昨今、日本の企業ではさまざまな形で「働き方改革」が推進されている。その代表的な取り組みのひとつが、ITを活用することで所属オフィスから離れて働く「テレワーク」という制度だ。テレワークは大手企業などを中心にじわじわと普及しつつある反面、まだまだ多くの人たちが満員電車に揺られ出勤しているという現状も。

そんな中、日々の業務だけでなく社員の採用面接さえもオンライン上で行う企業がある。その企業とは、ゲームのイラストや3DCGの制作などを手がける「MUGENUP」。

ゲームなどのクリエイティブ業界は関東近郊や大阪などの大都市に発注企業が集中しがちであり、関連企業も大都市圏に多い。「MUGENUP」がオフィスを構えているのも、東京都新宿区である。しかし同社では、ビデオチャットなどで採用面接を実施し、地方のクリエイターを直接雇用の従業員として採用、そのまま在宅で勤務できる体制を整えているのだ。

前編では、リモート採用などを導入した背景を、人事部部長・脇恭介氏にうかがった。後編では、一度も出社することなくオンライン面接で採用が決定し、現在も在宅で勤務しているという同社のクリエイターにオンラインでインタビューを敢行。その模様をお届けする。

  • 東京都新宿区の「MUGENUP」オフィスにて、在宅勤務クリエイターにオンラインインタビューを実施

    東京都新宿区の「MUGENUP」オフィスにて、在宅勤務クリエイターにオンラインインタビューを実施

直属の上司に初めて会ったのは採用から1年半後

「面接の内容自体は他社と大きな差はありませんでしたが、実家で飼っている愛犬に見守られながら、落ち着いて面接を受けることができました。オンライン面接は自宅で受けられるので、馴染みのない街に出かけて知らない人たちに囲まれ質問攻めされるといった、普通の面接のような緊張感はほとんどありませんでしたね」

そう語るのは、「MUGENUP」にて在宅社員として勤務しているMさん(23歳・女性)。三重県出身のMさんは高校卒業後、大阪のデザイン系の専門学校に進学。就職活動の際はゲーム系企業を目指し、東京や大阪など大都市圏に拠点を構える企業にエントリーした。

「もともと人見知りで、知らない人と話すのは苦手です。面接ともなると緊張も尚更で、うまく自分をアピールできず空回りしてばかりですぐに行き詰まりました。東京の会社の面接も受けましたが、往復の交通費だけでも3万円はかかります。就職のためとはいえ、やはり学生には痛い出費ですよね」

就職活動が上手くいかず、面接のためだけに費やす時間や費用を負担に感じて悩んでいた頃、Mさんは専門学校の先生からフリーランスの道を勧められる。2016年3月に専門学校を卒業してからは、フリーランスとして数社のイラスト制作会社に登録。個人で仕事を請け負っていた会社のひとつだった「MUGENUP」から同年の夏にスカウトを受け、Skypeでの面接を経て在宅社員としての入社が決定した。

Mさんは三重県の実家で就業しており、2019年1月で勤続丸2年を迎えようとしている現在も、東京のオフィスには一度も出社したことはない。今回の取材も当然オンラインだ。

「在宅社員のお話をいただいた時は即決でお受けしました。私はアトピー持ちなので化粧品も何かと気を遣うことが多いのですが、在宅だと普段は化粧をする必要もないですし、服装も基本的に部屋着なので仕事用の服にお金を使うこともありません。実家から大阪に通っていた学生時代に経験した通勤・通学ラッシュとも無縁ですね。実家から大阪の会社に通勤している兄には『(出勤がない分)睡眠時間が長くてお前はいいよな』と羨ましがられます」

Mさんの業務は、ソーシャルゲームのカードイラストのディレクションだ。MUGENUPは全国のイラストレーターによる分業制でイラストを制作しており、Mさんや本社のアートディレクターが各工程に分かれたイラストを最終的に管理。社内と社外のユニットでプロジェクトを進め、クライアントに納品している。

会社の営業時間は10時から19時で、クリエイターには裁量労働制が導入されており、残業も時にはあるが本社社員も在宅社員も19時で業務終了することがほとんどだという。昼休憩も、基本的には自由なタイミングで1時間とれるとのこと。通勤のないMさんは、オンライン上で退勤ボタンを押せば、すぐに自宅でのプライベートな時間に切り替えられる。

世の中のビジネスマンにとって、「通勤」は大きなストレス源となっていることだろう。加えて、一般的な企業の場合、特に新入社員は社内の「人間関係」で悩むのが定番ではないだろうか。Mさんは、今の働き方でこの2つの悩みから解放されていると言える。

「就職して1年半以上が経った頃、いつも関わっているお仕事の関係でイベントに行かせていただいたんですが、自分の直属の上司にリアルでお会いしたのはその時が初めてでした。会社の名刺も、初めて作ったのはそのタイミングです。名刺はチャットで申請して受け取るシステムなので、本社の方でもイラストレーターなど職種によっては、もしかしたら名刺を使い切って今は持っていないという人もいるかもしれませんね」

同社のような働き方だからこそ実現できている上司や同僚との距離感。そして、それによってもたらされる独自の人間関係。根っからの人見知りだというMさんに限らず、周囲の友人にとってもその部分は魅力的に映るようだ。

「私の周りには遠方に就職した友人も多いんですが、やはり就職してから人間関係で悩んだりしていて、『私も在宅で働きたい』という声はよく聞きます。今の私にとっては、社内と社外とでユニットを組んでいるバランスもいいんだと思いますね。情報の共有もスムーズですし、作業の分担もしやすいので助かっています」

  • Mさんは画面越しに名刺を見せてくれた

    Mさんは画面越しに名刺を見せてくれた

正社員とフリーランスのいいとこ取り!?

「MUGENUP」には、土日に動ける社員へ個別に仕事を依頼する「メイクアップ制度」という社内発注制度があり、営業時間内に終わらない業務については休日出勤という形で対応している。さらに、本業であるクリエイターとしてのスキルアップにつながるようなものであれば副業も認められているとのこと。

Mさんもイラストレーターとして個人の仕事を請け負うことがあるそうで、話を聞く限りではほとんどフリーランスのような働き方だ。しかし同社では、社員の特権とも言える福利厚生なども、一般企業並みのものが当然のごとく整備されている。

「有給休暇が取りにくいということも特にありません。仕事に滞りがなければ、上司やイラストレーターの方にいつ休むか報告して、システム上で申請するだけで休暇は取れます。私も有給休暇はけっこう使っていて、最近は京都観光に行ったりもしました」

勤怠管理や業務内容の管理は、社内システムの日報をはじめ、チャット上での日常的なコミュニケーションやミーティング、オンライン上での出勤・退勤のチェックなどで行われているという。部長クラスの上長と半年に1回行われる定期面談も、もちろんビデオ通話。目標設定やフィードバックなど、面談の内容は一般的な企業と特に異なる点はないようだ。

純粋にクリエイターとして業務に集中できる今の状況は、Mさんにとってこれ以上ない仕事環境のようだが、在宅勤務だからこその悩みもある模様。

「私はもともと外に出るタイプではなく、人と関わるのが得意じゃないこともあるんですが、学校や職場といった毎日通うような場がなくなったことで、知らない人との出会いは明らかに少なくなりました。体力が落ちてきた自覚もあり、一緒にジムに通おうと友達に相談するなど、逆に最近は意識的に外出するようにしています。ただ、その友達が私の知らない別の子も誘ってしまって、私の人見知りがまた発動しそうなんです。知らない人と会って話した日は、いつもより3時間長く寝ちゃうんですよね……」

実家暮らしということもあって、平日だけでなく土日も家から全く出ないこともあり「気づいたら2週間くらい外に出ていないなんてこともありました」と話す、筋金入りの在宅ワーカーMさん。悩みは尽きないとはいえ、フリーランスと正社員のいいとこ取りとも言える環境は、羨ましくさえある。

インタビューの締めくくりとして、Mさんは今の環境へ感謝するとともにこれからの展望について語ってくれた。

「そもそも地方では、イラストに関わる仕事に社員として携われること自体が難しいので、本当に私は恵まれているなと思います。仕事のモチベーションも高く保てていると思いますね。今はディレクション業務がメインなのですが、将来的にはイラストレーターとして1から自分で絵を描いていくような機会も増やしていけたらなと思ってます」

今回は極端な例として「一度も出社したことがない」という社員の方に登場していただいたが、話を聞けば聞くほど、その「働き方」はどこまでも合理的であるように感じられた。もちろん、前段階として制度づくりや環境の整備などが重要になることは言わずもがなである。しかし、「MUGENUP」は“創ることで生きる人を増やす”という経営理念のもと、クリエイターの可能性を「テレワーク」というアプローチで見事に拡大してみせたのだ。その波は、クリエイター業界のみならず、日本のさまざまな企業へと形を変えて伝播していくかもしれない。