6月13日、米国の中央銀行にあたるFRB(連邦準備制度理事会)は利上げを実施した。今年に入って2回目、15年12月の開始以来7回目である。米国経済が好調を維持していることが利上げの背景にある。一方で、一部の新興国通貨が大幅に下落するなど、世界の金融市場には変調もみられる。FRBの度重なる利上げによって、資金の流れが変わってきたためだ。

米国がくしゃみをすれば、日本が風邪をひく

かつて、「米国がくしゃみをすれば、日本が風邪をひく」、あるいは「米国が風邪をひけば、日本が肺炎になる」と言われていた。これは、対米輸出などを通して、日本経済が米国経済に大きく依存していたためだ。

上の指摘は現在でもある程度当てはまるだろう。ただ、近年では「米国がくしゃみをすれば、新興国が風邪をひく」と言った方がしっくりくるかもしれない。世界を巡るおカネが膨大な規模になっており、米国の金融政策の変化が新興国に向かうおカネの流れを大きく変える可能性があるからだ。

97年アジア通貨危機

その典型例が97年7月のタイに始まったアジア通貨危機だった。危機の本質は、アジアの高成長を期待して大量流入した外国の資金が流出したことだ。そして、背景には、94年から米国が利上げを続けて米国の金利が上昇し、米ドル高が示現していたこと、さらに多くのアジア通貨が米ドルに事実上ペッグ(固定)されていたことで、実力以上の通貨高になっていたことがあった。欧米のファンドがそうした矛盾を突く投機を行ったことが危機の伝播・拡大をもたらした。

現在、新興国の多くが変動相場制を採用しており、したがってアジア通貨危機と同様に突然の危機が発生する可能性は低いだろう。しかし、だからこそ、新興国からジワジワと資金が流出し、通貨が下落基調をたどっているようにみえる。

目立ち始めた新興国通貨の下落

2018年に入って、とくに米国の長期金利(10年物国債利回り)が3%前後まで上昇した4月中ごろから、新興国通貨の下落が目立ってきた。「米国債の投資から3%のリターンが得られるのであれば、無理をして新興国に投資する必要はない」ということだろう。

「新フラジャイル5」

新興国通貨のなかでは、アルゼンチン・ペソやトルコ・リラの下落が顕著だ。アルゼンチンとトルコは、昨年11月に米国の格付け会社が「新フラジャイル5(*)」と命名したグループのメンバーだ。他は、パキスタン、エジプト、カタール。これら5か国は、米国の利上げなどによって最も打撃を受ける「フラジャイル(脆弱な)」国と位置付けられる。

(*)2013年に発表されたオリジナルの「フラジャイル5」は、同年5月に米国のバーナンキFRB議長(当時)がQE(量的緩和)縮小の可能性に言及しただけで、通貨が大きく売り込まれた。それらは、ブラジル、トルコ、南アフリカ、インド、インドネシアの5か国で、トルコはありがたくない名称を続けて拝受した唯一の国ということになる。

アルゼンチンはIMFに支援を要請

アルゼンチンのケースでは、ペソ下落に歯止めをかけるべく、大規模な為替介入が実施され、5月4日には政策金利が40%まで引き上げられた。それでも効果は薄く、直後にアルゼンチンはIMF(国際通貨基金)への支援要請に踏み切った。

いわば、米国がくしゃみ(利上げ)をすると、アルゼンチンが風邪をひき(通貨が下落し)、さらに重篤な状況となり、IMFというICU(集中治療室)に入ったということだ。

トルコは6月24日の大統領選挙後に注意

トルコはそこまで深刻な事態には至っていない。中央銀行が6月7日に政策金利を1.25%引き上げて17.75%としたことで、リラ安にいったん歯止めがかかった。エルドアン大統領からの強い利下げ要求に対して、中央銀行の独立性をアピールした格好だ。もっとも、6月24日には大統領選挙が予定されており、その結果次第ではリラの下落が再開する可能性もあり、油断は禁物となっている。

米国のFRBは利上げを続けるのか

さて、冒頭で述べたようにFRBは6月12-13日にFOMC(連邦公開市場委員会)を開催して0.25%の利上げを決定した。FOMC後に公表された資料からは、15人の参加者の中心的な利上げ予想は、18年中に残り2回、19年に3回、20年に1回だったことが判明した。

米国経済の力強さから判断すれば、FRBがゆっくりしたペースで利上げを続けると想定することに無理はない。ただし、新興国を中心に世界の金融市場にこれまで以上の動揺が広がるようであれば、FRBが利上げを躊躇せざるを得ない状況が生まれるかもしれない。

執筆者プロフィール : 西田 明弘(にしだ あきひろ)

マネースクエア 市場調査部 チーフエコノミスト。1984年、日興リサーチセンターに入社。米ブルッキングス研究所客員研究員などを経て、三菱UFJモルガン・スタンレー証券入社。チーフエコノミスト、シニア債券ストラテジストとして高い評価を得る。

2012年9月、マネースクエア(M2J)入社。現在、M2JのWEBサイトで「市場調査部レポート」「市場調査部エクスプレス」「今月の特集」など多数のレポートを配信する他、TV・雑誌など様々なメディアに出演し、活躍中。