西口さんが代表理事を務める「キャンサーペアレンツ」。子どものいるがん患者のコミュニティとして、これまでになかったインターネット上のSNSという形を取り、注目を集めています。では、がんを患った西口さんがどうしてキャンサーペアレンツを立ち上げたのか。キャンサーペアレンツの歩んできた軌跡とこれからの展望について、引き続きうかがいます。

  • キャンサーペアレンツの軌跡と展望

    キャンサーペアレンツの軌跡と展望

がん告知後の孤独感から生まれた「キャンサーペアレンツ」の構想

「キャンサーペアレンツ」について西口さんが考え始めたのは、2015年11月、がん治療による休職から職場に復帰して半年が経ったころでした。治療にも少しずつ慣れて、生活のペースもつかめてきたものの、なかなか仕事の成績も上がらず、果たしてこのままでいいのかと悩む日々。そんな時、友人から会社の新規事業のコンテストに出ないかと誘われました。闘病する中での困りごとことがあれば、それを解決するための事業をしてみないかと言われ、社会に対してそういう還元の方法もあるんだと気づかされたそうです。

当時、がんについて子どもにどう伝えようか悩んでいた西口さんは、「子どもを持つがん患者の集まりがあればいいのに、ないなら作ってみてよう」と考え始めます。そこから、立ち上げるために何が必要か、資金源はどうするかなど、実現に向けて進めていましたが、結果的にコンテストには通りませんでした。しかし、ここまでやったからには実現させたいという思いから西口さんは自費でベータ版を作成し、スポンサーゼロ、会員は自分たった1人の状態で、2016年4月に「キャンサーペアレンツ」をリリースし、歩み始めたのです。

会員が自分たった1人から3,000人超えの現在に至るまで

「キャンサーペアレンツ」にとっての最初の課題は、会員数を増やすことでした。はじめ自らのSNSでがんであることをカミングアウトしたり、Facebook(フェイスブック)のがん患者のコミュニティに投稿したりしましたが、会員数はなかなか増えず。西口さんはメディアに取り上げてもらおうと、新聞やテレビなどに手当たり次第取材の依頼をしても、なかなかいい返事はもらえませんでした。

そんなある日、メールに、営業で鍛えたオーバートークで「僕もうすぐ死にます」と書くと、「死」というキーワードに興味を持った雑誌の編集部から、「死生観」というテーマで取材を依頼が。その記事はウェブ上にもアップされ、コメントが約600件ついて話題となりました。その影響で、1人だった会員数も約200人増えたのだそうです。

それから取材依頼も少しずつ増えてきて、認知度は徐々に上がり続けていきます。「がん患者ってどこにいるかわからないので、なかなかプロモーションができなくて、メディアしか手段がない。あとは会員が口コミで広げてくれたり、病院にチラシを置いてほしいと頼んでくれたり、地道に少しずつ積み重ねてきた」と西口さんは振り返ります。現在の会員数は全国に約3,100人にまで増え、がん患者のコミュニティとして大規模な成長を果たしました。

西口さんが「ビジネス」にこだわる理由とは

「キャンサーペアレンツ」は一般的な患者会とは違い、ビジネスとして持続可能なモデルを目指しています。そういった姿勢に対して、「患者を食い物にして儲けるつもりか」とか、「患者のプライバシーについてどう考えているのか」という批判的な意見が寄せられたこともありました。それでも西口さんが「ビジネス」という形にこだわるのには理由があります。

患者会は多くの場合、がん患者とその家族だけが会員となり運営されていますが、それゆえに閉鎖的になりがちだと西口さんは指摘しています。一方で「キャンサーペアレンツ」の理事は、がん患者やその家族でない人もいて、多様なメンバーで構成。マーケティングや開発、経営的な視点をもつ方など、さまざまなビジネスのスキルを持っています。できる限りビジネスライクでオープンなコミュニティの形成を目指すことによって、患者自身にもその活動に参加してもらいたい、それが西口さんの思いです。

「僕は、役割が人を変えると思っています。『ありがとう』、『あなたがいてよかった』という社会経験を多くできたほうが幸せにつながるはず。がんを経験して一回落ち込んだ人たちにも、何か役割を提供して、みんなで一緒にやりたい」と語ります。

持続可能なコミュニティを目指して……「ビジネス」の中身とは

西口さんに、具体的に「キャンサーペアレンツ」が行っているビジネスの内容について教えてもらいました。

■がん患者への調査サービス「キャンサーベイ」
「キャンサーベイ」は、「cancer(がん)」と「survey(調査)」をかけ合わせた造語で、今年(2019年)3月から「キャンサーペアレンツ」が医療系調査会社と共同で始めたがん患者への調査サービスです。がん患者は自分の意見を社会に反映させることができ、一方患者に調査したいというクライアントのニーズも満たされ、調査に協力した会員には謝礼も支払われるため、継続的なビジネスモデルとして確立できると西口さんは期待しています。

■患者にしか作れないものづくり、絵本『ママのバレッタ』の出版
がん患者だからこそ作れるものがあるはずだと、メンバーの発案で実現したのが絵本作りです。メンバーの多くは、西口さん同様、子どもにがんを告知するときに悩んだ経験があり、サポートするためのツールとして、絵と文章で楽しく読み聞かせできるような絵本が提案されました。

親が病気になるという話はあるが、そのほとんどは死んでしまって、「お母さんがいつまでも空から見ているよ」というようないわゆる「泣ける」結末です。しかし、西口さんたちが目指したのは、がんについて明るく楽しく理解できて、ちょっと笑えるところもあって、最後に親は死なない、あくまでがんになっても生きていくんだというストーリーでした。本を作ったことのないメンバーばかりでしたが、2018年11月に絵本『ママのバレッタ』を出版し、多くの反響が寄せられています。

  • がん患者が作った絵本『ママのバレッタ』

    がん患者が作った絵本『ママのバレッタ』

■クラウドソーシング会社との連携で患者に仕事を紹介
今後、クラウドソーシング会社と連携してがん患者向けに仕事の紹介もしたいと構想している西口さん。また、最近は「がん教育」として、がんを経験した人を講師として派遣してほしいという声もあり、ぜひそうした声にこたえていきたいと考えています。実施する際には、患者自身が謝礼を受け取れるようにして、患者にも仕事を見つけてもらいたいといいます。

西口さんは、「キャンサーペアレンツ」がきっかけになって、例えば別の病気の患者の集まりなど、横への展開も模索しています。様々な領域で同様の取り組みが可能だと話す西口さん、自分がたった1人で考えて始めたことが、全国に広がっていることに大きな喜びを感じています。「信念があれば仲間が集まってきてくれて、自分が一歩踏み出して出会えた人もたくさんいる。がん告知をされたときは孤独だと思ったが、今はまったくそんなこと感じていないから、僕が一番恩恵を受けているかもしれませんね」と、西口さんははにかんでいました。


ここまで、「キャンサーペアレンツ」の歩みとこれからについて、代表理事の西口さんに話を聞いてきました。がん患者への理解が深まること、そしてがん患者が役割を担うことができること、そうした目的を持ち、西口さんが「キャンサーペアレンツ」をビジネスとして確立させようと、奮闘していることがわかりました。

「まだ全然満足していない、他に例がない取り組みだから手探りではあるけれど、みんなでいっしょに進んでいきたい」と目を輝かせながら展望を語ってくれました。その今後にますます注目していきたいと思います。

■取材協力:西口洋平(にしぐち・ようへい)さん

1979年10月生まれ、39歳。2015年にステージ4の胆管がんと告知され、現在も抗がん剤治療中。2016年に一般社団法人キャンサーペアレンツを立ち上げ、代表理事を務める。小学5年生の娘をもつ。

キャンサーペアレンツーこどもをもつがん患者でつながろうー
『ママのバレッタ』/たなかさとこ