キャリア遷移のポイント

自分らしい仕事を求めた結果、農業というセカンドキャリアを歩み出した榎本さん。前編と同じく、本記事の監修を務めるエスノグラファーの神谷俊氏に、榎本氏のキャリアの流れについて整理してもらいました。

5:友人からの相談による気づき 友人の相談に次のキャリアイメージが見える キャリアに悩むなか、友人からの相談を契機に、自分らしい仕事のイメージがわく。実家で営んでいた農業と、幼稚園教諭としての専門性がつながり、自分らしい仕事であると気づく
6:気づきに基づいた具体的なアクション アクションプランを作成し、友人へ提案する 5の気づきを踏まえ、自分のなかで浮かんだアイデアをもとに、具体的な農場運営のプランを作成し、友人に提案する
7:移行の準備 次のキャリアに備え、予備学習を進める 6の提案承諾後、現職(幼稚園教諭)を去る準備を行うと共に、次に進むための農業機械や野菜に関する学習を開始する
8:困難との遭遇、そして経験からの学習 新たなフィールドで予想外の事態に遭遇しながらも学習によって乗り越えていく 障害のある子どもたちとの関わり方、野菜作り、農場運営など、悩みや葛藤が続く。地道に個々の問題と向き合い、経験から学びを深めながら、前向きな姿勢で仕事を進める

※(1)~(4)は前編で紹介

こうしたキャリア変遷のなか、榎本さんの決断・行動に影響を与えた要因について、神谷氏に解説してもらいました。

――今の仕事と全く違う分野の仕事へ移行することは、非常に不安なものです。しかし、榎本さんは、自分らしいキャリアを求めて進んでいきました。その要因はどこにあったのでしょうか。

神谷氏:榎本さんが自らの望む働き方を獲得した背景には、多くのターニング・ポイントや成功要因があったかと思います。私は、榎本さんにとって重要だったのではないかと思われる3つのポイントに注目しました。

(1)キャリアモデルの存在
前編で紹介したように、榎本さんは幼稚園に就職した後、多くの困難に直面します。子どもと関わることの責任の大きさ、思い描いた仕事イメージと現実のギャップに悩みます。しかし、そこで前を向くことができたのは、他の先輩や同僚の存在が大きかったのでしょう。当時、周囲にいる人の仕事姿勢や、仕事で自分を表現している様子は、榎本さん自身のキャリア観に大きな影響を与えています。

キャリアに関わる理論では、自らが目指したいと思えるロールモデルのことをキャリアモデルと言いますが、榎本さんにとってのキャリアモデルは周囲の先輩であったといえるでしょう。この影響を受け、「自分らしい仕事」を追求するようになったように推察できます。

(2)友人からの相談とcalling
「自分らしい仕事」を求め、思い悩んでいたころに、現在の仕事に繋がるきっかけと出会います。それは友人からの相談でした。この時、榎本さんは「それをやりたい」という強い想いを手にします。

キャリア研究では、キャリアを成功に導くものとしてcalling(自分が進むべき道であるかのように、特定の職業や役割に強く惹かれる感覚)という概念が語られています。友人からの偶発的な相談によってcallingを感じ、そこから自らのキャリアを構築するエネルギッシュな活動が始まっています。

(3)積極的な挑戦と経験学習
幼稚園教諭から農業へ、大きなキャリアチェンジを行ったあと、未経験業務でありながら、積極的に情報を集め、失敗を恐れず多くの経験を重ねます。注目すべきは、経験量もさることながら、その経験から着実に学びを得ている点です。良くない状況であっても、行動量を落とさず、学習を継続した結果、状況が好転していったと考えられます。

元々ある自分が次の自分につながる

「榎本さんのケースにおいて、特に重要であったのは上記の(2)なのかもしれません」と神谷氏は指摘します。

神谷氏:偶然の相談から、自分の出自や幼少期の経験、そして現在の仕事まで一筋の線で繋がるようなイマジネーションが起こり、それが今後の指針を照らし始める。この偶然発生した事象は、榎本さんには非常に大きいものだったでしょう。

自らの中で呼び起こされたエネルギーがあったからこそ、その後のスピーディな活動や入念な準備、積極的な失敗経験と学習があったとも言えます。注目したいのは、そのようなcallingが新たな出会いや新たな知識によって呼び起こされたものではないということです。

友人とのネットワークも含めて、その時の榎本さんが持っている「モノ」が組み合わされることによって、自分の成すべきものが構成されている。神谷氏は、このポイントが興味深い点と言います。

神谷氏:自分の育ってきた環境、今までやってきた仕事、昔からの友人など、全て今の自分を構成している要素の組み合わせによってcallingが生まれています。だからこそ、フィット感があり、自信や力強いモチベーションを生んでいるのでしょう。キャリアは一本の道に例えられることがあります。異分野に転職しても、そこには完全なる断絶はなく、なんらかの繋がりがあるわけです。逆の視点で見れば、「今」の繋がりを手掛かりに「次」の自分を探索していくことが、自分らしいキャリアを構築することです。

ここにはない「何か」を手に入れたいとき、逆説的に今ここにある「何か」と向き合う。そういう本質的なスタンスが自らを前に進めるのだということを榎本さんは教えてくれます。

監修者

神谷俊(かみやしゅん)

株式会社エスノグラファー 代表取締役
企業・地域をフィールドに活動するエスノグラファー。文化や人々の振る舞いを観察し、現地の人間社会を紐解くことを生業としている。参与観察によって得た視点を経営コンサルティングや商品開発、地域医療など様々なプロジェクトに反映させ本質的な取り組みを支援する。