日本独自の文化・産業として、「アニメ」の存在感が高まる昨今。産業面は好調な一方、従事するクリエイターの賃金や収益構造が問題視されており、消費者、つまりアニメファンが「お金の動き」に注目している度合いは高い。

クラウドファンディングで資金を集めて2015年に本編を公開、2018年に入って劇場版も展開した「UNDER THE DOG(アンダーザドッグ)」は、そうした「お金の動き」が既存のアニメとは異なる事例として象徴的だ。

国内のTVアニメの製作費用は、複数の企業が予算を持ち寄って企画を立ち上げる「製作委員会方式」によって捻出されている。消費者が直接作品に寄付をするクラウドファンディングは、こうした既存の資金構造とは真逆とも言える。

アニメファンの側からすれば一見すると理想的にみえる"民主的な製作フロー"は、実際のところ、クリエイティブの現場にどのような作用を与えたのだろうか?

今回は、ポップカルチャーとテクノロジーのイベント「YouGoEX」にて行われたアニメカンファレンス「世界から見た日本のアニメの潮流とKickstarterではじめて成功した日本アニメ『UNDER THE DOG』のレポートをお届けする。

世界に広がる「日本アニメ」

同カンファレンスは、CiP協議会が連続開催しているうちのひとつで、YouGoEXとコラボレーションして開催されたもの。冒頭は、モデレーターを務めたジャーナリストの数土直志氏が、海外でも広がりを見せる日本のアニメ産業の現状を解説した。「UNDER THE DOG」は、「アメリカの視聴者をターゲットにした日本アニメ」だからだ。

日本アニメの産業規模は、ここ7年ほど右肩上がりの成長を見せている。これは舞台、声優などアニメ周辺産業が広がっていること、海外での需要拡大が要因にあるという。アニメ産業市場のうち35%は海外市場における売り上げだ。

海外における日本アニメ市場の推移

2005~2006年ごろ、海外ではアニメの海賊版ソフトが横行するなどの逆風が吹いたが、現在はネット配信が普及。特にアメリカ、中国では正規配信が進み、国内同日配信により、日本との時差なく日本アニメを体験できるようになった。

かつて”巨大なニッチジャンル”と言われていた日本アニメだが、数土氏は「海外でアニメを消費する人々からみても、すでに日本アニメはメインカルチャーに入っている」とコメント。2000年代に急拡大したアニメコンベンションは全世界で開催されており、特に大規模なアニメエキスポ(米国)では延べ動員35万人という巨大イベントとなっている。

また、サンライズとハリウッドの協業によるハリウッド版ガンダムの製作、「君の名は。」のコミックスウェーブフィルムが中国の企業と協業したアニメ映画「詩季織々」など、国内の制作会社が海外のオファーを受けた取り組みが目立つようになってきたことに触れた。

こうした拡大傾向は好ましい一方で、アメリカなど国外においても、日本アニメのスタイルが生み出せるようになってきていることを指摘。ここに日本企業がどう関わるかが重要になると語った。

さて、日本アニメのテイストが海外において求められている潮流を、「UNDER THE DOG」のプロジェクトではどう利用していったのだろうか。

アメリカで求められる「日本アニメ」を狙った

ここで、「UNDER THE DOG」の発起人のひとりであるゲームデザイナー/原作・脚本家のイシイジロウ氏と、同プロジェクトの運営に携わったプロデューサー・片岡義朗氏にバトンが渡った。

イシイジロウ氏(ゲームデザイナー/原作・脚本家/映画監督) チュンソフト、レベルファイブにおいて主にADVのシナリオ監督プロデュースを務めた後2014年に独立。2015年に起業(ストーリーテリング社)。「モンスターストライク」(3DS・アニメ)やTVアニメ「ブブキ・ブランキ」(2016)、実写映画「女流棋士の春」など。

まず、「UNDER THE DOG」は、先に数土氏が解説したような海外との協業企画ではなく、国内発・国内制作の企画だった。近年、Netflixが出資した「日本アニメ」が製作されているが、こうした流れが起こる前に、インディーズで作られたものだ。

この企画が動き出した2014年ごろ、アメリカには「見たいと思える日本アニメがなかった」という人が多かった、とイシイ氏。当時の日本ではいわゆる「ハーレムもの」や「日常もの」など、若い女性が多く登場する作品が百花繚乱となっていた一方、アメリカで好まれるのは「AKIRA」「攻殻機動隊」など90年代に作られたコアな作品で、ニーズが満たされていなかったのだ。

彼らが見たい「90年代のアニメ」をぶつける。そうした狙いで、「UNDER THE DOG」は始まった。

折しも、Kickstarterをはじめ、クラウドファンディングがあらたな収益方法として話題になっていた2000年初頭。ゲーム業界では、インディーズゲームの開発プロジェクトなどが多く見られたが、イシイ氏はレベルファイブ在籍中だったためゲームを職務外で作ることは叶わず、90年代に作ったアニメの企画が成就せず残っていたことも状況と合致した。

ただ、発案当時は斬新だった「銃と少女」の組み合わせも、同ジャンルの作品が多く生まれたことで陳腐化しつつあった。そこで、無敵の女の子が活躍するストーリーではなく、彼女たちを「90年代のシビアな世界に置いてみたらどうなるか」と、ストーリーを現代にそって調整した。

高額寄付が一点赤字に、誤算と反省

片岡嘉朗氏(プロデューサー/コントラ代表)

ここからは、片岡氏による「お金の話」に移る。クラウドファンディングは、募集期間を1カ月、58万ドル(約6500万円)集まれば成功という目標設定でスタート。しかしフタを開けて見れば、追加販売分を含めて91万ドル(約1億円)もの金額が集まった。支援者の数は1万3000人程度、92%が外国人で、日本人はわずか8%だった。コンテンツの狙い通り、「海外の日本アニメファン」に支持された。

ここまで見れば大成功…だが、最終的な収支は「数千万円の赤字」。制作費は想定の10%程度の予算超過で、これは現場の頑張りとしてはありうる超過といえるとのこと。だが、ビジネスの部分で想定外の費用が膨らんで寄付収入を上回ってしまい、結果的に著作権を持つことになったアニメ制作のキネマシトラスが、それを引き受けることになってしまった。

イシイ氏は、安藤真裕監督、コザキユースケ氏など、これまで関わりのあった一線級のクリエイターに声をかけた一方で、「自らの名前を前面に出し、ファンディングをしたという枷もあり、そのプレッシャーからかクオリティ的に暴走してつくってしまったところもあるかも知れない」と振り返る。片岡氏も、「現場としては、クオリティが著しく高いものを作って初めて寄付した人に喜んでもらえるという意識があった」と付け加えた。

また、赤字の最大の原因は、クラウドファンディングという資金募集形態にあった。業界に前例がなく、さまざまな部分で対応が後手に回ってしまった。

日本のアニメでとられる資金調達方法として「製作委員会方式」があるが、参加企業は3~12社程度だという。一方、クラウドファンディングはファンによる少額寄付を集めるものだが、結果として「クライアントが1万3000人いる製作委員会」のような状況になってしまった。出資者一人ひとりから、プロジェクトの進捗やリワード(寄付の対価となる物品などのこと)に関する問い合わせが次々に届くため、その対応を行うための専用のシステムとそれを運用する人員を確保しなければならなかった。

2016年当時、公式アカウントのツイートは英語で行われていた。

寄付プラットフォームのKickstarterはアメリカ企業で、支援者の大半も英語話者であったことから、問い合わせから契約書類まで、語学スキルを持つスタッフによる対応システムの構築が急務となった。契約関連の業務では翻訳のみならずKickstarter側との交渉を行わなくてはならず、こうした部分込みで行える人材の雇用は当然費用がかかる。加えてKickstarterの利用にはアメリカに現地法人を置くことが必須で、こうした体制づくりすべてを行うのは非常に厳しかったという。

また、Kickstarterの仕組みとして、寄付の対価(リワード)を渡す約束をしていた。「リワードの種類が多い方が多くの寄付が集まる」というTipsを参考に、作品のBlu-rayソフトやグッズなどさまざまな物品を用意したが、それぞれの製作手配や配送などが必要で、募集開始時点では想定していなかった事務コストがかさんでしまった。

その上、アメリカの郵便と物流の事情は日本のそれとは大きく異なり、配送だけで全く想定していなかった事態が勃発。そのあらゆる事柄に、別途の費用がかかってしまった。たとえば、中止にしたリワードの寄付者に、返金か別リワードへ移行かの選択を依頼する連絡などのため、問い合わせ対応を全件完了させるまで公式サイトの公開時期を延長したことで、サーバ費用などの維持費も膨らんだ。

ちなみに、作品に寄付するほどのファンなら大丈夫だろうと作品データの配布をリワードに含めたところ、違法アップロードが世界的規模で大量に見つかったという。作り手からすれば、この作品の収益は二次利用で上げることを考えていたにも関わらず、その最終的な目標に対して致命的な打撃となる、ガックリしてしまうようなトラブルも明かされた。

赤裸々に失敗談が語られたが、片岡氏は「当然、次からはこうしたノウハウがあるので、赤字にはならないし、Kickstarterが無ければこの映像著作物が生まれなかったのは事実で、この仕組みには感謝している」とコメント。

そしてイシイ氏は、「PVの制作費だけを集めるのなら、こうした顛末にはなっていなかった。全制作費を集めようとするとトラブルが起きがち。中国資本のクラウドファンディングも注目されているのでまだまだ活用の余地はある」と語った。ただし、お金の回収に着目しすぎず、現場の事務作業や実際に使える金額を確認した上で進行しないといけない、とつけたした。

表現のローカライズにひそむ危険

最後に、数土氏から日本と海外の比較をベースとした質問が投げかけられた。

「日本と世界で好まれる表現の違いは?」という問いに対し、イシイ氏は、「日本のほうが規制について言われる部分は多い」とコメント。戦闘シーンなどの暴力表現、政治的な内容などについては海外のほうが自由度は高いという。

一方、片岡氏は、プロデューサーの視点から、日本アニメが海外に「合わせすぎる」ことに警笛を鳴らす。白黒つけない決着のような日本らしさが支持を受けている大きな要素のため、過度なローカライズは必要ないと断言。かつて「遊☆戯☆王」の米国展開を手がけた際、現地の関係者から「(気弱な表遊戯はヒーローらしくないため)主人公は裏遊戯だけにしてほしい」とリクエストされたエピソードを例に挙げ、「ヒーローは強くあるべきというアメリカの観念に屈したら原作の持ち味は崩れてしまう」とコメント。日本の漫画・アニメの持つ「らしさ」を守るべきと強く訴えた。

講演の主題となった『UNDER THE DOG』だが、直近では2018年6月23日~7月6日にかけて、国内の3劇場で劇場版『UNDER THE DOG Jumbled [アンダー・ザ・ドッグ/ジャンブル]』を公開した。映画館での上映は終了しているが、オンラインストアでのBlu-ray通販は行われている。作品が気になった人はこちらでチェックしてみてほしい。

(杉浦志保)