俳優・タレント・アーティストなどマルチな活躍を見せる香取慎吾が、白石和彌監督と初タッグを組んだ主演映画『凪待ち』(6月28日公開)で新境地を開拓。「こんな香取慎吾は見たことない」という、悲しみと狂気が交錯した鬼気迫る演技を披露している。
バイオレンスと狂気、怒りと裏切り、不条理と悲劇、そして、切ない暴力を描いた衝撃のヒューマンサスペンスである本作で香取が演じたのは、恋人が殺され、さらに次々と襲い掛かる絶望的な状況から自暴自棄になっていく主人公・郁男。“心の闇を抱える男”を見事に表現した香取に、本作への思いや“心の闇”との向き合い方について聞いた。
――郁男という役はこれまであまり演じてこなかったタイプの役となりましたが、この作品は香取さんにどのような影響を与えてくれましたか?
見てくださった方が「今まであまり見たことのない香取慎吾だ」と言ってくれるんですけど、僕の中ではそこはあんまり強くはなく、自分の作品であっても監督のものだという思いが強いほうなので、そう思ってくれる人が多いということは、白石監督が何か引き出してくれたのかなと思います。
――郁男というキャラクターを掘り下げる中で自分の中で発見はありましたか?
今までの役が、本当に正義を語る役が多かったんだなと。簡単に言うと、前向きで、その人物が光を背負って、みんなに光を与えるような役が多かった。それに気付けたのは、今回があまりにもそこと離れているから。撮影時間を考えると今回はすごく楽な役。正義を語るヒーローはいい言葉を叫んで走り出す。そうすると走り出すシーンの撮影があって、その次のシーンにも登場し、シーン登場数が増えるから大変なんです。でも郁男は走らないので、次のシーンをめくったらいない。撮影日数が減るからすごく楽な役でした(笑)
――郁男は暴れたり激しいシーンがあるので大変だったのでは?
それよりもすべての話に参加しようとする正義感の強い男は大変です(笑)
――本作は、自分の人生について考えさせられる映画だと感じました。香取さんもこの作品を通してご自身の人生について考えましたか?
この手の映画だと、もっと光が差す。でも、その光の見え具合が僕は本当に大好きで、この映画のエンディングこそエンターテインメントでフィクションなんだけどノンフィクションのような、光が差さない映画ではないんだけど、差しているんだか差していないんだか…。映画を観終わったあとに自分の人生と置き換えて、郁夫と自分だとしたら、今、自分の位置ってどのへんだとか考えさせられる部分があるから、自分の人生を考えさせてくれる映画だなと思いました。
――「今の自分の位置」をどう考えましたか?
幸せですよ。それこそこの作品で白石監督と出会えたのは。この作品を通してまず監督のことが大好きになりましたし、映画というものに対しての愛とか、この監督の作品に参加できている自分が本当に幸せだなって思えているので、それが公開しようとしている今は本当に幸せです。
――あらためてこの映画を通じて幸せを感じられたということですね?
そうですね。
――イベントで「誰でも心の闇を抱えている」とおっしゃっていましたが、香取さんの心の闇とは…?
言えないですけど(笑)、でもちょっと変わっているかもしれないです。華やかな、闇とはかけ離れたアイドルとして生きてきているから、みなさんに見せない闇の部分は闇ではあるけど好きな部分かもしれないですね。
――郁男は自分の心の闇と向き合ったときに逃げてしまいましたが、香取さんは逃げたいことや闇の部分にどう向き合っていますか?
逃げないかもしれないですね。逃げそうになる瞬間もいっぱい経験してきましたけど、逃げなかったから今ここにいるのかなと。結果、逃げないかも。逃げて後悔したくないんですかね。基本設定で逃げるっていうのはあるかもしれないけど、その中に少しでも隙間を見つけたらその瞬間にそれをこじ開けてでも光を目指してきたかもしれない。かっこいい!(笑)
――なるほど!(笑) 新しい地図を立ち上げて再出発後、初の単独主演映画ということでプレッシャーもあったそうですが、そこはどう乗り越えましたか?
稲垣(吾郎)と草なぎ(剛)と3人でやらせてもらった『クソ野郎と美しき世界』は、新しい始まりとしてのお祭り感覚もあって、なんかやってやろうぜ! って。それが終わって、いざ自分が1人で映画をやらせてもらうときに、「あ、やべーな」「大丈夫かな」っていろんな思いが生まれたけど、まず最初にそれを壊してくれたのが、白石監督と会った瞬間でした。白石監督とお仕事できるかもしれないっていうときにまず『凶悪』を観て、お会いするという日に『孤狼の血』を映画館で観て、単純にすごい怖そうな監督なんじゃないかと思いましたが、ドアを開けた瞬間に「いつの日か香取さんと仕事がしたかった」というのをえんえんと話してくださって、その瞬間に不安やプレッシャーがなくなった感じがありますね。
会った瞬間に愛情にあふれていると感じる部分もある方が『凶悪』や『孤狼の血』を作ったという不一致な部分とかが、いい化学反応を起こしてくれるんじゃないかと思えたときからプレッシャーや不安がなくなっていき、撮影が始まって白石監督の映画に対する愛の深さを知って、“自分がやらせてもらう映画へのプレッシャー”と思っていたのがそもそも間違っていたなって。もともと作品は監督のものだと思ってずっとやってきていたんですけど、そのときはちょっと変わってしまっていたのかもしれない。自分が主役だからちゃんとやらなきゃって。でも、“作品は監督のもの”というのを思い起こすことができました。
――今回ほとんどノーメイクだったそうですが、それはご自身の提案ですか?
違います。僕は何かを言うことは一切ないですね。衣装合わせでも今まで「これが着たい」と言ったことはなく、着ている服を全部脱いで「はい、どうぞ!」って(お任せ)。「どう思いますか?」と聞かれても、「監督はどうなんですか?」って聞き返して、「いいと思うんですけど」っておっしゃったら、「じゃあいいんじゃないですか」って言うほうなので、今回のメイクも「このままいきたい」と言われて、「はい、わかりました」という感じでした。
――口ひげもですか?
そうですね。たまたま衣装合わせのときにちょっと伸びていたのかな? それで、そのまんまいきたいみたいな感じだったと思います。
――口ひげを伸ばした姿はご自身的にどう感じましたか?
「慎吾ちゃん」として、ちゃんとした姿でいろんなところに映っていますが、普段これで生活していて僕は初めて見る感じじゃないので、まったく違和感はなかったです(笑)
――再出発後初の単独主演で、あらためて俳優としての楽しさは感じましたか?
昔からずっとなんですけど、僕はけっこう苦手であんまりなんです(笑)。お芝居は決まったセリフがあって、うまく言えるかどうかという緊張感があり、自由なほうがいいなって。身近だと草なぎや稲垣はお芝居好きで、そういう人と比べたらちょっと違うなと。ずっとそうですから、新たに楽しみっていうのはないです。
――そうだったんですね! とすると、またやりたいという思いは?
それはもう、僕を求めてくれる人がいたら。そこには応えたいと思います(笑)
――俳優、アーティスト、歌手、タレントと、いろんな肩書きがありますが、このバラエティ豊かなのが自分だという感じなのでしょうか?
そうですね。子供の頃から将来は俳優さんに! ミュージシャンに! とか思わず、ずっとこの形のままいられたらいいなと思っていて、いまだにこうやってできているので、この形が自分なんだと思います。きっと今日の取材は俳優でしょ? 個展のときはアーティストでしょ? 「JANTJE_ONTEMBAAR」(ヤンチェオンテンバール)で打ち合わせしているときはディレクターかな? 今日の昼間は草なぎとラジオ収録だったからラジオDJ。毎日違います(笑)
香取慎吾
1977年1月31日生まれ、神奈川県横浜市出身。1991年にCDデビューして以来、数々の名曲を世に送り出し、『NHK紅白歌合戦』に23回出場。2017年9月には稲垣吾郎、草なぎ剛とともに「新しい地図」を立ち上げ、「雨あがりのステップ」など配信リリース。俳優としての主な出演作にドラマ『新選組!』(04/NHK)、『西遊記』(06/フジテレビ)、映画『THE 有頂天ホテル』(06)、『西遊記』(07)、『座頭市 THE LAST』(10)、『こちら葛飾区亀有公演前派出所 THE MOVIE~勝鬨橋を封鎖せよ!~』(11)、『ギャラクシー街道』(15)、『クソ野郎と美しき世界』(18)など。2018年8月に香取と祐真朋樹がディレクターを務めるショップ「JANTJE_ONTEMBAAR」をオープン。同年9月にパリ・ルーヴル美術館で初個展を開催し、2019年3月~6月に国内初個展を開催するなどアーティストとしても活躍している。