「ゲン担ぎ」や「ジンクス」を大切にしている人は意外に多い。
優秀な成績を上げている営業マンは、大事な商談ではラッキーカラーの下着を身に付けて臨んだり、あるプロサッカー選手は、怪我なく勝利に貢献できるように、必ず利き足でピッチに入ることを習慣化していたりする。
ゲン担ぎは様々な業界にある
マイナビニュース会員向けに行った「ゲン担ぎに関するアンケート調査」によると、全体の3割が、自分の働く業界特有のゲン担ぎがあると回答している。
業界特有のゲン担ぎとはどういうものなのか。
アンケートのコメントには「火を避ける意味で火曜日を定休日にしている(40代後半男性/京都/飲食関係)」、「契約が流れることを避けるため水曜日休みが一般的(30代後半女性/神奈川/不動産関係)」、「必ずトンカツを食べてプレゼンに臨む(30代前半女性/大阪/広告関係)」、「事故の話をすると、自分が事故を起こすから、事故の話はしない(50代前半男性/千葉/運輸関係)」などがあった。
ゲン担ぎはなぜできた
いったいゲン担ぎとは、どこから、どのようにして生まれてきたのだろうか。災害を視点に、古代から現代にいたる幅広い知見を持っている民俗学者 畑中章宏氏に聞くと「ゲンを担ぐという言葉は、『縁起を担ぐ』という言葉が転じてできた」という。
「もともとは漁師や猟師が大切にしてきた習俗です。ある行為をしたり、ある言葉(縁起のいい言葉)を発することで収穫が増えたり、反対に海の神、山の神の機嫌を損ねないように、ある行為や言葉(忌み言葉)を避けるようになったのが起源だといわれています」
現在と違い、獲物をつかまえるための道具がほぼ発達していない時代である。また科学的な根拠に基づいた技術・ノウハウなどもなく、過去の成功体験だけがすべてだった。
そのため、その時の行為を縁起がよかったと捉え、同じような良好な結果が続くことを願って習慣化され、それがさまざまな職業などに広まったそうだ。
言霊とゲン担ぎ
また日本には「言霊」という考え方もあり、ゲン担ぎとの関係性についても畑中氏が補足してくれた。
「日本人は昔から、言葉にも霊魂が宿っていると思っていました。口にした言葉が現実に何かしらの影響を与えていて、ある言葉を発すると夢(目標)が実現でき、一方で、ある言葉を発すると悪いことが起こると考えられていたのです。ゲン担ぎと言霊は、ともに二面性の意味を持っている。つまり、ゲン担ぎという風習の根底には、この言霊という考え方があるのです」
言葉の霊力や呪力を信じ、縁起のよい言葉などでゲンを担ぐほどに、日本人は昔から言葉というものに重きをおいて生活してきたといえそうだ。
「縁起のよい言葉」や「忌み言葉」に振り回されすぎるのはよくないが、その言葉の成り立ちを理解して、適度に生活に取り入れるのは、その仕事や業界で生き残っていくためにも重要だということだ。
ゲン担ぎは言葉を大切にする日本人の知恵であり、日本の文化なのだろう。
取材協力
畑中章宏
1962年大阪生まれ。民俗学者・編集者。おもな著書に『日本の神様』『柳田国男と今和次郎』『災害と妖怪』『天災と日本人』『蚕』など多数。最新刊は『21世紀の民俗学』(KADOKAWA)