JR西日本が山口線新山口~津和野間で運行している「SLやまぐち号」に35系客車を投入し、9月2日から運行開始した。新製客車ながらSL全盛期の旧型客車の外観や車内設備を復刻し、一方でグリーン車・普通車の各座席にコンセントを設置、バリアフリー対応の設備も用意するなど、レトロ感と現代の快適性を両立させている。
35系客車は登場時から鉄道ファンらの間で話題となり、今年6月の報道公開で外観や車内の様子が報じられた際も、SNSを中心に「旧客の見た目だけどボルスタレス台車」「旧型客車なのに客席にコンセント付いてる」「まるで銀河鉄道999みたいだ」と反響が大きかった。客車の新製も珍しくなった昨今、旧型客車のイメージを踏襲しつつ「最新の機能を当時の形状で再現し、快適性とレトロ感を両立すること」をコンセプトに製造された35系客車は、多くの鉄道ファンらにとって魅力的に映ったかもしれない。
それはおそらく、現在各メディアで活躍中の鉄道ライターにとっても同じではないか。今回は本誌でも執筆中の鉄道ライター4名を対象に、新たに「SLやまぐち号」に導入された35系客車の「ココがすごい!」と思うところについて聞いてみた。
「展望デッキが気持ちよさそう。グリーン席もレトロ」(杉山淳一さん)
「鉄道トリビア」「鉄道ニュース週報」などの本誌連載でもおなじみの杉山淳一さんは、35系客車について「あえて新造車両としたJR西日本の心意気がスゴいと思います。在来車改造のほうが安く済むし、そこそこ良い仕上がりになると思います。電車や気動車を客車化しちゃうとか、"チカラワザ"もできるわけで。しかし客車を新造というところ、SL列車としてかなり贅沢ですね」と説明する。
「ココがすごい!」と思うポイントとして、杉山さんは「新造ながら、あえて旧型客車のイメージを残したところ。形式名も復活しているところ」「蒸気機関車に似合う編成美。年配の方には懐かしく、若い人にも快適な装備」などを挙げた。35系客車の1号車は展望デッキ・展望室を備えたグリーン車となっており、「展望デッキが気持ちよさそう。グリーン席もレトロ感があって良いです。窓が開く仕様も良いですね。季候の良い頃に乗って窓を全開にしてみたい」と興味を持った様子だった。
ちなみに杉山さん、35系客車が「銀河鉄道999みたい」と評されることから、「メーテルには『二度と帰らないお客のためには、こんな演出も必要なのよ鉄郎……』と言われそうですね。あ、それじゃネジにされちゃうのか……」ともコメントしていた。
「課題をクリアし、最新技術を活用しつつ昔の汽車旅を再現」(井上孝司さん)
鉄道・航空・軍事など幅広い分野で執筆し、本誌コラム「乗り物とIT」「軍事とIT」「航空機の技術とメカニズムの裏側」も手がける井上孝司さんは、旧型客車の復刻に関して「単に昔と同じ車両を製作するだけならともかく、実際にはそれだけでは済まされません。居住性や安全性の部分では最新の基準・水準に合わせる必要があります。実際、JR西日本の広告でも『快適性とレトロな雰囲気の両立』を謳っていました」と指摘する。
35系客車については、現代の基準をクリアしつつ木目調の内装を再現した点や、ボルスタレス式台車を採用するなど性能を高めている点を評価。「単に昔みたいな雰囲気の内装を実現しようとしても、昔と同じように木材を多用するのでは、製作にも保守にも手間がかかってしまいます。それだけでなく、火災対策の観点からいっても許容されません。そういう課題をクリアして、メカやシステムの面では最新の技術を活用しつつ(床下を見るとそれが分かる)、『昔の汽車旅』の雰囲気を再現したところに、最も感心しました」と井上さんはコメントしている。
「全く新しいスタイルで、JR西日本の意欲を感じます」(小林拓矢さん)
都内在住、鉄道など取材し本誌連載「ビジネスパーソン必見の鉄道活用術」も手がける小林拓矢さんは、35系客車の魅力を「時代に合わせて『旧型客車』をつくったところです」と説明する。近年の新製客車といえば、まず思い浮かぶのがJR九州のクルーズトレイン「ななつ星 in 九州」。さらに遡ると、寝台特急「カシオペア」に使用されたE26系客車もあり、いずれも豪華な設備を特徴とする客車だった。一方、35系客車はグリーン車1両・普通車4両と比較的シンプルな編成となっている。
「座席車の客車の新造は、久しぶりだったのではないでしょうか。本来ならば、14系座席車や12系座席車の技術を発展させてレトロ風の味付けを……となるのでしょうが、全く新しいスタイルで、しかも旧型客車の系列を復活させているあたり、JR西日本の並々ならぬ意欲を感じます」と小林さん。「もちろん、設備としては最新のものです。トイレも清潔で、バリアフリーなどさまざまなことに配慮されており、ドア開閉ボタンもあります。古さというものを感じさせながら、中身を新しくしたというのが、この車両に多くの人が興味を抱く理由なのではないでしょうか」とのことだった。
「『再現』と『現代』のコラボレーションに注目」(新田浩之さん)
神戸在住の新田浩之さんは、関西エリアの鉄道の取材に加え、中東欧・ロシアの鉄道にも興味を示す鉄道ライター。「SLやまぐち号」向けに新製された35系客車について、「『乗ってみたい』という気にさせてくれる魅力的な車両です。形式名からわかるとおり、旧型客車をイメージして製造。きっと、オールドファンにとっては"懐かしい"気持ちにさせてくれる車両でしょう」と言う。
中でも普通車に注目しているそうで、「4人1ボックスというシンプルな設計ながら、モケットや網棚に至るまで旧型客車を忠実に再現していると思います」とコメント。普通車4両のうち、2~4号車は戦前・戦後を通じて活躍したオハ35形、5号車は戦前を代表する客車で二重屋根構造(ダブルルーフ)が特徴のオハ31形を復刻しており、車内の座席も2~4号車はオハ35形、5号車はオハ31形をモデルにデザインされている。
「35系客車は単に旧型客車を再現しただけでなく、現代のニーズにもマッチした設計になっています。『再現』と『現代』がどのようにコラボレーションしているのか、そのあたりにも注目したいですね」と新田さん。旧型客車が全国で活躍した時代をリアルタイムで体験していない世代だけに、「35系に乗って少しでも旧型客車の雰囲気を感じてみたいです。できれば、オールド鉄道ファンから旧型客車や国鉄時代の思い出を聞きながら『SLやまぐち号』の旅を楽しみたいですね」と期待を寄せた。
35系客車の新製投入、D51形復活運転など「安定的にSL動態保存」へ
35系客車でもうひとつ、注目したいのが3号車のゲームコーナー。楽しみながら蒸気機関車を学習できるように、「機関士体験 走れSL『やまぐち』号」「走れ 缶焚きゲーム」の2種類用意された。往路は新山口駅発車後、復路は津和野駅発車後に行われる抽選に当たると、ゲームに参加できるそう。SL列車の「乗車したら機関車が見えない問題」を少しでも解消し、子供たちを退屈させないための工夫のひとつといえるかもしれない。
「幕末維新やまぐちデスティネーションキャンペーン」(山口DC)に合わせて投入された35系客車は上々のスタートとなった様子。運行初日の9月2日、35系客車の初運行となった下り「SLやまぐち号」は多くの鉄道ファンらが集まる中、ほぼ満員で新山口駅を発車した。その翌日も、下り・上りともに盛況だったようで、1・5号車の展望デッキに立つ乗客も多かった。山口市の市街地を走行する際、沿線で親子が「SLやまぐち号」に手を振り、展望デッキの乗客が手を振り返す場面も。「SLやまぐち号」サイトの空席情報を見ても、10月下旬まで下り(新山口発津和野行)を中心に「×」が目立っている。
SL列車が全国で運行され、新たなSL列車もデビューする中、SL動態保存の先駆けとなったJR西日本は2014年、「今後少なくとも数十年程度は安定的にSL動態保存が継続できる体制を整備する」と発表していた。「SLやまぐち号」の35系客車もこの取組みの一環で新製投入され、11月には大規模修繕されたD51形200号機の復活運転も実現する予定だ。
これからも長きにわたり、新製客車となった「SLやまぐち号」が地元の人々や鉄道ファンに愛され続ける列車となることを願う。同時に「SLやまぐち号」以外にも、35系客車のような新製客車を投入する列車が現れることを期待せずにはいられない。