国鉄末期からJRの初期にかけて、「ジョイフルトレイン」と通称された観光向けの特別な仕様の車両が数多く登場した。昭和40年代から走り人気があった「お座敷列車」の発展のような形で、2~6両程度の1編成を1つの団体で貸し切って旅行してもらうというのが、基本的な販売方法である。

しかし、バブル景気の崩壊を経て約30年が経過した今日では、こうしたスタイルの団体専用車両は、大半が姿を消してしまった。代わって人気を得ているのが、「ななつ星in九州」「TRAIN SUITE 四季島」「TWILIGHT EXPRESS 瑞風」の3本がある超ハイクラスの「クルージングトレイン」。そして2~3両程度の短い編成で、家族連れや小グループを主な対象とした、貸切ではない観光列車である。

いずれも、風光明媚な車窓風景や特徴のある沿線のグルメなどがアピールポイントだが、短編成の観光列車は、リーズナブルな値段かつ予約方法を簡便にして、誰でも気軽に乗車できることも特徴としている。社員旅行のように数カ月前から旅行代理店に手配を依頼する大規模な団体旅行がすたれ、思い立ったら吉日とばかりに出かける個人旅行が主流となった、大きな時代の流れに沿った施策だ。

こうした施策の実例を、2018年7月1日に最新の観光列車「あめつち」をデビューさせたJR西日本を例にみていこう。JR東日本の観光列車(例えば「フルーティア」)のように、個人でも申し込める、旅行代理店が販売する旅行商品(ツアー)の形を取っている会社もあるが、JR西日本では基本的に駅の窓口で乗車券と指定席券を購入すれば、簡単に観光列車に乗ることができる。

7月1日に運転を開始したばかりのJR西日本最新の観光列車「あめつち」
観光列車にふさわしいよう、完全に刷新された「あめつち」の車内

安くつくれる、既存車改造の観光列車

JR西日本に限らず、各地の観光列車は既存の車両を改造したものがほとんどである。一から新製した方が自由が効き、さまざまなアイデアの実現に対する制約も少なくなるが、そういう例は限られる。

実際に、独創的な設備を備える「クルージングトレイン」は、各社とも完全新製車だ。ただ、これは1人あたり数十万~100万円以上もの旅行料金を収受できる列車だからこそ、できること。鉄道車両を新製する場合、1両あたり一般的な車両で2億円ほど。特殊装備を持つ車両だと3億円やそれ以上かかる。投資の回収という意味で、新製は難しいのだ。

これが改造車だと車体やエンジン、台車といった、初期費用が大きくかかる部分をそのまま利用できる。インテリアや車内設備の刷新には、実はさほどの費用がかからない。家の新築とリフォームの違いと同じことだ。

JR西日本の観光列車は、2005年に呉線広島~三原間に登場した「瀬戸内マリンビュー」に始まり、2007年の山陰本線「みすゞ潮騒(現在の『○○のはなし』)」、2014年の七尾線「花嫁のれん」、2015年の城端・氷見線の「ベル・モンターニュ・エ・メール」と、キハ40系気動車(ディーゼルカー)を改造したものが、かなりの割合を占める。編成はいずれも1両ないし2両だ。

「あめつち」「○○のはなし」などの原形であるキハ47形気動車
萩など、山口県の日本海側の観光地と山陽新幹線新下関駅を結んで走る「○○のはなし」。「みすゞ潮騒」からの再改造車だ

鳥取~出雲市間を走る「あめつち」も2両編成で、キハ40系に属するキハ47形をリニューアルしたもの。改造の要点は、一部の乗降扉を埋めて室内スペースを広げ、内装を全面リフレッシュ。座席はゆったりした2・4人掛けシートと海側(宍道湖側)を向いた1人掛けシートに交換し、そのほか、販売・供食用のカウンターの設置、最新式トイレへの更新といったところだ。車内を見る限り、原形を想像することは難しい。

たがしかし、窓はほとんど改造されておらず、冷房装置も流用されている。原形と詳細に比べてみると、大規模な車体の変更が避けられているのがわかる。

ほかの観光列車もおおむね、こういう方針で改造されている。「○○のはなし」のように窓を大型化して眺望を改善したものや、「花嫁のれん」のように前面を大きく改造しイメージを変えた例もあるが、基本的にどれもキハ40系の面影は強く残っている。

こうした方針を採る理由はまず気軽に乗車してもらうため、特急の普通車指定席(「花嫁のれん」)や、快速のグリーン車(「あめつち」)あるいは普通車指定席(「○○のはなし」など)として、座席を販売していることがある。例えば、「あめつち」に鳥取~出雲市間で乗車するならば、運賃2,590円に普通列車用グリーン料金1,950円をプラスするだけでよい。つまりは初期投資は押さえ、その分、安く販売しようということなのだ。

ただし「ちょっと豪華な車両」というだけではアピールに欠けるため、地元企業・商店の協力を得て、地域性が感じられる料理やスイーツなどを、予約制で提供している例が多い。これらは本格的なコース料理でもなく、デラックスな駅弁という感じだ。値段も「休日のちょっとしたおでかけ」にふさわしいものとしている。

多くの観光列車の車内では、食事やティータイムが楽しめる。「あめつち」のスイーツセット

短期的なマーケティングか

「あめつち」などの改造種車となったキハ40系は、1977~1982年に国鉄が新製した気動車。すでにデビュー後、35~40年程度が経過している。鉄道車両の寿命は十分な補修を加えても40~50年程度とされているので、キハ40系改造の観光列車は実はそれほど長い期間、走ることは想定されていないと考えられる。せいぜいあと10年程度だろうか。

けれども観光客の嗜好は、もっと短いタームで変化してもおかしくはない。長く使っていると「時代遅れ」になる可能性はむしろ高い。

ならば、短期間で廃車にしても惜しくはない、減価償却も終わった車両を安く、かつ徹底的に改造するのが得策ということになる。飽きられたら、また新しいタイプの観光列車をつくって取り換えればよいという考え方だ。

既存車を改造すると、乗務員やメンテナンス担当職員にとっても、見た目は違っても扱い慣れた車両であるメリットがある。また単線区間が多いローカル路線では、元をただせば同じ、という車両が使われている快速や普通列車などと連結して運転すれば、ダイヤ編成上も楽になる。「フルーティア」が例である。

JR東日本の「フルーティア」(手前2両)は東北のフルーツが楽しめる列車。写真は快速列車と連結された姿

数はわずかでも、目新しい車両は話題にもなり、観光的なアピール度も高い。経営的には古い車両の改造でしかつくれなくても、地元観光業界にとってはありがたい存在にもなるだろう。ローカル路線の利用客増にもつながる。ローリスク・ハイリターンを狙ったJR各社の戦略と、地元の利害が一致した現れが各地で花盛りの観光列車といえる。

(土屋武之)