自身の作品がベストセラーになるだけでなく、映像化により数々のヒットドラマを生み出す小説家・池井戸潤の作品が初映画化となった『空飛ぶタイヤ』(6月15日公開)。大企業のリコール隠しに挑む赤松社長を長瀬智也が演じ、2018年の注目作となっている。
原作には約70人という多くの人物が登場し、とても2時間におさまる物語ではないと思われたが、テンポの良さでグイグイと引っ張っていく展開に、観客がどんどん引き込まれる作品に。同作を進める際の苦労や、裏話について、矢島孝プロデューサーに話を聞いた。
アメリカのドラマのようなテンポ感に
――池井戸先生の作品としては初の映画化ですが、どのように話が進んでいたんですか?
実は池井戸先生の別の作品を仕掛けていたんですが、その企画が停滞している時に池井戸さん側から、「これはどうでしょう」と、『空飛ぶタイヤ』を提案されたんです。原作はボリュームもあり登場人物も多いので、2時間の作品としてまとめるとなると、ハードルが高いなという思いはありました。
――WOWOWでもドラマ化されていますが、そちらはすでにご存知だったのですか?
あえて見ないで、林民夫さんと脚本作りに着手しました。影響されまいと思っても、絶対に影響されてしまうので(笑)。
――キャスティングよりも、まずは脚本だったんですね。
企画だけが先行して、脚本がうまくいかないのに映画化しなきゃいけない、という不幸な作り方にはしたくなかったんです。脚本がおもしろいと思っていただいたら、キャストも付いてくると思いました。
実際に出来上がった脚本はスピード感もあり、とても面白かった。数多い登場人物のキャラクターもはっきり出て、原作のエッセンスが凝縮されていたので、「これはいけるんじゃないか」と思いました。
――重厚さもありつつ、すごくテンポが良い作品だなと思ったんですが、そこは狙ってたんですか?
脚本の林さんが打ち合わせで、「今のアメリカのドラマのような感じで行ってみたらどうか」と提案されました。その線でいってみたらうまくいったので、本作は脚本による力が大きいと思いますね。
大人数をさばける本木監督
――『超高速!参勤交代』の本木克英監督が、というのも意外でした。
古い付き合いなんですけど、昔から「社会派のものを撮りたい」と言っていたことが頭にありました。『超高速!参勤交代』でご一緒して、あれも登場人物が多いのに、ものすごくうまくさばいていたので、その手腕も見込んでお願いしました。
本木監督は俳優さんに細い指示は出さないのですが、最終的には作品の世界観をきっちりと作り上げる力にいつも敬服してます。「コメディが一番難しい、それができればどんな作品でもできるよ」というのが撮影所での先輩監督達の教えだったそうです。まずは人間を描くことが大切ですから。
――松竹出身の監督だからこそ、やりやすいという点はあるんですか?
特別なことは、ないですね(笑)。本木監督もこの作品が始まる前に会社を辞めましたので、フリーになって最初の映画で、良い形でスタートを切ったんじゃないでしょうか。
――今、隠蔽問題など話題になっていると思いますが、そういう社会的なメッセージを託したいという思いはあったのですか?
そのようなメッセージは自然に出て来れば良いと思いましたが、基本的には「人間ドラマ」を描きたいというのが一番の目的でした。単純な善悪ではなく、組織の中の人間関係や、そこから発生する組織なりの善悪という考え方がいろいろ出ればいいなと思いました。
――長瀬さんはこの作品に熱い思いを語っていらっしゃったんですが、観た人それぞれに共感するポイントがある、ということなのかもしれないですね。
誰に思い入れを持って観るのか、色々だと思います。まずは登場人物の思いを感じていただき、テーマは後から付いてくれば良いのではないでしょうか。例えば渡辺大さんが演じている銀行員や、斎藤歩さんが演じている人事課の人とかも、後ろにいろいろ抱えているものがあるんだろうな、家に違ったら違う人なんだろうなというようなことも、考えながら観ると面白いと思います。
池井戸作品に対する気合い
――今までヒット作ばかりの池井戸作品を預かったことに対するプレッシャーは、あったんですか?
池井戸さんのドラマはどれも成功しているので、初の映画化作品として「失敗するわけにはいかないぞ」という気持ちはありました。その気合いは、各所に出せたのではないかと思っています。
――マスコミ試写が終わった後に、すごく「良かった!」という空気になっていたのが印象的でした。
お客さんに観ていただけることで作品は完結するので、そういう空気が一番嬉しいです。この映画がみなさんのもとにきちっと届いて、小さなことでも何かを感じていただけたらと思います。映画ならではの、池井戸作品になったと思います。
※映画『空飛ぶタイヤ』特集、次回はキャスティングについてお話を聞いていきます。(6月17日掲載予定)
■プロフィール
矢島孝プロデューサー
これまでの主な担当作品に『鴨川ホルモー』『東京家族』『超高速!参勤交代』『ソロモンの偽証 前篇・事件/後篇・裁判』など。