです。
国鉄完乗の宮脇俊三も愛した名作
鉄道作家の宮脇俊三さんをご存じですか。鉄道趣味には撮り鉄(車両や駅舎を撮影)や模型鉄=モケ鉄(鉄道模型を作る)など「撮る」、「作る」などの目的があるものですが、ただ「乗る」だけの「乗り鉄」というジャンルもあるんです。
宮脇さんは乗り鉄界の神的存在。出版社に勤めながら、週末を使って国鉄(現在のJR6社)の全路線完全乗車(完乗)を成し遂げた鉄道ファンでもあります。
本業は作家と伴走する編集者ですが、自身も美文家で、鉄道旅行の様子を旅情あふれる文章でつづりました。その紀行文が、『時刻表2万キロ』(初版は河出書房新社より。文庫版は河出書房新社・角川書店)。
NHKの人気番組「サラメシ」でも紹介されましたが、日本全国を乗りつぶした宮脇さんはこの元気甲斐を気に入り、自著の中でその魅力について「駅弁の域を超えた贅沢な盛りつけと味」と絶賛しています。
現在、当時の国鉄はJRとなり、宮脇作品に出てくる鉄道や駅の中には廃止されたり、名前が変わったりしたものもありますが、彼の愛した駅弁は健在です。