都内で10月25日、「中小企業家サミット2018(第25回経営研究集会)」が東京中小企業家同友会によって開催された。本集会では記念講演として、くず餅の老舗「船橋屋」の代表取締役、渡辺雅司氏が登壇。200年以上にわたる伝統を継承しつつ、どのようにして変革を成し遂げたのかを語った。
開演のあいさつには中小企業庁次長も登壇
中小企業経営者が経営の勉強会を通して交流を行っている「中小企業家サミット」。2018年(第25回経営研究集会)のテーマは「変革と不変」だ。ITやAIなどの技術革新が進み、より変化のスピードが増した昨今、仕事のやり方は大きく変わろうとしている。そんな状況の中で、中小企業経営者の経営者がどのようにして経営を維持し、発展させればよいのかが論じられた。
213年の歴史を持つ船橋屋を率いる渡辺氏
記念講演「老舗が実践する人材開発とクロスマーケティング戦略 ~なぜ下町の和菓子屋に17,000人の新卒が殺到するのか~」のため登壇したのは、株式会社 船橋屋の渡辺雅司氏。
株式会社 船橋屋は、1805年(文化2年)に創業、1952年に設立された和菓子の老舗メーカーだ。東京都江東区亀戸に本店を構え、社員は80名。「元祖くず餅」は明治初頭に出たかわら版「大江戸風流くらべ」において横綱としてランクされ、現代でもJR東日本の「お土産グランプリ2018」総合グランプリを受賞するなど、その味は高く評価されている。
渡辺氏は1964年に同社の8代目当主として生まれ育ち、大学を卒業後は三和銀行(現:三菱UFJ銀行)に入行。1993年に退職した後、船橋屋に専務取締役として入社し、2008年に代表取締役となった。
渡辺氏が入社した当時の船橋屋では、和菓子作りを担当する職人達の発言力が強く、営業等をはじめとした社員の就業態度もまたいい加減なものだったという。船橋屋に入社した当時の渡辺氏は、この状況に強い危機感を抱き、改革に着手。その後売り上げは約2.5倍、利益は7倍までに伸びたという。
強い組織を作るための社長の仕事とは?
「多くの経営者がお悩みになっていることは、8割ぐらい『人の問題』かと思います。それは『良い人財を採用できない』『良い人財が育たない』の2つです。気が利いて、前向きで、積極性、協調性、行動力があって不満を言わずチャレンジ精神がある、そんな社員が欲しい……。でもみなさん、御社にはこういった社員が何人いますか?」
渡辺氏はこのように来場者に語りかけたうえで、人材育成とは環境(場)づくりであり、社員をどのように育てていくのかが重要と述べる。その理由として、消費者は企業ブランドとして社員を見ていると説明、社内に語り部をつくることがブランド価値を上げる方法だと結論付けた。
では、語り部とはなにを語り継ぐのか。それは「この会社が、何のために、誰のために、なぜ、存在するのか?」「お客様は、なぜ、今、当社から、この商品を、買わなくては鳴らいのか?」の2つ。そして語り部をつくるために社長がするべき仕事は、目的地までの絵葉書を描くことだという。理念やビジョンという社会性を持ち、社会への役割を明確にしていなければ、いくら商品や売り方を工夫しても組織は良くならないと渡辺氏は語る。
実際に船橋屋が行っている事例として挙げられたのが、中期経営計画書の作成だ。もちろん、これを実行している会社は数多くあるだろう。だが船橋屋では、高齢のパート従業員でも計画を理解できるようイラストを交えた中期経営計画書を作成するなどの配慮をすることで、同社の理念・ビジョンへの共感を醸成しているという。
「理念・ビジョンへの共感が生まれたら、次はなんといっても給料ですよ。社員の生活が良くならなければ組織は強くならないのです。多くの社長はここから逃げて、計画を実現するために社員に『やれ』『根性を見せろ』と言うんです。ご丁寧に営業成績をグラフにしたりしてね。しかしこのような会社がうまく回るわけがありません。弊社にはノルマがありません。でも、昭和27年からずっと増収・増益で、一度も赤字がありません。この点をよく考えていただきたいと思います」
努力して成果が生まれるから仕事に幸せを感じるのではなく、幸せを感じることで仕事への情動・感動が生まれ、それが成果につながると渡辺氏は強く語る。さらに、お客様に感動を作るための社長の仕事を、次のように説明した。
「多くの方は利益を上げることを会社の目的としています。かくいう私も銀行員の時はそう思っていました。なぜなら、経営の目的は金もうけだから。でも、違います。経営の目的は社会に貢献することです。我々にとっての社会とは、一個人の集合体です。お客様の集合体が社会です。つまり社会貢献とは、お客様にいかに喜んでもらうかなのです」
経営の目的としておくべきは社会への貢献。渡辺氏はこのように述べ、商道の基本「三方よし」や企業活動の根源「先義後利」について解説。さらにジョブ理論を挙げて、社員が自己探求できる環境づくりを促した。